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九十九番目のアリス

かなわぬ願いを 持つ者 ~ ハートの兵士長の物語 ~ (九十九番目のアリス・番外編)

作者: 水乃琥珀

 兵士長が 隠していた 《過去》の、ほんの一部を書いてみました。

  気が付いたときには、自分の役割など すでに 決まっていた。


  ねじれた世界、《ローリィヴェルテ》。

  誰も 存在しか知らない、《世界の意志》という人物が 作り上げた、へんてこで、不条理な世界。


  決められてしまった 《役割》は、変えることはできない。

  放棄すれば、それは すなわち、世界への《反逆》とみなされ、罰として 《ペナルティ》が課せられる。

  罪の 度合によって、ペナルティも様々だが――― 当然、血みどろの 《残酷な結果》になることは、住人ならば 誰しも知っていた。


  知っているから、ほとんどの人が、誰も 逆らわない。

  逆らわないからこそ、この世界は 一定の 《秩序》で成り立っているのだ。


  たとえ、それが、どんなに 歪んでいようとも。


※ ※ ※


  男は、ディランと 名乗った。


  何もしなくても、その土地 一番の剣士…… 《エース》として、城の兵士長に収まった 自分に、《同じ年齢だ》と 話しかけてきた、変わり者だった。


  彼は 槍が得意で、よく 稽古を挑まれたのだが、当然 こちらが全勝して、いつも終る。

  間合いでは 有利なはずの槍なのに、どうして 勝てないんだ、と。

  真剣に 考えている姿は、当時の 自分には、ひどく 《滑稽》に見えた。


  何を、そんなに 真剣になるのか、わからなかった。


  何をしても、そこそこ 上手く、できてしまうから。

  何をしても、退屈で、達成感も 無くて。

  どうして、この世は、こんなに つまらないのか。

  どうして、こんな人生に、それほど 真剣になれるのか。


  誰を見ても、何を聞いても。

  《おもしろいこと》なんて、ひとつも なくて。


  だから、なおさら、真剣に取り組もうとする 連中を見ると、ひどく イライラした。

  壊してやりたくなった。 …… 実際に、壊しもした。


  それでも、心は なんにも 埋まらなくて。

  望みもないし、願いもない。

  ただ 生きて、ただ 誰かを殺す。


  そんな 毎日を繰り返すだけの、単調で、地獄のような日々の中で。


  ディランの様子が 《変だ》と 気付いたのは、いつだったか。

  真面目な男が、真剣に 悩んでいる――― その事実が 愉快で、滑稽で。


  珍しく、相談にも 適当に乗ってやり、至極 もっともな アドバイスも くれてやり。


  《ありがとうな》と、言われた日を 最後に、彼は 城から 姿を消してしまったのだ。


  城の兵士を束ねる 兵士長として、当然 ディランの捜索を開始して…… 少し経ったあと。

  彼が、とある 《森》にいるらしいとの報告が上がり、数人の兵士を引き連れて、現場に向かっててみれば―――。


  目の前に 現れたのは、以前の 面影もないほどに 変わり果てた、《ディランであった 生き物》だった。

  顔も、手も、服までも 真っ赤に染めて、見たこともない実を 口いっぱいに頬張る、獣のような姿。


「ディ…… ディランなのか?」


  仲間であった兵士の一人が 声をかけても、虚ろな目で、ひたすら 毒々しい実に かぶりつくだけ。

  いったい、何が 彼を ここまで 変えてしまったのか。

  どうして、こうなるまでに、誰も 止められなかったのか。


  ふと 気付くと、少し離れた先に、こちらを眺めている イモムシと、目があった。


「イモムシさん…… アンタ、何か 知っているのか?」

「…… さあな。 少なくとも、その男の 《望み》は叶ったのだから、祝福してあげたらどうだ?」

「…… ふざけるな、何が 祝福っ…… うぎゃぁ!」


  いち早く 叫んだ兵士の 喉元に、ディランであった男が、噛みついている。


「たっ…… 助けっ……」

「どっ…… どうします、兵士長!?」

「彼は…… 本当に、ディランなんですか!?」


  うろたえ、目の前の 凄惨な光景に 動けずにいる、数人の部下たち。

  無理もない。 人が――― 。

  人であった者が、人を 喰っている、異常事態なのだ。


  濃厚な 血の香りと、水音と。

  世界が、じわじわと 赤い色で 埋め尽くされていく、焦りと。

  他に 選ぶ道もなく、自分は 先頭に立って、ディランの体に 剣を叩きこむ。


  けれど、それだけでは、甘かった。

  腕を 切られても、足が折れても。

  這いずってでも、こちらに 向かってくる、常軌を逸した、その瞳。


  ああ、もうダメだと、確信した。

  こうなってしまったら、もう二度と、戻ることなんて できないと。


  《ありがとうな》と言った 顔が、はたして どんな顔をしていたのか。

  思いだそうとして…… 思いだせないことに、今更ながら 気が付いた。


  自分は。 彼の顔を。

  見ていなかったのだ。


「へ…… 兵士長、もう ダメです。 このままでは、我々は 全滅します!」


  ディランの他にも、森の奥から 湧いて出てくる、異常者たち。

  元は 人であった者や、動物であった者…… 様々だが、こうなってしまった姿は、みんな同じだった。


  完全に、活動を停止するためには――― 首を落とせと、習っていた。

  手足を切り落としても、頭が 残っていれば、自然と 体は 動くものだと。

  今まで、一発で 仕留めていた 自分にとって、首を落とすのは 初めての経験だった。


「へ…… 兵士長!」

「わかった――― 許可、する」


  雑魚どもは 部下にまかせて、ディランと 向き合って。

  そこで 初めて、この男が 緑色の 綺麗な瞳をしていたのだと、気付く。


  今さら。

  こんなときに、なってから。

  自分は ディランのことを、何一つ 知らなかったのだと、思い知らされる。


  悪かった……と、謝罪も できない。

  謝罪する権利も、与えては もらえない。

  もう、こちらの言葉など、彼には 届いていないから。


「…… おやすみ、ディラン」


  ただ、それだけを告げて、自分は 彼の動きを止めたのだ。


※ ※ ※


  その日から、《目標》が できた。

  何故、ディランは ああなったのか。


  調べて、調べて、調べまくって。

  辿り着いたのは、やはり あの森と、イモムシだった。


  自分の 役割を放棄してまで 動きまわった結果、ペナルティとしては かなり重い、《アリスの護衛》を与えられてしまうが。

  そんなもの、痛くも 痒くもなかった。

  護衛を引き受けながら、各地を転々として、イモムシを 倒せるヤツを 探しまくった。


  イモムシを 殺すだけでは、あの森は 解決できない。

  あの森を 解決し、二度と ディランのような 《獣》を、世に送り出さないこと。

  それが、ディランに対して 自分ができる、唯一の 《謝罪》だと思ったのに―――。


  世界は、そんなに 甘くはない。

  どこへ行っても、イモムシを 倒せるようなヤツなんて、現れなかった。

  自らも、何度も 挑んでみたが、イモムシの鉄壁の守りは、崩せなかった。


  今まで、困ったことなんて、何一つ なかったはずなのに。

  ――― いいや、違う。

  何も 望まなかったから、気付かなかっただけ、なのだ。

  本当は、自分は……。


  何も、望んではいけない――― そういう 《役割》のもとに創られた、ただの男。

 

  自分の 付けられた 名前は、《叶わぬ願いを持つ者》という意味だったのだ。

  望まないうちは、何でも できてしまうが、一度 何かを望んだら――― 願いなど、決して 《叶わない》。

  そう 宣告されているのと同じ、残酷な 名前。


  何十年も、何百年も。

  あきらめかけて…… でも、あきらめきれなくて。

  いつか、誰かが 現れるのではないか。

  どこかで、ずっと、そう信じてきて。


  いつの間にか、真っ黒に変色してしまった 《皮の手袋》は、もう 《あきらめていいよ》と 言っているような気がして。

  あと、一人にしよう。

  あと、一人。

  最後の アリスを見て、そいつが ダメならば。


  今度こそ、ディランのことは、忘れよう。


  そう、決心した日に――― 九十九番目のアリスが、目の前に 現れたのである。


※ ※ ※


  赤い実を 食べた者は、死体は残らない。

  サラサラと 砂に変化して、この世にいたことさえ、認めてもらえなくなる。


  森から 持ち帰った 《ディランの砂》を埋めた、自分だけが知っている、《ディランの墓》。


「お前は…… 俺のことを、一生 恨んでいいよ」


  恨まれても、憎まれても、当然だ。

  彼には、それだけの 権利がある。


  しかし――― きっと。 彼ならば。

  《もう、いいよ》と、穏やかに笑って、許すのだろう。


  結局のところ、ディランが 何に悩んでいたのかは、わかっていない。

  ただ、絶望して、赤い実に走ったことは事実で。

  それを 見過ごしたのが 自分であって。


  割り切った、冷めた性格だと 思っていた自分は、案外 そうでもなかったのだと、今回のことで 思い知らされた。

  ずっと、謝りたくて、謝れなくて。

  自己満足でしかない、他人のチカラを借りての、問題の 終決。


  《自分は、一人では何もできない》と 宣言していた アリスが、心底 羨ましかった。

  誰かのチカラを借りて、何が悪いの――― と、言われているような 気がして、少し笑えた。


「もう…… この手袋は、いらないんだ」


  真っ黒に染まった、禍々しい 皮の手袋。

  ディランの墓の 横に、並べて 埋める。


  過去を、忘れるのではなく。 思い出に変えて、その先へ……。

  そろそろ、自分も 次の段階へと 進む時期なのだろう。



  『あなたの 望みは、何?』という、彼女らしい 言葉を、胸の中で 繰り返す。


  未来は、何が起こるか 誰もわからない。

  《叶わぬ願いを持つ者》であった、自分の願いも――― 叶ったのだから。

 


  あきらめていた 目標が達成されれば、また 新たな 目標が生まれてくる。

  人というものは 欲深い生き物であり、でも それこそが、生きているという 証なのだろう。



  ディランという、男の存在を、忘れることはない。

  手袋を外しても、彼の記憶は、自分の中で 生き続けていく。


「なんだ…… とうとう、手袋をはずしたのか?」


  背後から、音もなく現れたのは――― 姉、だった。

「ああ…… 俺には、必要なくなったから、ね」

「ふん…… 少しは、マトモな顔に なったようだな」

「お姉さまには、ご心配を おかけしまして……」

「気色の悪い 言い方を、するでないわ!」


  言うのと同時に、雷が 落とされる。

「まったく…… 魔法は危ないから、やめてって 言ってるでしょ~?」


  慣れた攻撃をひょいひょいと かわす。

  相変わらず、この姉は 怒りっぽい。


「次は…… 姉さんの、番だよ」


  変われないと――― 密かに、何度も 涙を流し続けてきた、姉。

「だから…… その《呼び方》をするでない!」

「はいはい…… わかったよ――― 《女王様》」




  新たな 出発を誓い、新しい 手袋を取りだす。

  もう、迷わない。

  未来が、結末が…… たとえ、どんなものであろうとも。


  自分の 《願い》からは、目をそらしては いけないのだ。


「これからは、今まで以上に 忙しくなるし…… 当然、女王様の方にも 《とばっちり》がいくと思うから、先に 謝っておくね?」

「謝るくらいなら、最初から するなと…… これ、人の話は 最後まで 聞けと……」


  エスタぁぁぁ―――と、自分の名を、姉が呼んでいる。


  忌み嫌っていた名が、いま ようやく、好きになれるような 気がしていた。  

 お疲れ様でした。 さて、いかがでしたでしょうか。


 この物語は、兵士長というキャラを思いついた時から、ずっと書きたかったものなので、ようやく書くことができて ほっとしています。


 兵士長ファンの方も、あまり彼には 興味のない方も、少しは 彼のことをわかって頂けたかな…… まだかな~。


 もし、本編の前に この番外編に入ってしまった方は、ぜひとも 本編をチェックしてみて下さいね。

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