記憶 -2-
アオイの館を後に、セイジ達は重い足を進めていた。
周囲が陰鬱な灰色の壁なので、よけいに気が滅入ってくる。
「……さて、どうする……」
セイジはつぶやいた。
カナはセイジに支えられてなんとか歩いている。サトルがため息をついた。
「まさかユエに、こんな形で先手を打たれているとは思いませんでした。コウの札は……諦めましょう」
「……そうするしかないな」
「アオイの札だけでもなんとか壊せれば……」
突然、カナがぴたりと立ち止まった。
「……して」
「ん? 何か言ったか?」
「壊して……ここに札があるんだから、壊せばいいじゃない……!」
カナの身体に力が入った。セイジは慌ててカナの顔をのぞき込んだ。
「カナ、待て。落ち着け」
「呪いなんて断ち切ったほうがいいんでしょ!? この札、壊せば――これ以上コウの記憶がとられることはなくなるんでしょ!?」
「ったって、できるわけないだろ! お前の首が落ちるんだぞ!?」
『カナちゃん、なんとか包帯をとらずに札を壊す方法を考えよう?』
「そんなのないよ。あるわけない! ユエがそんな方法残しておくわけないよ……!」
顔を上げたカナは、据わった目でサトルを睨んだ。
「ねぇ、サトル。あんた言ったよね? 多少の犠牲を覚悟しないと生きてくことはできないって。今がそういう時なんじゃないの?」
「……」
「もういいよ……どっちにしろ私の首はとられる運命なんだから、それなら今すぐ、この包帯ごと壊してよ!!」
サトルは静かにカナを見返した。
「……確かに、ユエの計画を阻止するためには、ここでコウの札を壊しておくのが一番確実です。ユエもまさか、私達がカナを犠牲にするとは思ってもいないでしょうから」
「おっ……お前!! 何言ってるかわかってるのか!?」
『サトル!!』
2人が怒りの声を上げ、サトルはそれに片手を上げて応えた。
「わかっています。こうやって仲間割れしていくのもユエの狙い。こんな状況ではアオイの札も壊せません。……それに私も、カナ、あなたに死んでほしくはないですよ」
「……っ」
カナがセイジを強く振り払った。
その手に、ナイフの刃が鈍く光った。
「! 俺のナイフ!!」
「あんた達がやらないなら……自分でやる……!」
「ま、待て、何する気だ!!」
カナはくるりと背を向けて駆け出し、あっという間に遠ざかった。
「カナ!! 戻ってこい!!」
後を追おうとしたセイジは、サトルに腕をつかまれた。
「待って下さい、私達が止めたところで、おそらくカナは収まりません」
「だったらどうしろっていうんだよ! 早く落ち着かせないと、あいつ……!」
――カナの首。
あっけなく、ごとりと、音を立てて――
セイジは思わず身震いした。
いつか見た悪夢を、わずかに思い出す。一瞬かすめたイメージだけで、恐怖を味わうには充分だった。
「あいつに……何かあったら、俺……!」
「あなたも落ち着いてください、セイジ。……カナが話を聞いてくれそうな人物は、おそらく1人だけです」
サトルの声に、セイジはばっと顔を上げる。
「誰だそれ!?」
「他に考えられません。札の、張本人ですよ」
「――あ!」
セイジは勢いよく、アオイの館をふり返った。
++++++
コウはふと身じろぎをして、後ろの壁に頭を預けた。その表情は虚ろだった。
「……あハハ……ユエさん、本気で遊んでくれちゃいましたネ……」
「……」
「笑いたきゃ笑えよ。無理だろうけど」
「お前は……どうしてここにいる……?」
膝をついてうなだれたまま、アオイがつぶやいた。コウもまだ立ち上がれずに、目だけをアオイに向ける。
「おや、意外。ユエさんに許してもらえるまで、ずっとそのままかと思ってましたヨ」
「答えろ」
「……散歩してたら、セイジさん達がお前のとこに入っていくのが見えたんですけどネ。なんだか嫌なニオイがしたもので、後をつけたんデス」
「……そうか」
「ユエさんに『首』を渡すわけにはいきませんカラ。何があっても……何を引き替えにしても」
少しだけ、アオイが顔を上げた。
「そんなにカナが大切か」
「……。さてと」
コウは膝に手を置き、顔をしかめながら強引に脚を立たせた。
「僕はそろそろ行きマス。……お前も元気出しなさいネ。ユエさん気まぐれだから、案外すぐに許してくれるかもしれませんヨ――」
その時だった。
扉が押し開けられて、その隙間から、茶髪の男とピエロがなだれ込んできた。かなりの慌てようだった。
「コウ、まだいたか!!」
「ハイ? ……あ、僕のことデスカ」
「ボケてる場合じゃねぇんだ、ちょっと来い!!」
「すみません、コウ――説明は後で!」
招かれざる客に腕をつかまれたコウは、そのまま引きずられていった。アオイはその後ろ姿をじっと見ていた。
そしてその気配さえ消えてなくなると、力なく、こぶしで床をたたいた。
++++++




