砂時計 -3-
『玩具の間』の人形部屋で、ララはちょこんと座って待っていた。先にリアラが近づくと、止まりかけのオルゴールのように、声がもれる。
「ガ……ガガ……ブラン、コ……り……あら……と……」
「さっきからずっとこんな感じなの。どうしても、治らなくて……」
ビッグもエリと共に、ゆっくりと歩み寄っていった。
と――急にララの気配が変わった。
「ガガ……ガ……おに……ちゃん……コワ……イ……」
「!」
「……ララ……キライ……?」
機械に変えられた顔の、表情は変わらない。それでも声は泣きそうだった。
「覚えて……いるのか、私がお前を……」
「……不思議だけど。生きてた時のことは全部忘れるって、サトちゃんは言ってたのに」
リアラはそっと、ビッグの手を――つけたばかりの義手を引いた。
ビッグはララの前に膝をついた。
「狂気が消えることがあったら、1番にリアラと、お前に会いに行こうと思っていた……」
「ガ……おに……ちゃ……イタ……イ」
「すまなかった、ララ……!! 私は……どうしたらお前に償えるんだ……!」
「……。ビッグさん、腕は……どう?」
リアラが尋ねると、ビッグは自身の新しい腕に視線を落とした。
「……元の通り、とはいかないが……動くようだ……」
「それなら、お願い。ララを抱きしめてあげて。もう1度、『大好き』って言ってあげて。きっとララは、ビッグさんに嫌われたと思って、悲しかったんじゃないかな……そんな気がするの」
すると、横で一緒になってしゃがんでいたエリも、ビッグを見上げた。
「おじちゃん、あのね。ほんとはエリ、おじちゃんに1番に抱っこしてほしかったけど……1番はこの子にゆずってあげるよ」
「……そうか……ありがとう、エリ」
ビッグはぎこちなく、ララに手を伸ばした。
触れると、ララの声はぴたりとやんだ。
「よかったね、ララ。ビッグさん来てくれたよ」
「ララ。今でも私は、お前のことが大好きだよ……」
ララの顔がわずかに仰向いた。――笑っているように、リアラには感じられた。
――ビッグのおじちゃん
エヘヘ……だーいすき……――
「ビッグさん、私……ララを、もう眠らせてあげようと思うの」
リアラは思い切って切り出した。驚いたようにリアラを見た後、ビッグは微笑んだ。
「ああ。それがいい。……今までありがとうリアラ。ララとずっと一緒にいてくれて」
「ううん、一緒にいてもらったのは私。ずっと、自分は1人ぼっちだと思ってたから。だけど……もう甘えてばかりいられない。他の4人には到底かなわないけれど、私だって『玩具の間』を司る者。やるべきことが……ある」
「実力もないのに」と陰口を言われるのは辛かった。やがてサーカス団そのものから、その事実を突きつけられているように思えた。
しかし本当に辛かったのは、『5つの間』に選ばれてから、いろんな人が離れていったこと。今さらながらに、気がついた。
「ずっと1人ぼっちの人を、放ってはおけないよね……」
「……『1人で生きていくのは辛すぎる』……か……」
「……ガ……ダイス、キ…………」
最後に、一言だけを残して。
ビッグの腕の中で、ララが動かなくなった。
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工房はしばらくの間、かつてなくにぎやかだった。にぎやかがすぎて、しまいにはゲンが「お前らちったぁ仕事しろ!」と怒鳴りつけ、職人・団員連中を追い返してしまった。
ようやく落ち着きを取り戻すと、ゲンは深くため息をついた。
「ったくあいつら……せっかくの水入らずを邪魔しやがって」
「あらお父さんたら。ヤキモチ?」
「たりめーだ!」
セイレーンはくすくすと笑った。そんな娘を見て、ふと、ゲンが眉根を寄せる。
「『呪いが解かれた』……さっきお前、そんなこと言ってたな」
セイレーンも笑いを収めた。
「……ええ。そうだったわね」
「それもあの『セイジ』がやったって……どういうことだ? あいつ一体、何をしようとしてやがるんだ? オレんとこに来た時は、『団長にリストを取り消してもらいに行く』って、それだけだったのによ……」
「さあ……どうなのかしら」
「噂じゃあ『5つの間』を端から訪ねてるとか、得体の知れねぇバケモノと戦ってたとか。そうかと思えば、本人にその気はなさそうだってのに、いつの間にやら味方を増やしてく」
「……」
「あいつは一体、何者なんだ……? セイレーン、お前もしかして、何か知ってんじゃねえのか?」
「……そうね……」
『札』に縛られている間――ユエと繋がっていた間は、時折、自分のものではない感情や想いが流れ込んでくることがあった。
セイジのピエロゲームが始まる直前も、ひどく強い想いを感じた。
まずは動揺。次いで殺意と、思慕の念。
ユエが『団長』ではないことと、ユエが本当の『団長』を慕っていたことさえ知っていれば。想像くらいは成り立つ。
「きっと、はっきりしないうちに口にしてはいけないことだわ。セイジ自身からか……あるいは……」
「セイレーン……?」
「――いずれ、時がくれば」
つぶやいて、セイレーンは静かに目を閉じた。
すでに、大きな“予感”は感じていた。
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