十七
クピドとネハングが食堂についてからしばらくすると扉が開き、神護が入って来た。
神護が食堂に着いた時にはもう二人は椅子に座っており、食事が運ばれてくるのを待っている状態だった。
二人は何も喋らず、ただ静かに座っており、その様子を見て神護は苦笑いをしながら自身も席に着いた。
ちなみに配席は、いわゆるお誕生日席にネハング、そしてネハングから見て左にクピド、右に神護というものだ。
神護が席に着きしばらくは沈黙が続いた。
そしていよいよそれに耐えられなかったのかネハングが口を開こうとした。
その時、キッチンのほうからガラガラっと荷台が押されてくる音と共に奥から一人の推定年齢二十代の女性と同じくそのくらいの男性がシルバーのカートを押してきた。
カートの上には神護の世界では雑誌やテレビでしか見ることができないであろう豪華な料理がずらっと置かれていた。
その料理を見た瞬間神護は目を引かれ、自分達の目の前に次々と置かれていく料理を
凝視していた。
「そんな珍しいか?」
じっと料理を見ていた神護を微笑ましそうに見ながらネハングは尋ねた。
「……あ、ああ。
すげーよ。マジですげーよ!こんな料理見たこともないぜ。今度作り方教えてもらえないかな?」
「え? そっちですか?」
「ん? あ、いやもちろん食べるのも楽しみだが俺は作るほうが好きだからな。
なんかこう初めて見たものとかのレシピは知りたくなるんだよ!」
「シンゴは料理が出来るんですか?」
クピドは憧れのような視線を神護に向けてきた。
料理が出来ないクピドにとってはできるということが尊敬に値することなのだろう。
「まあ基本うちは両親が仕事であんまり家にいなかったから俺が作っていたかな。
妹はいつも疲れて帰ってきてたし。」
「妹さんがいはるんですか?」
「……ああ、いるよ。まだ、きっと……」
寂しそうに、だが何かを恨むよう鋭い目つきでは囁かれたその言葉にそれ以上二人は追及しない方がよいと判断。いやしてはならないとそれ以上は神護の妹についてはあるいはそれに準ずることを聞こうとはしなかった。
食事が終わると神護は先ほどの寝室へと戻った。
ネハングの説明によるとこの部屋は神護の部屋ということだ。
神護は部屋に入るとすぐベッドに向かい倒れ込んだ。
「疲れた~」
枯れた声と共に生暖かい吐息が漏れ、倒れ込むと同時に疲れが一気に口から洩れた。
それにさっきは感じられなかったのか、思いのほかベットが柔らかく神護にとってベストなものだったようでそのままうとうとと瞼の開閉を始めた。
瞼の開き幅が狭まりもう開かなくなりそうな寸前のところで神護の部屋のドアがたたかれた。
「……どうぞ」
神護は眠気とそれを妨げられてか少し苛立ちの混じった気怠い声で返事をした。
「失礼するで~
悪いな眠ろうとしてはったんけ?」
入って来たのはネハングだった。
彼は入って早々ベッドに横たわっている神護を見てそう言った。
「少しうとうとしていただけだ。 それより何か用か?」
「あ、そうそう明日のこと話とことおもて」
「明日?」
「あれ、まだ話してへんかったっけ? 明日の編入試験のこと……」
「……は?」
突然困惑するような告白をされたせいで目が覚めたのか、神護は思いっきり目を見開き口をパクパクとさせた。
「へ、編入試験なんてあるのか?
俺はてっきりすんなりとは入れるものだと思っていたんだが……」
「はぁ? 何言うてはるんですか。そんなわけあらへんに決まってるでしょ」
ネハングは憎たらしく口の端を引き上げ頭の悪い子供を憐れむような目を神護に向けてきた。
このときのネハングの顔は神護はしばらく忘れることはないだろう。
まあ編入するんだから当たり前っちゃ当たり前なんだがネハングのバカにする様子を見ると神護は片眉を上げ、苛立ちを露にする。
「まあ神護はんなら大丈夫でっせ。そないむずかしいことあらへんから」
「そんな根拠どこにもないじゃないか?!」
「大丈夫大丈夫。編入時の試験は現文、数学、歴史、あと実技だけやから。
神護はんにはなんも問題あらへんのとちゃう?」
そう問いかけられた神護は思考を巡らせる。
確かにここの図書の本をある程度読み漁ったので現文と少々の歴史は大丈夫。実技に関したら余裕だ。
問題となるの数学と歴史だ。
それは何故? 答えは明白だ。
ここが異世界だから——
この世界の文字が神護が元居た世界ものと異なるようにまたこの世界のを解くための式も変わってくる。
元々数学というものは科学者たちが世界の謎を解くために考案したものだ。
即ち世界の構造が違ってくるとその式にも差が出るのも当然の結果と言える。
けれどここまでの話は飽くまで違った場合の話だ。
神護が読んだ本の中には数学とまではいかないが軽い算数の本もあり其れを見た限りこの世界の数字媒体は神護の世界の物と差異なかった。
(ここは俺の世界と同じであることにかけるか……)
今から勉強をすれば神護の実力をもってすればもし違った場合でもこの世界の数学を明日までにマスターできる。
が、疲れ切った神護はその気になれず自分の世界と同じであることにかけることにした。
「ほな、明日の正午に学校に来てくれたらええから。
ここに地図と時間が分かるように腕時計置いとくから」
そう言いネハングはポケットから四角く折りたたまれた紙と銀色の腕時計を取り出し扉の近くにある台の上に置き、そのまま部屋を後にした。
そしてバタンという扉が閉まる音がまるで合図だったかのように神護は再びベッドに倒れそのまま眠りについた。