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朝焼けと涙

作者: 虹雪

 俺がその会社に入社したのは今から二年前の出来事だ。就職困難が当り前な現代から言えば、すんなり今の会社に就職することが出来、家族総出で喜んだものだ。

 昔から、絵を描くことが好きで、少しでもそんな関係の職につけたらなと低い望みではあるが抱いて、見事広告会社に就職。周りに働く社員は皆若く人間関係は良好だった。

 仕事も二年経つと、だいぶ安定し、企画作りの段階から任せてもらえる事が増えてきた。

 色んな資料を集め、クライアントの好みや希望を織り交ぜ試行錯誤。

 頭の中で構想し、練りに練っては、上司にボツにされる毎日。

 最近めっきり煙草を吸う数が増え、喫煙室にも入りびたることが増えたが、アイデアは喫煙室で思いつくことが多くさほど煙草を減らす気にもなれない。俺の将来は肺がんでお陀仏だろう。

喫煙室には社員のほとんどが煙草を吸うのでひっきりなしに入れ代わり立ち代わりくる。

 そんなこんなでこの広告会社には五十歳以上の社員がかなり少ない。煙草だけが原因ではないがかなり確率が高いといえる。

 そして広告会社には繁忙期というものが存在する。これも若いものしかこの会社で働けない理由の一つだろう。

 会社自体は十時始まりの六時終りだが繁忙期には基本的に関係ない。時間なんて無視していい存在になっていた。納期という時間に間に合わすのが当然であり、言い訳なんて許されない。

 内心は皆腹が立っていようが、遅らせる勇気がない。

 そんなことをすればクライアントの信頼関係が壊れ、営業がクライアントの会社にお礼参りしなくてはいけなくなる。会社の損失。

 俺も何だかんだで逆らえない一人である。

 そんな生活がここニ週間続いており、家には寝に帰るばかり。夜中の三時、四時に帰る生活をしていると髪をセットする余裕がなくなりボサボサになるし、無精髭が生えまくる。身だしなみは常日頃から親にうるさく言われていたがなりふりかまえない状況というものは世の中にいくらでも存在するんだよ。それをよく親に言い聞かせてやりたい気分だ。

 今日も今日とて帰れない。そんな歌を口ずさみながら夜中の四時にパソコンのキーボードを打つ。

 紙面に配置する花の角度やコピーがあぁでもない、こうでもないと呟く。何をどうしても収まりが悪い。

 納期にはどうやったら間に合うのだろう。営業はもう帰っていない。他の部署の人間もいない。いつもいるのは制作する人達ばかりなり。

 今日も俺含めて五人残り、皆思い思いにマウスをカチカチ、キーボードをカタカタいわせている。

 中にはタオルを目にかけ椅子の背もたれに頭を置き、腕を組み、尻は半分しか椅子に乗っていない格好で器用に熟睡もしている者もいる。

 皆疲れている。それが事実。

 繁忙期だから仕方がない、この言葉は死神が耳元に来て呟き、過労死させる言葉だと今は確信している。

 俺のまぶたも徐々に上と下がこんにちはと握手しそうになるのを必死でこらえて頑張った結果、なんとか仕上げる事が出来た。これを明日、というか今日営業に見せて「いいね」の一言をもらいたい。そうすれば俺は心起きなく泥のように寝る休日を過ごせる。「ここは、ちょっと~」とか軽い口調で駄目だしされると休日前に徹夜や、休日出勤になるのだ。

 まだ起きてもいないことへの妄想が膨らむ中、会社を出た俺の目に綺麗な鱗雲を描く空と半分顔をだした朝焼けがしみて涙が頬を伝う。泣くつもりなんて一切なかったのにな。手で涙をぬぐう。

 何とも言えない清々しい空気。小鳥のかわいらしい声。早朝のおじさんのジョギング姿、あずき色のジャージにスコップ片手のおばさんと犬の散歩。ありとあらゆる朝の風物詩。

 徹夜あけの俺は朝帰り。

 何故この仕事を続けているんだろうかと自問自答。悲観的な妄想に入りかけ、すぐに我にかえる。

 俺はこの仕事が少なからず好きだから続けている。それか自分はただの負けず嫌いか、マゾか。

 いや好きなんだ、少しでも好きじゃなきゃ続かない。

 そう自分に言い聞かせる。何度も何度も。

 そうやってようやく自転車に跨り、鱗雲が矢印みたく俺の家に向かっているその方向にペダルをこぎ始めると、やっぱり朝焼けは元旦の時だけに見る神聖なものにしたいと思ってしまう。

ぶつぶつと独り言を呟き俺は家路に帰る。数時間しか取れない貴重な睡眠獲得を目指して。


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