虚ろの死神 -2
「ここが『死者の間』の入口なのか?」
『胴体』に建つ小さな小屋の前で、セイジは眉をひそめた。サトルが「言いたいことは分かる」とばかりに灰色の扉を示した。
「一見無防備に見えますが、ここに近づく者はまずいません。新人の団員が真っ先に教えられるのがこの建物の場所です。団員達の間ではまことしやかに囁かれていますから。『死者の間には近づくな、うっかり中に入ったら、生きて出ては来られない』――」
「い、いかにも『死神』っぽい噂だな」
「実際に入る奴なんていないから、本当かどうか分からないけどね……」
カナが無表情に扉を見つめている。――長いこと『首』を狙われてきた相手の実態を知って、戸惑っているのかもしれない。
「カナ、大丈夫か? あいつはまだお前の首を狙ってるはずだろ?」
「……今までだって逃げてこれたんだ。そんな簡単に、とらせない」
それでもきっぱりと言い切ったカナに、セイジは苦笑した。
「信用しとく。でもあんまり離れるなよ」
「前から思ってたんだけど、あんた心配性?」
「いや、なんかお前のことになると妙に心配になるんだよな……」
「余計なお世話」
「……セイジ、カナ。行きますよ」
サトルが小屋の扉を引いた。それはあっけないほど簡単に開いた。
中は絨毯敷きで、ちょっとしたホールのようだった。正面の壁には張り紙があり、その真下に、地下へと続く階段が見える。
『ここより先、死者の間 生きている者進むべからず』
「主のアオイ以外は入ってくるなってか?ますます中が気になっちまうな」
「冗談を言っている場合ではありませんよ。アオイの強さは本物です……油断しないでください」
サトルの声に苦いものが滲んだ。アンティークをアオイから守れなかったことに責任を感じているのだろう。
セイジはちょっとだけ反省し、まじめに行くことにした。
階段を下ると――そこは迷路の様相だった。
石の壁がずっと連なり、見える限りでも3ヶ所の分岐がある。当然ながらどちらへ進んでいいか見当もつかない。
「っていうかその前に、この臭い……!!」
セイジは手で口と鼻を覆い、呻いた。近くでカナが咳き込んでいる。生理的嫌悪を催す悪臭がたちこめ、先に進もうにも進めない。進みたくない。
「死臭……の、ようですね」
「アオイは死体を集めるのが趣味ってウワサだけど……」
「そっちが呼んだんだから、せめて案内くらいつけろよな……」
――脚。
白い両脚。斬り落とされて転がっている。
拾い上げて運んでいく。
ユエの、元へ――
「!? なんだ、今の!?」
目の前を通りすぎたグロテスクな映像に、セイジは慌てて頭を振った。
「セイジにも見えましたか」
「……もしかして、アオイの想念……なのか?」
視覚的な要素が強く、他の4人のような“言葉”はほとんど聞こえなかった。ただし、イメージそのものはこれ以上ないほど鮮明だった。
「おそらく彼は、すでに『人格』を奪われている。自我がなく、自らの考えで動くことができないのでしょう。だからアオイ自身の言葉がそこにはない」
サトルが言って、セイジはぐっと歯噛みした。
吐き気をこらえながら、1歩前に出る。
「なんとか……先に行かないと……!」
「待って。誰か……近づいてくる」
カナの声と前後して、規則正しい足音がセイジにも聞こえてきた。
薄暗い中からふっと姿を現したのは――
「……初めまして、『セイジ』『カナ』『サトル』。あなた方をご案内するようアオイさんから言われました。どうぞお入り下さい」
白いメイド服の、無愛想な女性だった。サトルほど不自然ではないが、無表情の度合いはいい勝負だ。
「あんた、何者だ……?」
「『死者の間』の専属使用人です。数年前に姉から引き継ぎました」
「せ、専属って、よくこんな不気味なとこで……」
「確かに不気味ですが、高給なので満足していますよ。仕事も、死骸にウジが湧かないように管理したりお掃除したりと、至って普通ですし」
「それ普通か!?」
「やっぱり死体、あるんだ……」
カナが気味悪そうに顔をしかめた。すると女性は、カナに顔を向けた。
「ここにはあちこちに『箱』が置いてあります。開けない方がいいですよ。中は小動物の死骸ですから」
「っ……!」
「死体集めは姉の頃からずっとしていたそうです。ただ、人間の死体は私は見たことありません。小動物のものを集めるのは、きっとお寂しいからでしょうし。幼少の頃は団長さんの命令で、生きている者との接触をさせてもらえなかったらしいですからね」
「……死体置き場に閉じこめられて、か……」
セイジは“A”の話を思い出した。――と同時に、無表情の割に口数が多いな、などとちらりと思う。
それが女性にも伝わったらしく、彼女は唐突に、ぺこりと頭を下げた。
「失礼しました。久々のお客様だったので、少々はしゃいでしまったようです」
「へ、へえ?」
「アオイさんがお待ちです。中へどうぞ」
女性はすたすたと歩き出す。セイジは慌てて後を追った。すぐサトルが横に来る。後ろを確認すると、カナもなんとかついてきていた。
――腕。
ビッグが沈痛な面持ちで両腕を差しだしている。
口が「斬ってくれ」と動いた。
鎌を振るって、その腕を――
「……!! これはこれで、けっこうきっついぞ……!」
セイジは胸を押さえた。ただ1人、メイド服女性だけが平気そうなので、気を紛らわすために聞いてみる。
「あんたさ、ここで何か見えたりしないのか?」
「はい。いつもの幻ですね。他にもいろいろ見えますよ。もう慣れました」
「……この臭いもか?」
「最初はちょっと大変でしたけどね。それもそのうち慣れました」
女性は変わり映えしない石壁の間を迷わず進んでいく。
――胴。
目の前に練習着を着た胴がある。
空中ブランコの台の上。
はっとふり返ったリアラを、思いきり突きとばす――
「それより、そろそろ“出る”と思いますよ。気をつけてください」
女性が半分だけ顔をこちらへ向けた。




