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・ PIERROT ・  作者: 高砂イサミ
第21章
86/117

記憶 -1-



   ささやかな一矢を報いるために。



         ++++++



 ひとしきり泣いて、セイレーンはようやく落ち着いてきた。

 自分がこんな風に泣き出すとは夢にも思わなかったが、悪い気分ではなかった。絶えず背中をなでてくれるゲンの手は温かい。――もう少し、このままでいたいと思う。

「まったく、こんなに身体冷やしやがって。熱いコーヒーでも飲むか?」

「ううん。大丈夫。……お父さんのコーヒーって苦いし」

「なんだとぅ?」

「だって本当のことだもの」

 セイレーンはくすくすと笑った。

 と、ゲンが何やら妙な顔をしてセイレーンから離れた。

「お父さん?」

「なんだか外が、騒がしいぞ……っと!」

 勢いよく工房の扉を開く。とたんに向こう側からどさどさと人垣が崩れ、野太い悲鳴が上がった。その先頭で潰されているのは、セイレーンも見覚えのある、ゲンの古くからの弟子だった。

「ちょ、ゲンさん、いきなりひどいっスよ」

「お前らはこそこそと何やってんだ!」

「だってこいつが、『セイレーンちゃんが歩いてた!』とか騒ぐからさあ」

 後ろから職人風の、もう少し年かさの男が言って、他の男達もうんうんとうなずいた。主に裏方の面々のようだが、ちらほらと練習着の団員も混じっている。

「オレら、セイレーンちゃんのファンだもんな」

「ああ! あの演戯は1度見たら忘れられんよ」

「……私、もう長いこと、舞台には立っていないのに……」

 人垣の下から這い出したあごひげの道具係が、1つため息をついてから、セイレーンを見た。

「覚えてるんだよ、みんな。そして……もう1度見たいと願ってる」

「……!」

 また涙がこぼれそうになり、セイレーンは顔を伏せた。

 しかし――泣くのはもうやめた。

「みんな。……ありがとう」

 精一杯の笑顔を贈る。すると一瞬の沈黙の後、わっと歓声が上がった。

 横ではゲンが「恐ろしい奴……」などと苦笑いしていた。



         ++++++



 久々に訪れた『右腕の棟』は、少し間取りが変わったようだった。それでも行くべき場所は分かっている。

 最奥の柵の前に立ったリアラを見て、警備員は、あからさまに不審な顔をした。

「なんだい、お嬢さん?」

「この中に入りたいんだけど……」

「!! ここがどこだか知らないのか!? 『巨人の間』だぞ!?」

「知ってます。ビッグさんに用があるの。通してください」

 まっすぐな要求に、警備員は顔をしかめ、「知らないからな」などと言いながら柵の鍵を開いた。

 リアラは迷わず扉を開いた。すると部屋の隅のソファから、2人が同時にこちらを見た。

「――リアラお姉ちゃん!」

 エリがぱっと立ち上がって駆けてきた。リアラは膝を折ってエリを受け止めた。

「エリ……! ありがとう、本当にずっとここにいてくれたのね」

「お姉ちゃんの代わり、がんばったよ! それでね、やっぱりお姉ちゃんが言ってたとおり、ビッグのおじちゃんは優しい人だったよ!」

 目を赤く腫らしたエリは、全開の笑顔でリアラにしがみついた。そこへビッグも歩み寄ってきた。

「リアラ……か? 随分立派になったな。見違えた……!」

「ビッグさん――」

 こうして顔を合わせるのも久々のことだが、ビッグのこんな穏やかな表情は、さらに遠い記憶の彼方だ。今も夢を見ているような気分で、リアラはビッグを見上げた。

「嬉しい……! またこんな風に、ビッグさんと話せる日が来るなんて」

「私もだ。……札を壊したのは、やはりセイジなのか?」

「そうみたい。今もきっと、コウさんとアオイさんの札を捜してる……」

「……そうか……」

 ビッグとリアラが黙り込み、エリがそんな2人を交互に見た。

「おじちゃん……お姉ちゃん……?」

「……ビッグさん。お願いがあるの」

 リアラはエリの頭をなでながら、ためらいがちに口を開いた。

「私の、『玩具の間』に来てほしいの。ララが……ビッグさんに会いたがってる……」

 ビッグはためらう様子を見せた。しかしすぐに、無言のまま立ち上がった。

 3人連れだって扉を出ると、警備員が目も口もオーの字になった。

 リアラは先に立ち、はっきりと要求した。

「ここを開けてください。ビッグさんはもう、何もしませんから」

「え、いや、しかし――」

「ウヒヒッ、『巨人の間』のビッグだ……! 久々に見たな~☆」

 不意にテンションの高い声が割り込んだ。目を白黒させる警備員の横からひょいと顔をのぞかせたのは、金髪のあやしげな男だった。リアラは若干、引いた。

「あ、あなたは……?」

「オレはヨシタカ。人形遣いデス☆ 君達と同じくセイジくんのオトモダチさッ☆」

「……セイジさんの?」

「ヨシタカ? ……昔とは、ずいぶん印象が変わったものだな」

 ビッグは見知っていたらしく、意外そうに男を見下ろした。ヨシタカはにやにやしながら、首を左右に揺らした。

「ところでさぁ……君達、呪いから解放されたんだよね? ぜひぜひ、オレからもお祝いを言わせてくれよ☆」

「!」

「あなた、どうしてそれを!」

「まあまあ。セイジくんのオトモダチ情報っていうか☆ それで、ものは相談なんだけどさー☆」

 ヨシタカは後ろに回していた手を「じゃーん!」と前に出した。

 手の中にあったものを見て、エリが目を丸くした。

「エリのキューピー人形!」

「今はセイジくんからレンタルしててねっ。だけどこのお人形ちゃんをオレに譲ってくれるっていうなら……お礼とお祝いを兼ねて、いいものあげちゃうヨ☆」

 ヨシタカは警備員から鍵を取り上げた。勝手にがちゃがちゃと開きつつ、上目遣いにリアラ達を――

 ビッグを、見た。

「まだやることがあるんだよね? そのための『腕』――ほしくないかい?」



         ++++++



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