あまおとこ
玄関を開けて、そこに見知らぬ河童がいたら驚く。
「やあ、はじめまして。こんばんは」
それも二メートルを越える背伸び河童なら尚更だ。
「キミが昼間、ボクの祠を壊したんだね」
河童の声は何処までも透き通った声で、去年田舎でみた清流の小さな男の子を連想する。
「取り敢えず、家に入れてもらえないかな」
河童はのそのそとその図体を屈めながら、電灯の下へと入った。
「ついでにタオルも貸してくれないかい。雨に濡れて大変だったんだよ。夜も暗いし、途中でなんどもキミに会うのを諦めようと思ったんだよ。でもね…」
河童はごわごわした玄関マットを器用に使って、丁寧に体を拭き、水滴一つ残さない。
「なんといっても、キミに会わなきゃならなかった。それはどうしてだか解るかい?」
河童の皮膚は思っていたよりも青色にちかく、表面は陶器のような光沢をもっていた。
「キミはまだ子供で、物事の判断がつかないんだ。と、誰もが言うかもしれない。それでも、ボクは雨に濡れながらも、ここにきた。ゆっくりと、慎重に、そっとね。頭の皿にはひびがはいっていて、
もう長くは持たないんだ。見えるだろう。ここにまっすぐと、まるで初めからこう切れ込みがはいってたみたいでしょ。でもそれはマヤカシなんだ。いつも連中はこういう手段を使う。やつらは陰気だからね。キミだってそういう経験あるんじゃないかい?」
河童が玄関に座り込み、静かに話していた。もちろん河童の話は、河童の背後の少年には通じてなどいない。それでも河童は言葉を紡ぎ出していった。
やがて話し終えた河童は立ち上がると、恐怖で動けない少年のズボンのポケットから小さな石のかけらを大事そうに取り出すと、雨の中へと消えていった。