砂時計 -4-
「ともかく1度、『左腕』に戻りましょう。昨日から無理をしすぎました」
カナが立ち上がれる程度まで復調したところで、サトルが提案した。セイジはまだ興奮状態で、すぐにでも行動を起こしたいくらいだったが、逆にカナの消耗はひどい。アンティークからも、普段ほどの元気は感じられなかった。
「そう、だな……その方がいいよな」
「ユエが動揺している今、アオイの札を壊すには絶好のチャンスです。それでもあのユエを相手にするなら、万全の準備をしませんと、太刀打ちできません」
「わかってるよ。確かに、あいつの力は凄かった……」
アオイの札をセイジの目の前にさらし、先手を取らせてもまだ余裕があった。
セイジは歯噛みした。
「次こそは、必ず……!」
「……もう動けるよ。移動しよう」
カナがセイジの手を離し、自分の足で立った。もうカナは大丈夫と判断し、セイジはうなずく。
「よし。行こう」
カナを気遣って、普段よりもゆっくりとした移動になった。
団員が襲ってくれば残らず自分が相手をする気でいたが、館内は静かで、人1人の気配もなかった。
「ああ……もう夜になったのか」
「大変な1日でしたね」
『……ねえセイジ、あたしの話、いつすればいいかな。すごく……長くなるかもしれないんだけど……』
アンティークが腕の中で、覚悟を決めるように言った。
セイジは笑った。
「ああ。いいよ、それはもう」
さらりと受け流す。アンティークから、驚いた気配が伝わってきた。
『え、だって――』
「聞いたら、これからやることが変わるような話か?」
『……ううん』
「なら、全部が終わって、お前もちゃんとキレイにして、それからゆっくり話そう。……ダメか?」
『セイジ……』
そうするうちに『左腕』の奥へと到着した。まだここへ来たことのないアンティークに説明しながら仕掛け扉を進み、セイジ達は隠し部屋へと戻った。
出迎えたのは、置いていったそのままの、リアラのビデオカメラ。この部屋を出たときには他のことを気にする余裕もなかったので、セイジは改めて室内を観察した。
「棚にしまってあるのって、古いアルバムみたいだな」
『この背表紙……あたし、見覚えがあるかもしれない』
「本当か?」
アンティークが興味をひかれたようなので、セイジは1冊を手に取った。適当にページを繰ると、やはり中身はたくさんの写真だった。
「このサーカス団のアルバムかな。かなり色褪せてるけど、何年前の写真だ?」
中には大きな写真もある。それを横から見て、カナが指を乗せた。
「これ、真ん中に写ってるのあんたじゃないの?」
舞台上の集合写真だった。10数人の団員がポーズを取っており、中でも目立つのはカナが示した青年と背の高いピエロ、そして綺麗な双子の姉妹だ。
誰もが楽しげで、心から幸せそうだった。
「いや、似てるみたいだけど……こんな写真撮った覚えないぞ? ってか、こんな古そうな写真に写れねーよ。俺今年で21だって」
「これは……60年以上前の写真です。こんなところにしまってあったとは……」
サトルが懐かしそうに言った。アンティークの声が、潤んだ。
『初めての公演の後だね。この中で残ってるのは、もう…あたしとユエと、サトルだけだ』
「え!? お前この中に入ってるのか!?」
「金髪の双子がいるでしょう。そのどちらかがアン――アンティークですよ。写真だけでは、ユエと区別がつきませんが」
『セイジにそっくりなのは、団長。セイジのおじいちゃんだよ』
「ちょ、ちょっと待てよ。じいちゃんは分かるけど……この双子って人間じゃないか!」
セイジは何度もアンティークと写真を見比べた。アンティークは少しだけ、暗い声になった。
『……あたし、早くに死んじゃったのね。だけどおじいちゃんが……団長が、人形に魂を移してくれた。その時にサーカスのことは忘れちゃったんだけど』
「……!」
セイジは目を見開いた。
サトルがララをロボットにしたという話を思い出す。それを聞いたよりもさらに、ショックは大きかった。
「なんだよ、それ……なんでじいちゃんがそんなことするんだよ」
『これが――あたしがセイジにしたかった“話”だけど』
アンティークはセイジに意識を向けた。
『今……聞く?』
「……。いや、いいよ。聞かないって言ったばっかだもんな……」
セイジは自分を落ち着けようと、大きく息を吐いた。
そして急に、別のことに引っかかって目を上げる。
「あれ、待てよ? サトル前に、カナが本当の団長の血をひいてるって言わなかったか?」
「はい」
「だけど団長って、俺のじいちゃん……で……?」
「……え?」
カナもそこで初めて気づいたようだった。そして2人は、同時にサトルを見た。
サトルはあっさりと、うなずいた。
「カナはセイジの、実の妹ですよ。……黙っていてすみませんでした」
「いっ……妹……!」
「……えぇ?」
カナが微妙に不満そうな顔をしたので、セイジはむっと眉をひそめた。
「こらカナ、何が言いたいんだ」
「……『おにいちゃん』て、もっとしっかりしてるものだと思ってた……」
『ま、まあまあ』
「てか、そんな重要なこと……知ってたならなんで言わなかったんだよ! じいちゃんが団長だったって話も……!」
セイジは八つ当たり気味にサトルにくってかかった。するとサトルは深く頭を下げた。
「すみません。知らずに済むのならその方がいい……あまりにも重いものを背負っていると分かれば、あなたが動く妨げになるのではないか、と。勝手にそう思っていました。しかし、私の取りこし苦労だったようですね」
サトルは、セイジと目を合わせた。
「あなたはどんな運命にも潰されるような人ではなかった。侮っていたこと……謝ります」
「あ、いや、そんな大げさな……」
「お調子者」
カナの白い目に刺され、セイジは咳払いをした。
と、アンティークが室内を窺う気配がした。
『だけど……不思議だよね? どうしてこんな風にアルバムを隠したりしたんだろう。何か意味があるのかな? それとも、この部屋自体に何か……?』
「……そういやそうだな」
セイジは、今度はていねいに、室内の検分を始めた。アンティークもあちこちに意識を飛ばしている。カナとサトルも、つられたように見て回り始めた。
「お前っていろんなとこによく気づくよなぁ」
「でも、何かあるようには見えない。強いて言うならあれだけど……」
カナが本棚の一角を指した。1段だけ本の類が抜かれて、代わりに砂時計が置いてある。
砂の色は、真っ白だ。
「詰まってるみたいだけどね」
『本当。上に砂が溜まっちゃってる』
「まあ……この部屋のことも後でいいだろ。とにかく休んで、明日、ユエを捜しに行こう」
セイジは絨毯に腰を下ろした。壁にもたれてアンティークを膝に乗せる。
「つっても、団長室に籠もられてたらどうするって話だけど……」
「逆に、ユエをこちらに出てこさせる算段をするか、ですね」
「そうだ……な……」
突然の猛烈な眠気に襲われ、セイジはあくびを噛み殺した。やはり大きな出来事の連続で疲れていたようだ。それを見たサトルが小さく肩をすくめた。
「そういった話も、明日でいいでしょう」
「……いいことにするか」
カナもサトルも、それぞれ寝る態勢に入った。
セイジは目を閉じかけ、ふと、アンティークに話しかけた。
「なあ……俺がこのサーカス団に来たきっかけ、覚えてるか?」
『もちろんだよ』
前の仕事をやめてから、同じ街に居続けるのも困難な状況だった。
さあどうするという時にセイジが思い出したのは、祖父の遺品に紛れていたメモ書きだった。そこに、このサーカス団の所在と電話番号があったのだ。
「アンティークのことといい……ひょっとして、全部じいちゃんに仕組まれてたのか? そしたら俺、じいちゃんに踊らされた人形か、ピエロみたいだな……」
『……本気でそう思ってる?』
「いや。分かんね」
『あたしも分からないんだ。団長が本当はどうしたかったのか……』
「ったく、しょうがないじいちゃんだよな。意外に秘密主義でびっくりだよ」
もし直接聞けるなら、いろいろと聞いてやりたかった。まず真っ先に、アンティークを人形にした理由を。
なぜそんな、摂理に反するようなことをしたのか、と。
凄腕の人形遣いで、優れたまじない師。記憶の中の祖父がどんどん塗り替えられていく。もうどう思えばいいかが分からない。
分からないので――保留する。今は悩むより先に、やることがある。
そのためにも今は休む必要があった。セイジは「おやすみ」と囁いて、目を閉じた。
++++++




