血統 -2-
「!!」
コウが跳ねた。
首を離され、崩れ落ちたアオイが咳き込む。その間にもコウは、床から噴き上がる炎を避けてヒトとは思えない速さで右へ左へと跳躍した。
「すっ、すげ……っ」
「……っとっ」
コウの背が壁についた。
瞬間、そこから雪崩のように蔓が伸びた。あっという間に壁に磔にされ、動きを封じられたコウは、とてつもなく嫌そうに顔をしかめた。
「……あー、しまった……」
「ウフフフフ……つかまえたわよ、コウ」
扉の前で、ぐにゃりと、何かが歪んだ。そこからすっと姿を現したのは、ローブと仮面で全身を覆う、小柄な人物だった。
セイジはふらつきながら立ち上がった。コウがアオイを襲ったときに、亡霊はすべて消えている。ただ、身体の痺れがまだ残っていてあまり動けそうになかった。
――いや。それだけではない。
目の前の人物から感じる威圧感。ともすると、押し潰されてしまいそうになる。
「お前は……!」
「セイジくんは……初めましてかしら?」
「……ユエ……!」
カナの声がうわずった。セイジはあらん限りの気力をもって、仮面の女を睨みつけた。
「お前が……諸悪の根元か……!!」
「あらぁ? その人形、バラバラになってないじゃない? おかしいわねぇ……どういうことなのかしら、アオイ?」
ユエはセイジの怒りなど歯牙にもかけなかった。まずは表情を強張らせているアオイに向かい、首をかしげてみせる。
「ユエ……『アオイ』は……!」
「言い訳は聞きたくないわ? 言うことをきかない悪いコも、役立たずも嫌いなの。……しばらくその顔、見せないでちょうだい。あたしが呼ばない限りはずっと――ね……?」
アオイは大きく目を見開き、凍りついた。
それに構わず、ユエは今度はコウの方へ向かう。
「あなたもやってくれるわねぇ、コウ。あたしが見ていないと思って、何をしようとしたのかしら……?」
「……今、『役立たずはいらない』とか言ってませんでしたっけ?」
コウが言い終える前に、ユエの周囲でぷくぷくとこぶし大の泡が生じた。セイレーンの術とよく似ている。
その1つがついっと動き、コウの右肩近くで、破裂した。
「っ!!」
「あたしの『オモチャ』だもの。他人に壊されるのは気分が悪いわ」
「やっ、やめて、ユエ……!」
カナが立ち上がろうとして、しかしできずに身体を震わせている。
セイジもまた、1歩を踏み出せずにいた。ユエの気配が痛い。少しでも気を抜けば呑まれて屈してしまいそうだ。
そんな中――叫んだのは、アンティークだった。
『駄目だよ、ユエ! 人はオモチャなんかじゃないんだ、ひどいことをしないで!』
「なぁに? うるさい人形ねぇ。2人ともあたしのモノなんだから、どう扱おうとあたしの勝手でしょう?」
『ユエ!!』
「――何、ふざけたこと言ってやがる!!」
怒りにまかせて、セイジはやっと声を上げた。
するとユエの仮面が、ゆっくりと、セイジの方へ向けられた。
「……セイジくん、あたしをずっと探してたんですってね? 用件は何かしら? もしかして、自分の名前がリストに載ったこと、そんなに不満だった……?」
当たり前だ――と、返そうとして、セイジはぎょっとした。
ユエが手遊びでもするように泡を導いていく。泡はコウを取り囲み、今度はそののど元で、破裂が起きた。
「カハッ……!!」
「コウ!!」
コウがのけぞる。カナが泣きそうな顔でかぶりを振った。
「いやだ――もうやめてよ……!!」
「それにしても失敗だったわぁ、いろいろと。あたしはセイジくんに『5つの間』を見てきてほしかっただけなのに、まさかあそこまで『身体』に入れ込んじゃうなんて。……あなたなんでしょ? 『身体』の3人の札を壊したのは」
ユエが首をかしげた。セイジは、ぐっとこぶしを握った。
「――ああ。5つの間をまわるうちに、お前の『計画』、ぶっ潰したくなった」
「計画? あなたはどこまで知っているの?」
「お前が5つの間の5人から奪ったパーツを使って、『団長』を作ろうとしている計画だ」
「……フフ……素敵。そんなことまでつかんでいたなんてね。誰が吹き込んだのかしら? サトル、あなた?」
ユエがセイジの方へ足を踏み出した。――その後ろで、1つ、2つと泡の弾ける音がした。カナが細く悲鳴を上げる。
「やあぁっ……!」
「! おい! いい加減やめてやれよ!!」
「あら、心配しないで? 殺したりなんかしないから。大事な大事なあたしの『記憶』だもの。それに……この程度のこと、別に怖くもないでしょ、コウ?」
「……怖くなくたって、痛いもんは痛いんですケド……」
コウの声は潰れている。ユエは低く、忍び笑った。
「それよりセイジくん。人のこと心配してる場合かしら? あなた自分がピエロゲーム対象者だってこと、わかってる?」
「ああ! だからこそ、あんたの都合の悪いことだって平気でできる!」
「……ウフフ。思った以上に威勢がいいわね。気に入ったわ……?」
突然、ユエが滑るように移動して、セイジの間近に迫った。
セイジは思わず後ずさった。
「な……っ」
「『身体』のことは許してあげる。また他の優秀な団員からもらえばいいんだもの。だけど『記憶』と『人格』は別……これほどの器をもう1度見つけて育て直すのは、ちょっと大変ね。だからこの2枚の札がなくなってしまったら、あたしの計画は失敗。このサーカス団を道連れにして、終わってしまうでしょうねぇ……」
ユエの手がひらりと閃いた。
そこに――赤文字の真っ白な札が、浮かび上がった。
「これがアオイの札よ。どう? 壊してみる?」
「!!」
セイジは反射的にクロウナイフを抜き、札に切りつけた。
どっと風が巻き起こった。反発の強さは、3枚の札を壊したときの比ではない。
セイジは必死で食い下がった。それを見て、ユエが笑う。
「悲しいわねぇ……よりによってあなたが、このサーカス団を終わらせたがっているだなんて……」
「こんな狂ったサーカス団……! さっさと終わらせた方がいい!」
「本当に? 壊してしまっていいの? せっかくセイイチさんが創ったサーカス団なのに?」
「……え……?」
――セイジ……サーカスは、見たことあるか?
『セイジ!!』
一瞬、力がゆるんだ。
セイジは風圧で後ろに吹き飛ばされた。床をごろごろと転がって、なんとか体勢を立て直す。が――動揺は収めようがなかった。




