虚ろの死神 -4-
「来た……」
息が詰まるような沈黙を破り、アオイがつぶやいた。アンティークははっとして、意識を扉の方へ向けた。
『セイジ……!?』
「この館に入ったところだ」
鎌を握る手に力がこもる。まだ刃は触れていないが、今にも首を裂かれそうな気配に、アンティークは緊張を隠せない。
アオイにさえ、それを見抜かれた。
「怖いか」
『……怖いよ。だけどそれ以上に悲しいよ。あなたのこともそう。ユエ……あたしの“半身”は、なんてことをしてるんだろう……』
「……」
それでもアオイは答えなかった。
ただ、一瞬だけ瞳が揺れて、しかしアンティークはそれに気づかなかった。
++++++
――幽霊よりもカナの方がよっぽど怖い。
迷路を抜けた時、セイジはそう結論づけた。何しろ道すがら、「この際だから克服してしまえ!」とたきつけられ、あの後襲ってきた幽霊(仮)すべての相手をさせられたのだ。
おかげで悪臭も気にならなくなったが、精神的な疲労が激しい。もうこのまま座り込みたいくらいの気分だった。
「情けないな、これくらいで」
「お前は本当にたくましいよな……」
「しかし、まじないの訓練にはちょうどいい具合でしたね。だいぶ慣れてきたのではないですか?」
サトルの声も笑い含みだった。セイジはクロウナイフを腰に戻し、腹立ちまぎれに手近な石壁を殴った。
「これでアンティークがいなかったら、アオイの奴、マジでぶっとばす」
「アオイさんを『ぶっとばす』のはなかなか難しそうですが。ともかくお入りになってはどうですか」
目の前にそびえる、城門かと思うほど大きな扉を、女性が力を込めて押し開けた。
中もまた、城か屋敷のエントランスホールのようだった。正面に階段があり、左右には部屋の扉が見える。
ただし、全体の塗りが暗色で、ほとんど幽霊屋敷の体だった。ちらちらと揺れる松明の光も不気味さに拍車をかけている。
「おいカナ、大丈夫か」
「……あれくらい離れてれば平気」
「しっかし、あいつだけえらく立派な場所持ってんな……」
そこで使用人女性は、セイジ達に向き直った。
「アオイさんのお部屋は2階に上がった正面です。私は地下で掃除の続きをしなきゃなりませんので、これで失礼します」
「ん、ああ……ありがとな、案内してくれて」
「『セイジ』。1ついいでしょうか」
「何だ?」
「3日ほど前のことなんですが。アオイさんが私にあめ玉をくださいました」
「……え?」
「そんなに怖いばかりの方でもないということです。……どうぞ、よしなに」
ぺこりと頭を下げてから、女性はセイジ達に背を向けた。
セイジは指で頬をかく。と、後ろからサトルの固い声がした。
「上へ、急ぎましょう。すぐそこにアオイがいる。いつ何が起きるか分かりません」
「そうだな」
セイジ達は幅の広い階段を駆け上がった。すると使用人女性の言ったとおり、正面に黒い扉があった。
セイジはそのままの勢いで、扉を蹴り開けた。
「アンティーク!!」
『――セイジ!!』
なつかしい声がした。危うくセイジの膝は砕けるところだった。
「無事か、よかった……! 何かされてたらどうしようと思った……」
破れたドレスも、アンティークの首に突きつけられた鎌も、それを持つアオイも。もちろん視界には入っていた。
しかしそれらがセイジの意識に反映されたのは、アオイが口を開いてからだった。
「リストNo,44『セイジ』。お前を待っていた」
「……アオイ……!」
「ユエから言われている。『セイジ』の目の前で、『アンティーク』の手足を引き裂いてばらばらにしろと」
「なっ」
「アオイ! アンを……離してください!!」
絶句したセイジに代わって、サトルが前に出た。普段からは想像できないような鬼気迫る様子に、セイジとカナは目を見開く。
「私が身代わりになります!! 私はどうなってもいいですから、アンは……!!」
「なっ、何言ってんだサトル!」
『サトル……』
「お前を引き裂いても意味はない」
アオイが冷然と答えた。カナが後ろからサトルの腕を引いた。
「あいつの言うとおりだ。どうしたの、サトル。あんたらしくもない」
「……すみません」
「第一、お前が身代わりになるのだってごめんだぞ。そういう馬鹿なこと考えるなよ。……なあアンティーク、お前もそう思うだろ?」
『当たり前だよ!!』
アンティークは迷いなく叫んだ。その調子が本当に普段どおりだったため、セイジは内心で胸をなで下ろした。
と――アオイがすっと鎌を引き、セイジを見据えた。
「この人形が引き裂かれるのは嫌か?」
「当たり前だろ、絶対そんなことさせてたまるか!」
「ユエの望みは人形を引き裂くこと。邪魔をされてはユエが悲しむ。『アオイ』は、それを望まない――」
1つ1つを確認するようにつぶやいて、アオイは鎌を大きく振り上げた。セイジもとっさにクロウナイフを抜く。アオイの力に反応したのか、刃はすでに虹色に輝いていた。
そして、アオイがぐっと身を沈めた。
「……覚悟を」




