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・ PIERROT ・  作者: 高砂イサミ
第24章
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審判 -2-


 そこは、壁も床も区別の付かないような真っ白な空間だった。

 あてどなくてくてくと歩いていたコウは、不意に立ち止まった。

「――っと!!」

 とっさに沈めた頭の上を、鎌の刃が鋭く薙いでいった。コウは低い体勢のままアオイを見上げた。

「何が言いたいか分かるか?」

 アオイがもう一度鎌を引き寄せる。殺気はまだ消えていない。

「……もちろん」

「札のことはユエから聞いた。よくもユエを……我らを欺いてきたものだ」

「殺るか?」

 コウはゆっくりと立ち上がった。アオイはそれをじっと見ていた。

「お前が殺さなければならないと判断したのなら仕方ない。そういう『約束』だ。――俺もあの時、本気でお前を殺すつもりだった」

「……」

 しばしの沈黙があり。

 アオイは、すっと鎌を引いた。

「殺すタイミングなど、とっくの昔に逃していたんだろう」

「……。命拾いしましたヨ」

「早く来い。お前が最後だ」

 アオイは壁に手を当てるような仕草をした。

 実際にそこは壁だったようで、白い色が扉のように開き、広間の控え室のような部屋へと通じた。アオイの言うように、中ではビッグ、セイレーン、リアラが待っていた。

「……こうして5人全員が顔を合わせるのは10年ぶりか。あの『儀式』以来だな」

 まずビッグが口火を切った。アオイは全員を見渡した。

「ありがとう。もう集まってくれないかと思った」

「アオイ……本当に、あなたも解放されたのね」

 セイレーンが感慨深げにつぶやき、アオイがうなずく。しかし多くは語らない。

「最初に謝らなければならないと思う。……みんな、ごめん」

「アオイさん……」

「過ぎたことをとやかく言っても仕方ないわ。すべてを水に流すというわけにはいかないけれど、事情は分かってる。……裏切り者はどうだか知らないけど」

「ス、スミマセン」

 すでに札の件はアオイから暴露されていたらしい。冷ややかなまなざしにコウは首をすくめた。が、セイレーンはすぐに、皮肉っぽく笑んだ。

「冗談よ」

「その冗談はきついデスヨ」

「コウ、お前はどうなのだ?『記憶』の方は……」

 気遣わしげにビッグが言って、アオイが後に続いた。

「札はあくまで『繋ぐ』ためのもの。僕の『人格』もコウの『記憶』も、もっていったのはユエの別の術だからな」

「なんデスカ、アオイ。今日はよくしゃべりますネ」

「……コウ? まじめな話をしているのよ……?」

 混ぜ返したコウに、セイレーンが1歩近づいた。コウは慌てて手を上げた。

「わ、分かりましたって。まじめに答えマス」

「最初からそうすればいいの」

「……まったく止まったわけじゃないデス。たぶんユエさんが動揺してるせいで、だいぶペースはゆるくなってますケド」

 とたんに同情の視線が集まって、コウは困惑する。裏切りが露見すれば、アオイよりむしろ、自分が恨まれると思っていた。

「私達の『身体』は、本物ではないけど、戻ってきたのに……」

 暗くなったリアラの肩を、ビッグがたたいた。

「仕方のないこと――と、割り切るには重すぎるな。本題に入ろう。アオイ、『話』というのはユエのことなのだろう?」

「ああ、そうだ」

 アオイはしゃんと顔を上げた。自然と全員の背筋が伸びた。

「みんながこれからどうしたいかを、教えてほしい」

「その前に確認を。次の団長は……セイジで間違いないのよね?」

 セイレーンの探るような視線を受け、アオイはうなずいた。

「ユエがそう言っていた。『次の団長をセイジに取られた』と」

 誰からともなくため息が漏れた。そんな中で、コウはしれっと発言した。

「じゃあとにかく、これでユエさんの時代は終わりってことデスネ」

「そうだな。……ユエが今のまま、このサーカス団にいるべきではない――私はそう思う」

 ビッグが続き、セイレーンがうなずいた。

「その点では私も賛成するわ。ただ、ユエが従うと思う? 呪いに手を染めてまで『団長』になろうとした彼女が……」

「手段については検討が必要だな。従わない場合、力ずくでも追い出すべきか?」

「アハハ、大変だ。ユエさん怒るでしょうネ……ただでさえ今はご機嫌斜めだろうに」

「……それをあなたが言うわけね……」

 へらへらと笑うコウの言に、セイレーンがため息をついた。

「でも“力ずく”というのは、現実に可能かしら? ユエに匹敵する力を持つ者なんてまずいない。私達5人がかりでも、おそらくは……」

「僕もユエさんの相手はごめんデス。――そういうことなら、いっそ新団長のセイジさんに頼んじゃったらどうデスカ? 意外とやれるみたいデスヨ、あの人」

「それは、ダメ……!」

 リアラが小さく、しかしはっきりと声を上げた。セイレーンが意外そうな顔をした。

「あなたは反対なの?」

「……ごめんなさい……」

「責めているわけじゃない。言いたいことがあるなら、言ってくれていいんだ」

 うつむきかけていたリアラは、ビッグに促され、きゅっと両手の指を組んだ。

「ユエ様は、まだ奥に籠もっているんでしょう?ここにセイジさん達を呼ぶのはダメ……何があるかわからないもの……!」

「……確かに。『運命の間』へ至る道がどうなっているかは、我々も知らされていないからな……」

 ――1度だけ。『5つの間』の5人は、それぞれの間から直接団長室へ入る権利を得ていた。しかしそれも、全員が使い果たしてしまったところだ。

 『運命の間』、すなわち団長室へは、ユエの許可がなければ入れない。

 そしてこんな噂がある。

 許可なく団長室へ至ろうとする者は、滅びの道を歩くことになる――

「1、このままの勢いでユエさんに挑戦する。2、いっぺん外に出て相談し直す。3、セイジさん達に相談する。4、このままほっとく。……こんなとこですかネ」

 コウが指を折って数え上げた。次いで、まだ発言のないアオイを見る。

「で、お前はどうしたいんデスカ? 聞くだけ聞いてだんまりはなしデスヨ」

「……僕は……」

 アオイは苦しげに、片手で顔の半分を覆った。

「僕はまだ、自分がどうしたいか分からない……」

「オヤオヤ」

「でも、このままでいいとは思わない。だから、ユエに会って、話をしたかったが……」

「――正論だ。話し合って解決できるのなら、それが1番いい」

 ビッグが他の者の反応を窺う。と、他でもないアオイがかぶりを振った。

「話はできない。できなかった」

「! 1人で会いに行ったということか!?」

「あなた、よく無事で……!」

「ああ……」

 アオイは壁の赤い垂れ幕を見た。つられて全員の視線がそこへ向く。

 コウが、ぎょっとしたように1歩退いた。

「まさかっ……ユエさん、このとなり!?」

 アオイは暗い表情でうなずき、垂れ幕に手をかけた。

「みんなにも見てほしい。ユエは、今――」



         ++++++



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