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・ PIERROT ・  作者: 高砂イサミ
第22章
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砂時計 -4-


「ともかく1度、『左腕』に戻りましょう。昨日から無理をしすぎました」

 カナが立ち上がれる程度まで復調したところで、サトルが提案した。セイジはまだ興奮状態で、すぐにでも行動を起こしたいくらいだったが、逆にカナの消耗はひどい。アンティークからも、普段ほどの元気は感じられなかった。

「そう、だな……その方がいいよな」

「ユエが動揺している今、アオイの札を壊すには絶好のチャンスです。それでもあのユエを相手にするなら、万全の準備をしませんと、太刀打ちできません」

「わかってるよ。確かに、あいつの力は凄かった……」

 アオイの札をセイジの目の前にさらし、先手を取らせてもまだ余裕があった。

 セイジは歯噛みした。

「次こそは、必ず……!」

「……もう動けるよ。移動しよう」

 カナがセイジの手を離し、自分の足で立った。もうカナは大丈夫と判断し、セイジはうなずく。

「よし。行こう」

 カナを気遣って、普段よりもゆっくりとした移動になった。

 団員が襲ってくれば残らず自分が相手をする気でいたが、館内は静かで、人1人の気配もなかった。

「ああ……もう夜になったのか」

「大変な1日でしたね」

『……ねえセイジ、あたしの話、いつすればいいかな。すごく……長くなるかもしれないんだけど……』

 アンティークが腕の中で、覚悟を決めるように言った。

 セイジは笑った。

「ああ。いいよ、それはもう」

 さらりと受け流す。アンティークから、驚いた気配が伝わってきた。

『え、だって――』

「聞いたら、これからやることが変わるような話か?」

『……ううん』

「なら、全部が終わって、お前もちゃんとキレイにして、それからゆっくり話そう。……ダメか?」

『セイジ……』

 そうするうちに『左腕』の奥へと到着した。まだここへ来たことのないアンティークに説明しながら仕掛け扉を進み、セイジ達は隠し部屋へと戻った。

 出迎えたのは、置いていったそのままの、リアラのビデオカメラ。この部屋を出たときには他のことを気にする余裕もなかったので、セイジは改めて室内を観察した。

「棚にしまってあるのって、古いアルバムみたいだな」

『この背表紙……あたし、見覚えがあるかもしれない』

「本当か?」

 アンティークが興味をひかれたようなので、セイジは1冊を手に取った。適当にページを繰ると、やはり中身はたくさんの写真だった。

「このサーカス団のアルバムかな。かなり色褪せてるけど、何年前の写真だ?」

 中には大きな写真もある。それを横から見て、カナが指を乗せた。

「これ、真ん中に写ってるのあんたじゃないの?」

 舞台上の集合写真だった。10数人の団員がポーズを取っており、中でも目立つのはカナが示した青年と背の高いピエロ、そして綺麗な双子の姉妹だ。

 誰もが楽しげで、心から幸せそうだった。

「いや、似てるみたいだけど……こんな写真撮った覚えないぞ? ってか、こんな古そうな写真に写れねーよ。俺今年で21だって」

「これは……60年以上前の写真です。こんなところにしまってあったとは……」

 サトルが懐かしそうに言った。アンティークの声が、潤んだ。

『初めての公演の後だね。この中で残ってるのは、もう…あたしとユエと、サトルだけだ』

「え!? お前この中に入ってるのか!?」

「金髪の双子がいるでしょう。そのどちらかがアン――アンティークですよ。写真だけでは、ユエと区別がつきませんが」

『セイジにそっくりなのは、団長。セイジのおじいちゃんだよ』

「ちょ、ちょっと待てよ。じいちゃんは分かるけど……この双子って人間じゃないか!」

 セイジは何度もアンティークと写真を見比べた。アンティークは少しだけ、暗い声になった。

『……あたし、早くに死んじゃったのね。だけどおじいちゃんが……団長が、人形に魂を移してくれた。その時にサーカスのことは忘れちゃったんだけど』

「……!」

 セイジは目を見開いた。

 サトルがララをロボットにしたという話を思い出す。それを聞いたよりもさらに、ショックは大きかった。

「なんだよ、それ……なんでじいちゃんがそんなことするんだよ」

『これが――あたしがセイジにしたかった“話”だけど』

 アンティークはセイジに意識を向けた。

『今……聞く?』

「……。いや、いいよ。聞かないって言ったばっかだもんな……」

 セイジは自分を落ち着けようと、大きく息を吐いた。

 そして急に、別のことに引っかかって目を上げる。

「あれ、待てよ? サトル前に、カナが本当の団長の血をひいてるって言わなかったか?」

「はい」

「だけど団長って、俺のじいちゃん……で……?」

「……え?」

 カナもそこで初めて気づいたようだった。そして2人は、同時にサトルを見た。

 サトルはあっさりと、うなずいた。

「カナはセイジの、実の妹ですよ。……黙っていてすみませんでした」

「いっ……妹……!」

「……えぇ?」

 カナが微妙に不満そうな顔をしたので、セイジはむっと眉をひそめた。

「こらカナ、何が言いたいんだ」

「……『おにいちゃん』て、もっとしっかりしてるものだと思ってた……」

『ま、まあまあ』

「てか、そんな重要なこと……知ってたならなんで言わなかったんだよ! じいちゃんが団長だったって話も……!」

 セイジは八つ当たり気味にサトルにくってかかった。するとサトルは深く頭を下げた。

「すみません。知らずに済むのならその方がいい……あまりにも重いものを背負っていると分かれば、あなたが動く妨げになるのではないか、と。勝手にそう思っていました。しかし、私の取りこし苦労だったようですね」

 サトルは、セイジと目を合わせた。

「あなたはどんな運命にも潰されるような人ではなかった。侮っていたこと……謝ります」

「あ、いや、そんな大げさな……」

「お調子者」

 カナの白い目に刺され、セイジは咳払いをした。

 と、アンティークが室内を窺う気配がした。

『だけど……不思議だよね? どうしてこんな風にアルバムを隠したりしたんだろう。何か意味があるのかな? それとも、この部屋自体に何か……?』

「……そういやそうだな」

 セイジは、今度はていねいに、室内の検分を始めた。アンティークもあちこちに意識を飛ばしている。カナとサトルも、つられたように見て回り始めた。

「お前っていろんなとこによく気づくよなぁ」

「でも、何かあるようには見えない。強いて言うならあれだけど……」

 カナが本棚の一角を指した。1段だけ本の類が抜かれて、代わりに砂時計が置いてある。

 砂の色は、真っ白だ。

「詰まってるみたいだけどね」

『本当。上に砂が溜まっちゃってる』

「まあ……この部屋のことも後でいいだろ。とにかく休んで、明日、ユエを捜しに行こう」

 セイジは絨毯に腰を下ろした。壁にもたれてアンティークを膝に乗せる。

「つっても、団長室に籠もられてたらどうするって話だけど……」

「逆に、ユエをこちらに出てこさせる算段をするか、ですね」

「そうだ……な……」

 突然の猛烈な眠気に襲われ、セイジはあくびを噛み殺した。やはり大きな出来事の連続で疲れていたようだ。それを見たサトルが小さく肩をすくめた。

「そういった話も、明日でいいでしょう」

「……いいことにするか」

 カナもサトルも、それぞれ寝る態勢に入った。

 セイジは目を閉じかけ、ふと、アンティークに話しかけた。

「なあ……俺がこのサーカス団に来たきっかけ、覚えてるか?」

『もちろんだよ』

 前の仕事をやめてから、同じ街に居続けるのも困難な状況だった。

 さあどうするという時にセイジが思い出したのは、祖父の遺品に紛れていたメモ書きだった。そこに、このサーカス団の所在と電話番号があったのだ。

「アンティークのことといい……ひょっとして、全部じいちゃんに仕組まれてたのか? そしたら俺、じいちゃんに踊らされた人形か、ピエロみたいだな……」

『……本気でそう思ってる?』

「いや。分かんね」

『あたしも分からないんだ。団長が本当はどうしたかったのか……』

「ったく、しょうがないじいちゃんだよな。意外に秘密主義でびっくりだよ」

 もし直接聞けるなら、いろいろと聞いてやりたかった。まず真っ先に、アンティークを人形にした理由を。

 なぜそんな、摂理に反するようなことをしたのか、と。

 凄腕の人形遣いで、優れたまじない師。記憶の中の祖父がどんどん塗り替えられていく。もうどう思えばいいかが分からない。

 分からないので――保留する。今は悩むより先に、やることがある。

 そのためにも今は休む必要があった。セイジは「おやすみ」と囁いて、目を閉じた。



         ++++++



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