血統 -1-
願わくば いつか、一緒に――
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扉を開いた先は、灰色の空間だった。他の間と同じというだけでなく、もう1度迷路を抜ける必要がないということに、セイジはほっとしていた。
「とっとと戻って、まずはアンティークの新しいドレスを取りに行こうな」
『新しいドレス?』
「ヨシタカに頼んでおいたんだ。あいつのことだからもうできてるかもしれない」
『本当に?』
アンティークは嬉しそうだった。セイジも軽く笑いかけて、扉を、出ようとした。
「――あっ!!」
「カナ!? どう……うわっ!?」
突然後ろから両肩をつかまれ、館の中に引きずり戻された。
音を立てて扉が閉じる。必死で顔を動かすと、サトルもカナも、同じ顔をした亡霊に羽交い締めにされ、それぞれが部屋の隅と隅へ引きずられていた。
「このっ……なんだこいつは!!」
セイジは腰のクロウナイフを取ろうとしたが、身体が痺れてうまく動かない。
それでも五感ははっきりしていた。セイジの耳は階段を下りてくる足音を拾った。
すぐに、『死者の間』の主は姿を現した。
「『アオイ』はユエの望みを叶える。そのためだけに生きている……」
『! さっきまでと様子が違うみたい……!』
「ちょっと! 離してよ、ほんとにしつこいんだから!」
アオイはまっすぐにカナの方へ向かい――その横を通りすぎて、壁に手を伸ばした。
取り上げたのは、火のついた松の木切れだ。
「な、なんのマネだ、アオイ!」
「ユエはカナの首をほしがっている。今度こそ……とる」
「!! 冗談やめろよ!!」
「最初から、こうすれば良かった」
アオイはカナの正面へ回り、眼前に、松明の火を突きつけた。
「……あ……!」
カナがびくりと震え、目を逸らそうとする。しかし、亡霊がしっかりと頭を押さえつけてそれを許さない。
瞳に炎が映り込む。カナの顔が、恐怖に歪んだ。
「い、いやだ……! 炎はいやだ! 見たくない……!!」
『カナちゃん!!』
「まずい……!」
「おい! 弱みにつけこむのは卑怯だろ!? やめろって、こら、アオイ!!」
硬直するカナの前に炎を掲げたまま、アオイは左手でゆっくりと鎌を持ち上げた。
表情に、言葉に、それまでなかったはずの明確な“意志”を宿して。
「『僕』は、ユエに……捨てられたくない……!」
「や……あ……ッ!」
「駄目だ!! カナ、逃げろ!! 逃げてくれ――!!」
必死にもがく、セイジの目の前で。
「首……いただく」
一閃。――赤い色が、奔った。
「……え……」
カナの小さな声に、セイジはこわごわと目を開けた。
視界に、赤い髪が映った。
「こ……コウ!?」
『猛獣士さん……!!』
「何をする、離せ……コウ……!」
コウが片手でアオイの首をつかみ、高々と吊り上げていた。力は恐ろしく強いようで、アオイはその手をはずせずにいる。
セイジの位置からコウの表情は見えない。
しかし、聞こえてきた声には本物の殺意が込められていた。
「あんたこそ、何してるんデスカ?」
「カナの、首……ユエに、カナの首を渡さなければ……」
「ほー?」
「ぐぅ……っ!!」
コウの腕にさらに力がこもった。アオイがもがく。それを見上げる赤い瞳が、ちらりとだけセイジにも見えた。
それはまさに、獣と炎の王に相応しい眼だった。
「お前がカナの首を落とす前に、俺がお前の首を落としてやるよ」
「お、おい、コウ!そこまでしなくても!」
「コウ……!」
カナも訴えるように声を上げたが、コウが手をゆるめる気配はない。
「そういう『約束』……だったよな?」
「――……」
ふと、アオイが抵抗をやめ、目を閉じた。コウはかすかにうなずいた。
「じゃあ――死ねよ」
「コウ! やめっ……!!」
――あらぁ……そんなの困るわ……?――




