十九
屋敷を飛び出してから彼此十分ほど走り続けると大きな商店街にく。そして奥には指定された場所と思わしき学園の一角がひょっこりと見え始め、安堵した神護は歩を緩め、徒歩に切り替える。
ここの商店街は学園の目の前にあり学生がよく通るためか、街道の両端には様々な店が置いてあった。
若者向けの洋服屋、少し洒落たカフェや、様々な食材が置いてある小さなスーパーなどなどこの通りで一通りの生活用品が揃うほど豊富な店が構えてある。現に今学生と思わしき人たちがちらほら買い物や昼食を食べるためのここいらをうろついている。
神護はあたりの様子を観察しながら街道をしばらく歩くと商店街の終わりが見え、入れ替わりに大きな立派な門が見えた。
「でけ~!」
街道を完全に抜けると眼前には煉瓦でできた高さ10メートル程の立派な門が建っており、さらには左右には普通では決して攀じ登れない壁が端の方が全く見えないほど延びている。門というより要塞と言った方が表現的に近いのかもしれないほど立派に、そして強固に造られているように見える。
「マジでこんなところ入っていいのか?」
神護のことを威圧するかのよう聳え立つ門は彼が敷地内へ入るのを躊躇わせ、門の前をウロウロと歩き回る。その傍から見ると不審な様子を見かねた一人の男が慎吾に近寄り――
「どうかしたんですか?」
「え? あ、えっと……」
急に声を掛けられテンパったのか神護は言葉に詰まってしまう。
「自分はここの門番です。何かお困りですか?」
「いえ、学園に入りたいんですが立派で少し躊躇ってしまって――」
「……失礼ですが、どういった御用で?」
門番の男は丁寧さを崩してはいないが学園に入りたがる神護を疑わしく思い、何の用かと尋ねてきた。門番として不審な人物は見逃せないのであろう。
「えっとネハン――、学園長に呼ばれてきたんですが……」
「……あっ! シンマ シンゴ様ですね? お話は伺っております。どうぞお入りください」
神護は門番に促されるままに門を潜り、彼向かって一礼してから奥の方へと歩を進める。歩く道の端には色とりどりの葉をもつ見たこともない木が植えられており、歩く者の心を躍らせる。
まるで虹のアーチだ。そう錯覚してしまいそうなほど色彩豊かな葉が風に舞い神護を迎える。
はじめはその様子に神護も胸を弾ませていたがそれも束の間の出来事。中程まで来るとじわじわと得体のしれない瘴気が神護を襲う。無論、気にせずに校舎の方へ向かう神護であったが近づくにつれそうもいっていられなくなり段々と足取りが重くなっていった。禍々しくそして毒々しいそれは神護の気分を害するのには十分な濃さの物だった。
「……っく。どこから――?」
足元をふらつかせながら神護は神経を研ぎ澄ませ瘴気の発生元を探る。すると木々の奥からそれがあふれ出ていることに気付いた。漏口をたどるとそこには小さな洞窟、基祠のようなものがあった。
入口にはよく漫画などに出てきそうな魔法陣みたいなものがいくつも彫られておりその中心には掠れてよく見えないが血のようなもので不思議な紋様が描かれている。
「……なんだこれ?」
溢れ出てくるものは禍々しく肌を傷つけるように刺々しく今にも逃げ出したいほど気持ち悪いものなのに、何故か祠から目が一瞬も話せない。むしろ惹かれてしまう。
何故だろう?危険だとわかるのに、近付いちゃ駄目だと感じるのに、ここに入らなければ――そうしなければ後悔する。不思議とそう思ってしまう。
神護は唾を飲み恐怖心を抑えながら祠の中へと入る。中は思いのほか明るく、外から見た印象と大分差異があった。
だが壁などは所々ひびが入ったり欠けたりとこの建物の古さを物語っており、隙間から水が流れている部分もあり壁はしっとりと湿っている。
その所為もあってか、祠の中には苔等が生えており空気は澄んでいた。
奥に辿り着くとそこには扉を模った壁画が彫られていた。
「……」
神護はその壁画から発せられるものに息を呑む。
先ほどから感じていた禍々しく、重々しい瘴気はこの壁画から漏れ出たもののようだ。
それに気づいた神護は恐る恐るその扉へそっと手を触れる。すると神護の神力に反応したかのように枠組みが光を放ち目の前に光の扉が現れる。扉は独りでに、まるで神護を誘っているかのように開く。
「……行くか……」
神護はゆっくりと足を踏み入れ、扉の中へと入る。刹那、扉は勝手に閉まり瞬く間に光と粒子となり霧散していく。そして扉の先にあったのは黒一色の真っ暗な世界だった。
「ここ……は――?」
初めてくるはずなのにどこか懐かしくそして後悔の念が絶たない場所であった。
歩けど歩けど闇、闇、闇。先ほどまで漂っていた瘴気ははこの空間に入った途端全くと言っていい程感じなくなり、道標が完全に失っている状態である。今や、どこから入って来たのかすらわからない。
体力はまだまだ有り余っている。だが先ほどから変わらない風景は神護の精神をジワジワと着実に削っており、顔に疲れの色が出始めている。引き返そうとも思ったが扉は粒子となったまま形を留めておらず、脱出の手段はない。
神護は苛立ちで体から膨大な量の神力が無造作に漏れ出していた。がそれが幸いしたのか、ずっとそこに漂うだけの光の粒子が急に動き始め神護の前方に移動し光を放つ。するとそこには巨大な鳥籠が上方からぶら下がっておりその中に一人の少女が小さくまとまりながら座っている。
神護は近づき中を覗き込む。中にいる少女は自分が見られていることに気付くと顔を上げ神護を見やり、途端、涙を流し始める。
「え? え? ちょっ!?」
急に泣き出した少女に戸惑いを隠せず神護は慌てふためく。
「やっと、来てくれた――」
少女はそう呟くと指で涙を拭い、もう一度神護を見やる。その脆く儚げな瞳から目が離せずジッと少女を見据える。すると記憶の中にテレビ画面の砂嵐の様なものが発生し、頭痛を引き起こす。
「き、み……は――」
『汝、何が為にここに来た?」
頭痛がする頭を押さえながらも必死で言葉を絞り出そうとしたその時、どこからか重く低い声が暗い闇のこの空間に響き渡り奥から巨大な蛇の化物が姿を現す。
その姿は神護が昔元居た世界で見た本に載っていたものに類似する。東洋では蛇、西洋では蜥蜴の姿として災厄や富を齎す象徴とされてきた。その名は――
「――竜……」