物語の始まり
一人の男が居た。
優しく、聡明で、虫を殺す事すら躊躇うその男は、あらゆる分野の知識をその頭脳に蓄えながらも不思議と妬まれもせず、誰からも崇拝され、慕われる存在であった。
明晰な頭脳から持ち出される数々の閃きは世界に、全ての人々に豊かな繁栄を齎していた。
しかしある日のこと、強欲な一人の王は、己が我欲を満たす為に男の身柄を拘束し、あまつさえその男の愛する妻を人質として捕え、自身の国の為だけに男の力を独占してしまった。
国民の反発は凄まじい物だったが、一月に一度合わせる事と、国がこの世界で一番豊かになれば解放するの約定から、その男が民に演説を行いどうにか収まった。
一月に一度だけ合う事の出来るその日の為に、男は黙々と仕事に励んだ。怒りに身を任せる事も、悲しみに染まり空虚となる事も無く只々働き詰めた。
みるみる内に上がっていく国力から、その国は隣国を一つ、また一つと降していく。
欲望はとどまる事を知らず、もっと欲しい、もっと……と求め続けた王は遂にその世界を制覇した。ただ、やはり欲望は止まらなかった。
男の妻は世界でも一、二を争う美貌の持ち主だったのだ。魅了された王は――――男の妻に手を出そうとした。
誇り高き妻は穢れるくらいならと、そして自分が男を縛り付けてしまうならと、自らの手でその命に幕を下ろした。
その事実は知らせられる事無く、一月でバレる事は確実なため、愚かしい事に王は復讐を恐れて国を捨てて逃げ出す算段を立て始める。
半月経った頃、男が妻の事を楽しげに語る姿に見かねた一人の侍女が……涙ながらに密告してしまった事によって遂に真実が明らかとなった。
三日三晩涙は止まらず、床にも壁にも叩きつけ続けた拳は骨が突出し、叫び過ぎた喉は潰れる寸前にまでなった。
そして狂ってしまった男は一つの決意をする。
己が才の結晶。禁術と呼ばれる術を以って異界の門を開き、その世界の主たるモノにただ願った。
愛する者に会わせて欲しい、この世界を対価に、と。
異界の主は答えた。
愛する者に会わせよう、代わりに身体と世界を貰う、と。
男は愛する者と巡り合う事に成功し、異界の門は開き、世界の理が捻じ切れた。
一人の男の願いによって、二つの世界は混ざり合い、統合されたのだった。
その事実は、統合された世界の統一者たる魔王しか知らない。
ゆっくり進めて行きます。