古の塔
大きな国に人の寄り付かない入江がある。
古い時代から続く悪い言い伝えのせいで、人は誰もその場所に近付くのをやめた。
――入江にある塔には魔物が住んでいる。近づくと喰われて帰って来れない――
それでも度胸試しだとか、試練だとかいう理由で訪れる者もあった。だがその悉くは連絡の途絶えたまま。
そんな噂もまた国中に広がり、かつては人の手で作られたであろう塔は、寂しく立つばかりとなった。
そこへ、一人の少女が訪れた。
何を思ってここへ来たのか。それは少女にしかわからない。
灰色のローブを目深に被り、何の躊躇いもなく塔の中へ入っていく。
埃にまみれた空気が少女を包んだ。
塔の中は1階から最上階まで吹き抜けになっており、壁には螺旋状に石段が伸びている。
少女は一度、上を見上げた。目指すのは最上階。
軽く息を吐いて気合いを入れると、石段を上っていく。
足元を確認しながら着実に上っていくその額には、次第に汗が滲んだ。
段々と荒くなる息、早さと激しさの増す鼓動。それでも少女は足を止めなかった。
そうして上り着いた最上階。美しい彫刻が施された木製のドアを開ける少女。
掠れた樹の軋む音の向こうに広がるのは、魔物とは程遠い清廉さを思わせる部屋だった。
白で統一され、中央に大きなベッドが一つ。
少女は呼吸を整えるようにゆっくりと近付いていく。そこにはこの世の美を象徴するような美しい男が一人、眠っていた。
周りには白い粉末が積もっている。恐らくここを訪れた者が風化し、崩れたのだろう。
少女は男を見下ろし、呟いた。
「やっと見つけた…貴方を。遠い昔に私の先祖が掛けた、人を虜にし過ぎた貴方をここで永遠の眠りにつかせた封印。何も知らずにここへ来た人は貴方に惹かれ留まり、そして朽ちていったのね…。
先祖の血を引く私だけが貴方を目覚めさせられる。なんだか素敵よね。
だからずっと…貴方を探していたの。貴方の瞳の色が知りたい…声が聞きたい…。
さぁ、お目覚めの時間ですよ…」
少女はベッドに上がり、そっと男に口づけをする。
途端に真っ白だった部屋は闇の色に染まり、ベッドを中心に強風が吹き荒れた。
触れたままの唇は次第に温もりを宿し、熱い吐息が漏れる。
少女が一度離れようとするのを強く引き、確かめるようにその唇を食む。
胸に込み上げる熱を強く感じ、解放された少女はこの上ない喜びに頬を染めて微笑んだ。
「おはようございます…魔王様」
了
プロローグのようなお話になりました。目覚めた魔王様がこれから大いに活躍してくれることを期待します(笑)※続きなんてない