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・ PIERROT ・  作者: 高砂イサミ
第19章
80/117

虚ろの死神 -4-


「来た……」

 息が詰まるような沈黙を破り、アオイがつぶやいた。アンティークははっとして、意識を扉の方へ向けた。

『セイジ……!?』

「この館に入ったところだ」

 鎌を握る手に力がこもる。まだ刃は触れていないが、今にも首を裂かれそうな気配に、アンティークは緊張を隠せない。

 アオイにさえ、それを見抜かれた。

「怖いか」

『……怖いよ。だけどそれ以上に悲しいよ。あなたのこともそう。ユエ……あたしの“半身”は、なんてことをしてるんだろう……』

「……」

 それでもアオイは答えなかった。

 ただ、一瞬だけ瞳が揺れて、しかしアンティークはそれに気づかなかった。



         ++++++



 ――幽霊よりもカナの方がよっぽど怖い。

 迷路を抜けた時、セイジはそう結論づけた。何しろ道すがら、「この際だから克服してしまえ!」とたきつけられ、あの後襲ってきた幽霊(仮)すべての相手をさせられたのだ。

 おかげで悪臭も気にならなくなったが、精神的な疲労が激しい。もうこのまま座り込みたいくらいの気分だった。

「情けないな、これくらいで」

「お前は本当にたくましいよな……」

「しかし、まじないの訓練にはちょうどいい具合でしたね。だいぶ慣れてきたのではないですか?」

 サトルの声も笑い含みだった。セイジはクロウナイフを腰に戻し、腹立ちまぎれに手近な石壁を殴った。

「これでアンティークがいなかったら、アオイの奴、マジでぶっとばす」

「アオイさんを『ぶっとばす』のはなかなか難しそうですが。ともかくお入りになってはどうですか」

 目の前にそびえる、城門かと思うほど大きな扉を、女性が力を込めて押し開けた。

 中もまた、城か屋敷のエントランスホールのようだった。正面に階段があり、左右には部屋の扉が見える。

 ただし、全体の塗りが暗色で、ほとんど幽霊屋敷の体だった。ちらちらと揺れる松明の光も不気味さに拍車をかけている。

「おいカナ、大丈夫か」

「……あれくらい離れてれば平気」

「しっかし、あいつだけえらく立派な場所持ってんな……」

 そこで使用人女性は、セイジ達に向き直った。

「アオイさんのお部屋は2階に上がった正面です。私は地下で掃除の続きをしなきゃなりませんので、これで失礼します」

「ん、ああ……ありがとな、案内してくれて」

「『セイジ』。1ついいでしょうか」

「何だ?」

「3日ほど前のことなんですが。アオイさんが私にあめ玉をくださいました」

「……え?」

「そんなに怖いばかりの方でもないということです。……どうぞ、よしなに」

 ぺこりと頭を下げてから、女性はセイジ達に背を向けた。

 セイジは指で頬をかく。と、後ろからサトルの固い声がした。

「上へ、急ぎましょう。すぐそこにアオイがいる。いつ何が起きるか分かりません」

「そうだな」

 セイジ達は幅の広い階段を駆け上がった。すると使用人女性の言ったとおり、正面に黒い扉があった。

 セイジはそのままの勢いで、扉を蹴り開けた。

「アンティーク!!」

『――セイジ!!』

 なつかしい声がした。危うくセイジの膝は砕けるところだった。

「無事か、よかった……! 何かされてたらどうしようと思った……」

 破れたドレスも、アンティークの首に突きつけられた鎌も、それを持つアオイも。もちろん視界には入っていた。

 しかしそれらがセイジの意識に反映されたのは、アオイが口を開いてからだった。

「リストNo,44『セイジ』。お前を待っていた」

「……アオイ……!」

「ユエから言われている。『セイジ』の目の前で、『アンティーク』の手足を引き裂いてばらばらにしろと」

「なっ」

「アオイ! アンを……離してください!!」

 絶句したセイジに代わって、サトルが前に出た。普段からは想像できないような鬼気迫る様子に、セイジとカナは目を見開く。

「私が身代わりになります!! 私はどうなってもいいですから、アンは……!!」

「なっ、何言ってんだサトル!」

『サトル……』

「お前を引き裂いても意味はない」

 アオイが冷然と答えた。カナが後ろからサトルの腕を引いた。

「あいつの言うとおりだ。どうしたの、サトル。あんたらしくもない」

「……すみません」

「第一、お前が身代わりになるのだってごめんだぞ。そういう馬鹿なこと考えるなよ。……なあアンティーク、お前もそう思うだろ?」

『当たり前だよ!!』

 アンティークは迷いなく叫んだ。その調子が本当に普段どおりだったため、セイジは内心で胸をなで下ろした。

 と――アオイがすっと鎌を引き、セイジを見据えた。

「この人形が引き裂かれるのは嫌か?」

「当たり前だろ、絶対そんなことさせてたまるか!」

「ユエの望みは人形を引き裂くこと。邪魔をされてはユエが悲しむ。『アオイ』は、それを望まない――」

 1つ1つを確認するようにつぶやいて、アオイは鎌を大きく振り上げた。セイジもとっさにクロウナイフを抜く。アオイの力に反応したのか、刃はすでに虹色に輝いていた。

 そして、アオイがぐっと身を沈めた。

「……覚悟を」



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