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・ PIERROT ・  作者: 高砂イサミ
第19章
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虚ろの死神 -2


「ここが『死者の間』の入口なのか?」

 『胴体』に建つ小さな小屋の前で、セイジは眉をひそめた。サトルが「言いたいことは分かる」とばかりに灰色の扉を示した。

「一見無防備に見えますが、ここに近づく者はまずいません。新人の団員が真っ先に教えられるのがこの建物の場所です。団員達の間ではまことしやかに囁かれていますから。『死者の間には近づくな、うっかり中に入ったら、生きて出ては来られない』――」

「い、いかにも『死神』っぽい噂だな」

「実際に入る奴なんていないから、本当かどうか分からないけどね……」

 カナが無表情に扉を見つめている。――長いこと『首』を狙われてきた相手の実態を知って、戸惑っているのかもしれない。

「カナ、大丈夫か? あいつはまだお前の首を狙ってるはずだろ?」

「……今までだって逃げてこれたんだ。そんな簡単に、とらせない」

 それでもきっぱりと言い切ったカナに、セイジは苦笑した。

「信用しとく。でもあんまり離れるなよ」

「前から思ってたんだけど、あんた心配性?」

「いや、なんかお前のことになると妙に心配になるんだよな……」

「余計なお世話」

「……セイジ、カナ。行きますよ」

 サトルが小屋の扉を引いた。それはあっけないほど簡単に開いた。

 中は絨毯敷きで、ちょっとしたホールのようだった。正面の壁には張り紙があり、その真下に、地下へと続く階段が見える。


       『ここより先、死者の間 生きている者進むべからず』


「主のアオイ以外は入ってくるなってか?ますます中が気になっちまうな」

「冗談を言っている場合ではありませんよ。アオイの強さは本物です……油断しないでください」

 サトルの声に苦いものが滲んだ。アンティークをアオイから守れなかったことに責任を感じているのだろう。

 セイジはちょっとだけ反省し、まじめに行くことにした。

 階段を下ると――そこは迷路の様相だった。

 石の壁がずっと連なり、見える限りでも3ヶ所の分岐がある。当然ながらどちらへ進んでいいか見当もつかない。

「っていうかその前に、この臭い……!!」

 セイジは手で口と鼻を覆い、呻いた。近くでカナが咳き込んでいる。生理的嫌悪を催す悪臭がたちこめ、先に進もうにも進めない。進みたくない。

「死臭……の、ようですね」

「アオイは死体を集めるのが趣味ってウワサだけど……」

「そっちが呼んだんだから、せめて案内くらいつけろよな……」



   ――脚。


   白い両脚。斬り落とされて転がっている。

   拾い上げて運んでいく。

                         ユエの、元へ――



「!? なんだ、今の!?」

 目の前を通りすぎたグロテスクな映像に、セイジは慌てて頭を振った。

「セイジにも見えましたか」

「……もしかして、アオイの想念……なのか?」

 視覚的な要素が強く、他の4人のような“言葉”はほとんど聞こえなかった。ただし、イメージそのものはこれ以上ないほど鮮明だった。

「おそらく彼は、すでに『人格』を奪われている。自我がなく、自らの考えで動くことができないのでしょう。だからアオイ自身の言葉がそこにはない」

 サトルが言って、セイジはぐっと歯噛みした。

 吐き気をこらえながら、1歩前に出る。

「なんとか……先に行かないと……!」

「待って。誰か……近づいてくる」

 カナの声と前後して、規則正しい足音がセイジにも聞こえてきた。

 薄暗い中からふっと姿を現したのは――

「……初めまして、『セイジ』『カナ』『サトル』。あなた方をご案内するようアオイさんから言われました。どうぞお入り下さい」

 白いメイド服の、無愛想な女性だった。サトルほど不自然ではないが、無表情の度合いはいい勝負だ。

「あんた、何者だ……?」

「『死者の間』の専属使用人です。数年前に姉から引き継ぎました」

「せ、専属って、よくこんな不気味なとこで……」

「確かに不気味ですが、高給なので満足していますよ。仕事も、死骸にウジが湧かないように管理したりお掃除したりと、至って普通ですし」

「それ普通か!?」

「やっぱり死体、あるんだ……」

 カナが気味悪そうに顔をしかめた。すると女性は、カナに顔を向けた。

「ここにはあちこちに『箱』が置いてあります。開けない方がいいですよ。中は小動物の死骸ですから」

「っ……!」

「死体集めは姉の頃からずっとしていたそうです。ただ、人間の死体は私は見たことありません。小動物のものを集めるのは、きっとお寂しいからでしょうし。幼少の頃は団長さんの命令で、生きている者との接触をさせてもらえなかったらしいですからね」

「……死体置き場に閉じこめられて、か……」

 セイジは“A”の話を思い出した。――と同時に、無表情の割に口数が多いな、などとちらりと思う。

 それが女性にも伝わったらしく、彼女は唐突に、ぺこりと頭を下げた。

「失礼しました。久々のお客様だったので、少々はしゃいでしまったようです」

「へ、へえ?」

「アオイさんがお待ちです。中へどうぞ」

 女性はすたすたと歩き出す。セイジは慌てて後を追った。すぐサトルが横に来る。後ろを確認すると、カナもなんとかついてきていた。



   ――腕。

   ビッグが沈痛な面持ちで両腕を差しだしている。

   口が「斬ってくれ」と動いた。

   鎌を振るって、その腕を――



「……!! これはこれで、けっこうきっついぞ……!」

 セイジは胸を押さえた。ただ1人、メイド服女性だけが平気そうなので、気を紛らわすために聞いてみる。

「あんたさ、ここで何か見えたりしないのか?」

「はい。いつもの幻ですね。他にもいろいろ見えますよ。もう慣れました」

「……この臭いもか?」

「最初はちょっと大変でしたけどね。それもそのうち慣れました」

 女性は変わり映えしない石壁の間を迷わず進んでいく。



   ――胴。

   目の前に練習着を着た胴がある。

   空中ブランコの台の上。

   はっとふり返ったリアラを、思いきり突きとばす――



「それより、そろそろ“出る”と思いますよ。気をつけてください」

 女性が半分だけ顔をこちらへ向けた。



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