人格 -3-
放送を聞いたビッグがソファから立ち上がると、エリが義手の指先をつかんだ。
「おじちゃん? どこ行くの?」
「……。エリ、頼みがあるんだ」
「え?」
「となりのヨシタカのところで、セイジ達を待ってくれ。……伝えてほしいことがある」
「おじちゃんは?」
エリは不安そうな顔をした。ビッグは、笑ってやることしかできなかった。
「すまない……私には、やらなければならないことが残っているんだ」
「私……行かなきゃ」
セイレーンが椅子から立ち上がった。ゲンはいぶかしげに眉を寄せた。
「今の呼び出しは……?」
「ごめんなさい、お父さん。ずっとお父さんと一緒に歩いていきたかったけれど……でも……」
「セイレーン……お前、まさか」
セイレーンは目を細めた。
「……お父さんと一緒にこのサーカス団に入れて良かったわ。ひらひらの衣装を着て、じゃらじゃらアクセサリー沢山つけて。綺麗にお化粧して……割れんばかりの拍手と歓声を浴びてステージにたつの。……楽しかった」
「……」
「色々あったけど、やっぱりこのサーカス団が大好きなの。私は『水槽の間』を司る人魚セイレーン。――これから起きることを見届ける義務があるわ」
ゲンは1度、耐えるように目を閉じた。
それからすぐに顔を上げ、大きく、笑った。
「分かった。お前が決めたことなら――行ってこい」
「お父さん……!」
涙をこらえて、セイレーンはゲンと手を握り合った。
リアラはパソコンに向かい、ホームページに最後の書き込みをした。
手首にはララがつけていた髪飾りを結んである。
それを見るたびに、勇気がわいてくる気がした。
「サトちゃん……気づいてね……!」
パソコンの電源を落とし、リアラもまた立ち上がる。
「じゃあ私、行ってくるね。ララ……」
「うーん……困った……」
コウは獣調練場のまん中で、珍しく深刻な顔をしていた。檻の中では猛獣たちがその様子を窺っている。
「さて、どうしたものか……こいつらその辺に逃がしたら、やっぱマズイよなあ……」
「――コウ。少しいいですか」
入口近くから声がして、コウはふり返る。もちろん気配には気づいていた。
「おや、怪しいピエロが何の用デスカ」
「お困りの様子が外から見えたので。私でもお役にたてることはあるかもしれません」
サトルが仰々しくお辞儀をして見せるのを、コウは胡乱に見返した。
「どういう風の吹き回しですかネ。……借りを作るのは好きじゃないんですケド」
「いいえ、私があなたへの借りをお返ししたいだけですよ。カナを救っていただいたそのお礼に……」
ますます胡散臭かった。が、あまり悠長にもしていられなかった。
「しょうがないデスネ……古株ってことで、顔が広そうなのを見込んでお願いしマス」
「なんなりと」
「腕のある猛獣士が必要デス。僕はしばらく出かけなきゃならないみたいなんで……こいつら全部、相手にできるくらいの人間を」
「なかなか難しい注文ですね」
そう言いつつ、サトルからは余裕が感じられた。こちらの要求は予測済みといった風だ。
コウの疑念を代弁するように、すぐ横の檻の中で、グレンが唸った。
「――あ、あれ? サトルどこ行った?」
『右腕』の廊下の途中で、セイジは立ち止まった。ぐるりと見渡しても姿はない。
「さっきまでいたよな?」
「入るとこまでは、とりあえず」
『どうしたんだろう……何かあったのかな』
「この状況で単独行動はやばいだろ。捜しに戻るぞ!」
「捜すったって、どこを?」
『うん。サトルもあたし達の行く場所は知ってるんだから、しばらく待ってみようよ』
「……そりゃ、そうか……」
セイジ達は再び進み始めた。
放送機器を自分で使ったのは初めてだった。
アオイは浅く息を吐いて、機器の管理者を見返った。初老の男は、幽霊でも見るような目をアオイに向けていた。
「今ので、聞こえたのか」
「! は……はい、もちろん」
「そうか」
今にもユエが叱りに来るのではないかという恐怖感がある。
同時に、それでもいいから姿を見せてほしいと願う心も。
感情の振れ幅が次第に大きくなっていく。そのことに戸惑いつつも、アオイは懸命に考え続けた。
「4人が来る……僕も、行かなければ……」
「あ、あの、もうよろしいので……?」
おそるおそるの体で聞かれ、アオイはこくりとうなずいた。
「ああ。ありがとう」
「!?」
男はぽかんと口を開けた。アオイは構わずきびすを返した。
「ユエに『アオイ』は必要ない……だけど……『僕』は――!」
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