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・ PIERROT ・  作者: 高砂イサミ
第23章
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人格 -3-


 放送を聞いたビッグがソファから立ち上がると、エリが義手の指先をつかんだ。

「おじちゃん? どこ行くの?」

「……。エリ、頼みがあるんだ」

「え?」

「となりのヨシタカのところで、セイジ達を待ってくれ。……伝えてほしいことがある」

「おじちゃんは?」

 エリは不安そうな顔をした。ビッグは、笑ってやることしかできなかった。

「すまない……私には、やらなければならないことが残っているんだ」



「私……行かなきゃ」

 セイレーンが椅子から立ち上がった。ゲンはいぶかしげに眉を寄せた。

「今の呼び出しは……?」

「ごめんなさい、お父さん。ずっとお父さんと一緒に歩いていきたかったけれど……でも……」

「セイレーン……お前、まさか」

 セイレーンは目を細めた。

「……お父さんと一緒にこのサーカス団に入れて良かったわ。ひらひらの衣装を着て、じゃらじゃらアクセサリー沢山つけて。綺麗にお化粧して……割れんばかりの拍手と歓声を浴びてステージにたつの。……楽しかった」

「……」

「色々あったけど、やっぱりこのサーカス団が大好きなの。私は『水槽の間』を司る人魚セイレーン。――これから起きることを見届ける義務があるわ」

 ゲンは1度、耐えるように目を閉じた。

 それからすぐに顔を上げ、大きく、笑った。

「分かった。お前が決めたことなら――行ってこい」

「お父さん……!」

 涙をこらえて、セイレーンはゲンと手を握り合った。



 リアラはパソコンに向かい、ホームページに最後の書き込みをした。

 手首にはララがつけていた髪飾りを結んである。

 それを見るたびに、勇気がわいてくる気がした。

「サトちゃん……気づいてね……!」

 パソコンの電源を落とし、リアラもまた立ち上がる。

「じゃあ私、行ってくるね。ララ……」



「うーん……困った……」

 コウは獣調練場のまん中で、珍しく深刻な顔をしていた。檻の中では猛獣たちがその様子を窺っている。

「さて、どうしたものか……こいつらその辺に逃がしたら、やっぱマズイよなあ……」

「――コウ。少しいいですか」

 入口近くから声がして、コウはふり返る。もちろん気配には気づいていた。

「おや、怪しいピエロが何の用デスカ」

「お困りの様子が外から見えたので。私でもお役にたてることはあるかもしれません」

 サトルが仰々しくお辞儀をして見せるのを、コウは胡乱に見返した。

「どういう風の吹き回しですかネ。……借りを作るのは好きじゃないんですケド」

「いいえ、私があなたへの借りをお返ししたいだけですよ。カナを救っていただいたそのお礼に……」

 ますます胡散臭かった。が、あまり悠長にもしていられなかった。

「しょうがないデスネ……古株ってことで、顔が広そうなのを見込んでお願いしマス」

「なんなりと」

「腕のある猛獣士が必要デス。僕はしばらく出かけなきゃならないみたいなんで……こいつら全部、相手にできるくらいの人間を」

「なかなか難しい注文ですね」

 そう言いつつ、サトルからは余裕が感じられた。こちらの要求は予測済みといった風だ。

 コウの疑念を代弁するように、すぐ横の檻の中で、グレンが唸った。



「――あ、あれ? サトルどこ行った?」

 『右腕』の廊下の途中で、セイジは立ち止まった。ぐるりと見渡しても姿はない。

「さっきまでいたよな?」

「入るとこまでは、とりあえず」

『どうしたんだろう……何かあったのかな』

「この状況で単独行動はやばいだろ。捜しに戻るぞ!」

「捜すったって、どこを?」

『うん。サトルもあたし達の行く場所は知ってるんだから、しばらく待ってみようよ』

「……そりゃ、そうか……」

 セイジ達は再び進み始めた。



 放送機器を自分で使ったのは初めてだった。

 アオイは浅く息を吐いて、機器の管理者を見返った。初老の男は、幽霊でも見るような目をアオイに向けていた。

「今ので、聞こえたのか」

「! は……はい、もちろん」

「そうか」

 今にもユエが叱りに来るのではないかという恐怖感がある。

 同時に、それでもいいから姿を見せてほしいと願う心も。

 感情の振れ幅が次第に大きくなっていく。そのことに戸惑いつつも、アオイは懸命に考え続けた。

「4人が来る……僕も、行かなければ……」

「あ、あの、もうよろしいので……?」

 おそるおそるの体で聞かれ、アオイはこくりとうなずいた。

「ああ。ありがとう」

「!?」

 男はぽかんと口を開けた。アオイは構わずきびすを返した。


「ユエに『アオイ』は必要ない……だけど……『僕』は――!」



         ++++++



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