十四
「それでこの世界はどういったものなんだ?」
何故かどや顔で言ってきたネハングに対して少しイラっと来た神護は質問を投げかけた。そしてネハングは満足がいくなり一度咳ばらいをした。
「そやな。じゃあこの世界について簡単に説明するわ」
「いやいや簡単じゃ困るんだが……」
「一から百まで全部教えても神護はんのためにならへんやろ?
わからん事あったらこの屋敷の書庫の本でも読んで勉強しといて。どうせこの世界で暮らしていくんやさかいに文字も読めなあかんしな」
文字も読めないといけない?この世界の文字は漢字とかじゃないのか?
神護はどういうことだろうと辺りを見渡した。するとリビングに置いてあるものを見渡しても日本語や漢字で書かれているものはない。
もしかして思ったが、この世界の文字は神護たちの世界にあった文字ではなかった。
「でも待てよ。だったらなんで普通に話せているんだ?」
普通文字が違ったら発音なども違い相互の言語が伝わらないはずなんだが……
「それでしたらアダムスはんが神護はんに会話くらいはできるようにと神護はんの脳をちょちょいと弄って聞き取りとそれに応対する発言はできるようにしはったんです。だから会話はできはるんですよ。」
あのやろう――!
ていうか会話のほかにも読み書きが出来るようにさせておいいてくれればよかったのに。
まあ会話ができるだけましか。
などと考えていると壁にかかってある大きな時計が音を立てた。
「おっと! もうこんな時間でっか……すんませんがちょっと出なあきませんのや。話は帰ってきてからでもいいでっか?」
「ん? ああ、わかった」
自己紹介されたときにネハングは学校の校長だと言っていた。詰まる所仕事はたくさんあるはずだ。えっと冬休み明けに向けて。
「その前にこの屋敷の書庫はどこにあるんだ?あんたが帰ってくるまでそこで勉強しておきたいんだが……」
「それならクピドに案内してもらって。」
「……クピドって誰だ?」
神護は初めて聞いた名前の人物を訪ねた。
まあ名前から察するに……いや察すことができないな。
すると、
「呼びました?ネハング様」
一人の少女が扉からヒッソリと入って来た。少女は黒い綺麗な髪を靡かせながら神護に近づいて来る。
「神護はんこの子がクピドや」
返事してたんだからそうだろうよ。
「クピド。この子に書庫の場所教えたって。」
「了解しました。ではこちらへどうぞ」
神護はクピドに促されるままリビングを後にする。
* * *
神護はクピドに案内されるまま廊下を歩いている。
リビングを出て早五分程歩いてもまだ書庫に着かないこの屋敷の広さには呆れてしまう。見る限る部屋の数はかなり多くネハングとクピドの二人で済むには多すぎるほどだ。
「ところでシンゴ」
「いきなり呼び捨てかよ…… なに?」
「どうやってあの方に取り入ったんですか?」
「はあ? 別に取り入ってないけど……」
「嘘を着かないで下さい。さっきも仲良くしゃべってたじゃないですか」
何やらよくわからないがクピドは神護がネハングと話していたのが気に入らなかったようで少々の敵意を露にする。
「あなたみたいな顔だけの人が普通にネハング様とタメ語で話して、普通にここに住むことができるわけないじゃないですか」
クピドの口元は先ほどからずっと笑っているが目が笑っておらず嫉妬と怒りが龍力として彼女から漏れ出しており、それを神護は肌で感じ取る。
「いやいや別に仲良くしていたわけでもないから……それと自分で言うのもなんだが実力はそれなりにあるつもりだから」
「すごい自信ですね」
「なんなら証明しようか?」
「いえ結構です!」
クピドはその後一切口を開かずスタスタと歩を進めた。神護も特に何か話すこともなかったのでそのまま後を付いていく。
そしてリビングを出て彼此10分ほど経ったころやっとのこと書庫に着いたようだった。目の前にある大きな扉はこの部屋の大きさを物語っているかのようで案の定扉の先には万は軽くあるであろう数多の本が棚の中に並べられている。しかもその棚は木で出来てはいるようだったが神護の記憶にはそれに該当する木材はなかった。真っ白だったのだ。もちろん塗料で色を塗ればそうできなくもないが触った感触は一切そういうものを使っているものではなかった。つまりこの世界特有の木材を使用していることになる。
「……すげ~」
神護は感嘆の声しかもれなかった。
「ここは屋敷内で二番目に大きな書庫です本の数は知りませんが大抵の本はそろっていると思います」
「ここが二番?!」
「はい。一番目の書庫は大事な龍道書が保管してある部屋なので立ち入ることはできません」
「龍道書……」
神護は出てきた未知の言葉に目を輝かせる。龍道書とはとどのつまり神術についての研究や歴史などが載っているものだと説明される。それを読むことによって更なる知識が得られることを神護は確信する。が立ち入れないとあっては意味がない。
神護は今度こっそり侵入してみようかとひっそりと心の奥で計画を練る。
「では私は案内が終わったので仕事に戻ります。何かあったらキッチンにいるので呼びに来てください」
そういい彼女は部屋を後にする。
……キッチンてどこだよ。
神護はため息をつきながら書庫を一先ず周回する。そして為になりそうなものや最低限必要であろう本や辞書を本棚から何回かに分け机に持って行った。運び終えるといつの間にか机の上には山ほどの本が積まれていた。
「ありゃ? ちょっと多かったか?まあいっか……」
神護は積まれた本を一冊手に取りじっくりと読み始める。まず初めに手に取ったのは『小学生のあいうえお』と呼ばれるものだった。本の名は後々文字が読めるようになってから知ったのだが、それよりこの世にも小学生という制度があることに若干驚く。
積まれた本を読み解いていくうちに知ったのだが、この世界にも小中高と言う制度があり神護の世界とは違い高等教育までが義務教育ということに神護が今いる国はなっているらしい。そしてこの世界にも大学はあるが神護の世界ほど進学する者はおらず、大半は騎士学校というものやギルドと呼ばれる言わば企業に就職するらしい。
神護は読んでは次、読んでは次と常人では考えられないほどの速度で読み進めてゆき、窓から差す日の光が月の光に変わっていることにも気が付かないほど読み耽っていった。