虚ろの死神 -5-
「!!」
アオイが高く跳躍した。セイジめがけて鎌を振り下ろす。受けきれないと直感したセイジは、カナとサトルを突きとばし、自分も横に跳んだ。
ガキンッ
硬い音がして、鎌は半ばまで床に埋まった。セイジはぞっとして叫んだ。
「お前っ……殺す気か!」
「……ユエに、『セイジ』は殺すなと言われている」
「言ってることとやってることが一致してねぇよ!」
アオイは鎌を引き抜き、ゆらりと体を返した。
「ユエの『身体』が、何者かに壊された。計画を邪魔されたユエの怒りを、感じる。これ以上ユエの邪魔をすることは……許さない!」
再び鎌を振りかぶったアオイは、とっさに方向を変え、カナが投げつけたクラブをたたき斬った。同時にサトルが銀笛でアオイに打ちかかる。アオイは柄でそれを受け、逆にサトルの胴を蹴り飛ばした。
「うぐっ……!」
『サトル!!』
セイジも間髪入れず逆方向から斬りつけた。鎌を両断してやるつもりだったが簡単にはいかない。ナイフの刃と鎌の柄がぶつかるたびに、激しく火花が散った。
突然、アオイが真上に跳んだ。セイジの真正面からメテオが飛来し、鼻先すれすれをかすめていった。
「ちっ」
「こら、カナ! あぶねーな!」
アオイはアンティークのそばにふわりと降り立った。セイジの身体に緊張が走った。
が――
「『セイジ』。これ以上邪魔をするな」
「……? アオイ、お前……何やってんだ?」
『人形を引き裂く』と宣言しておきながら、アオイがアンティークに手を出す気配はない。今、その鎌を横に振り下ろせば――セイジとしてはごめん被りたいことだが――それですむはずだ。
「どうした? ……アンティークを引き裂くんじゃなかったのか?」
「ちょっとセイジ! 余計な挑発は――」
「『アンティーク』……」
アオイがアンティークを見下ろす。そのまなざしが、不安定に揺れた。
「『アンティーク』は、ユエの半身……ユエの……双子の姉……」
「――え? お前今、なんて……」
「ユエの半身……それを……引き裂く……?」
アオイから殺気が消える。片手でひたいを押さえ、そのまま動きを止めた。
「もしや……アオイが迷っている?」
「迷う? あいつ、人格がないんじゃ……」
サトルとカナの声が聞こえ、セイジは自分の頬をたたいた。本当はアオイの言で自身も混乱しているところだ。
しかし今は、この好機を逃すわけにいかない。
「……アンティークが何者でも! 俺の大切な相棒だ!!」
セイジは一気に駆けて、アオイに向かいナイフを突きだした。
アオイはすっと目を上げた。そして――
それだけだった。
「げっ!!」
アオイが防御に出ると思っていたセイジは、慌てて身体にブレーキをかけた。
ナイフの刃は、アオイの胸元ぎりぎりのところで、止まった。
「あ、あぶねぇ……っ!」
「……ユエ、『アオイ』は……どうすればいい……?」
それでもアオイは、放心したように虚空を見ている。セイジはそろそろとナイフを収め、アオイの様子を注視しながら、アンティークに手を伸ばした。
「アンティーク、返してもらうからな」
『セイジ……』
足早にアオイから離れると、カナとサトルが両側を守るように移動した。
「今のうちに、一旦出ましょう」
「ああ。……アオイ! お前の札もすぐにぶち壊して、人格戻してやるからな!」
セイジ達は部屋を出て、黒い扉を閉めた。
同時に、セイジはアンティークを前に掲げ、服が破けているあたりを確認した。
「傷は……つけられなかったんだな」
『うん。“ボレロ”はとられちゃったけど』
「とりあえず元気そうで良かったよ。……おかえり、アンティーク」
「アン……」
『みんな。ありがとう……』
セイジはアンティークを抱きしめた。その耳元で、セイジにだけ聞こえるような声で、アンティークが囁いた。
『セイジ。……怖かったよ』
「うん。そうか」
『……あたし、セイジに話さなきゃいけないことがある……』
「俺も聞きたいことがある。でも、それはまた後でな」
「ところで――これではっきりしたことが、1つありますね」
サトルも普段の落ち着きを取り戻たようだ。後ろの扉をちらりと見て、言葉を繋いだ。
「やはりユエは、セイジに手出しをしたくないようです。『セイジは殺すなと言われている』。アオイが言うのなら本当なのでしょう。これは我々にとって有利な条件です」
「お」
セイジは喜びかけた。しかしすぐに、疑念が湧いた。
「いや……だけど、それって矛盾しねーか? ならなんで俺をピエロゲームのリストに載せたりするんだよ。あれ基本的には『死ね』ってことだろ?」
『――ひょっとして、ユエも……迷ってるのかもしれないよ? セイジは特別だから……』
ふとアンティークが言いだして、セイジは瞬く。
「“特別”って……どういう意味だ? お前ユエと、何を話してきたんだ?」
『それは……』
「セイジ。そろそろ行きましょう。『死者の間』から出るまで、安心はできません」
サトルが話をさえぎった。故意を感じたセイジは、サトルに不審の目を向ける。
ただ――この場が危険であることは確かだった
「分かったよ……その辺も含めてまた後でな。行こう!」
その一言を合図に、セイジ達は駆けだした。
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