時雨とエヴィル「Roman 2」
前作にひきつづき、これもサンホラオマージュです。11ワードのメッサージュ的な
――貴女が今生きている、それが私が生きた物語(の証)。この世界、愛してくれるなら--とある母、そして幻想楽団 1
あれは黒い秋晴れだったかしら。野分の風がやたらと冷たかったのを覚えている。きっと冬はもう近くて、赤ん坊の門出(生まれ)にはふさわしくなくて--それは、路上の出来事で。 2
彼女は、私の親友は--最後まで、誇らしげに、子供を守りきったことを、誇らしげに。腹をランスで貫かれているのを、これっぽっちも考えないかのように (もちろん刺し手は私が貫いた) 3
それは、黒い嵐が終わったあとの秋晴れだった。戦乱は--いや、もういい。彼女は、ただの貴族で、私の側の人間で、だからこういう様だ--私は、守れなかった 4
「ねえ、この子のお母さんになって」ご無体をほどほどにしろ、と、私は泣きながら。回復魔法があんまりにも届かない。こんなに私は魔法剣士として弱かったのか。 5
「あなたが母になれないのは知っています。だからこそ、母になっていただきたいのです」ご無体をほどほどにしろと。防人という私は、ただ壊す者にすぎないぞ 6
「母となれない体も、母となれない心も。だからこそ--」……無茶をいう。「ねえ、私の親友……ただ守られるばかりの私を、最後まで守ってくれた、誇り高き、二刀の騎士--」 7
その頃の私は、黒い鎧をつけていた。……だが、それをもう着ることはあるまい。「変わって……願わくば、変わって……貴女が貴女であるままに、それでも、変わって……」 8
もう黙っていろ、と私はいう。彼女の願いは、すべて叶えるから、と。しかし彼女は笑いながら否定する。「貴女に選んでほしいの」と 9
「それは…強制だよ」私は笑ってしまった。「もう去る者の戯言よ」彼女は言った。「でも……ここに、生まれた子がいるの。戦の中で生まれた子が」 10
「私は、生みの母としてわかるの。この子は、とことんまで戦で生きる子。輝ける、異常な才能を持ちながら、それでも戦でしか生きられない子。--ごめんなさい、その言葉さえ、この子には、届かない」 11
「何に謝るの?」「この世界がこの世界であることに」……そうね、と私はいう。年若い私たちのような女も、それを作ったのかもしれない。 12
「でも、どう考えても、この子に罪があるとは思えないの--だから……」13
「私が、じゃあ、育てる」私は、きっとこの子よりも、戦の才能はないかもしれないけど、少なくとも、現時点でこの国最高の戦の手慣れだ。「私が、守り、育てる」 14
「それ……!」それでいいの、という言葉さえ発せられず、彼女は死んだ!薔薇が砕けるような喀血で、彼女は死んだ。……最後まで、この子を守って、彼女は死んだ。 15
彼女は、紙折という、名家の娘。誰よりも美しい黒髪の姫は、その子もやはり美しく。16
私は、シュトフィールという、騎士の家だ。名家だろうが、人殺しの腕のうえに成り立つ貴族だ。……だから、守ろう、と思った。でも、守れなかった……! 17
この子は、時雨、という。別に、シュトフィールの名を継がなくて、いい。彼女は、紙折の名を継げばいい。ただ、シュトフィールの力を、すべてこの子に与えよう 18
そして、できることなら、親友が与えられなかったぶんの、愛を、優しさを、与えよう、と思いながら、時雨を--私の子を見る。 19
ほろほろと、泣いていた。声すらあげず--! 悼んでいるというの? そんなこと、この時から知っているというの? だから戦の子なの!? 20
私は抱きしめた。ああ、この子の行く先は、どれほどの鉄と火の修羅だというの? 私に与えられるのは、すべてを斬りさく刃ひとつでしかない。 21
それでいいのかどうかはわからない。でも……そうだ、この子が生まれたことが、悪いはずはないのだ。死者を、母を、悼む子が、何の悪だと! 22
Roman 2 時雨・紙折・シュトフィールの出生、おしまい
こうして時雨は生まれました。そして師匠であり「義母」である、時雨最愛のひととの関係がはじまります。
この二刀流魔法剣士は、時雨にとって、ほんとうの母であり続けました。
――あの日を迎えるまでは