解放 -4-
「なんだ、それ。どういう意味だ……?」
“A”は苦しげに目を閉じた。その様子が、過去を明かした時のゲンに似ていると、セイジはふと思った。
「サトルさんはご存じでしょうが……サーカス館の北には共同墓地があります。身よりのない死者が葬られる場所です。そこには誰も寄りつかないので、時折、死体だけでなく――望まれずに生まれた子供が、捨てられることがありました……」
重い重い空気の中で。
“A”は訥々と、語り続ける。
――カナさんが来て間もない頃
ユエ様が、その共同墓地から2人の子供を連れて戻られました
まだ赤子に近いような子達でした
ですがユエ様は、本当に嬉しそうにおっしゃったのです――
『この2人、団員としてあたしが育てることにしたわ
どうしてって?
だって信じられる?
あの子達――あの共同墓地で、今まで“生き延びて”きたのよ……!?
ほら、見て……なんていい目をしてるのかしら
これならこのサーカス団を駆け上がれる
フフ……楽しみだわ……』
それからユエ様は、1人を猛獣の檻に放りこみ、
もう1人を、団員の遺体を一時置くための『死体安置場』に閉じこめました
彼らは身を裂かれ、心を壊されていきました
私はそれを……近くで見ていながら、何もしようとはしなかった……
「それが……コウと、アオイなのか?」
「……コウ……!」
ショックを受けた様子のカナの肩を抱いて、セイジはきつく眉根を寄せた。
「アカネから受け取ったビデオ、見たよ。そういやちっさいコウが言ってたな。『自分は5人の1人に選ばれていることを、先にユエから聞いていた』。つまり――あの2人は、最初から……?」
「……私も一度だけ、ユエ様に聞いたことがありました。どうして彼らにそんな仕打ちをするのかと――」
――人間を作るには身体が必要ね。
でも、団長を作るには、身体だけじゃだめ
それに伴う中身も必要なのよ――
「その時は意味がわかりませんでしたが、そのうちにわかってきたんです。様々な恐怖を経験したことによって、恐れを感じない『記憶』。そして、どんな恐怖も受け入れられるような、限りなく無に近い『人格』。ユエ様はそれを得るために、あの2人を……」
「『記憶』の器がコウ、『人格』の器がアオイ――ということですか」
「……とんでもねぇな……!!」
もはやどこに怒りを感じているのかさえ分からなかった。
セイジは2人の姿を思い返す。特にアオイは、“A”の話と結びつけてようやく、本当の姿が見えたようだった。
「セイジさん、お願いします! 残る2枚の札を……2人を、解放してやってください……!」
“A”が懇願するようにセイジを見て、深々と頭を下げた。セイジは力いっぱいこぶしを握りしめた。
「言われなくたって!」
「まあ問題は、どっちか1枚の行方が今も分からないってことなんだけどね~☆」
話の腰を折るヨシタカの横槍に、セイジはカチンときた。
言い返そうとして――しかしすぐに、それが正論だと気づく。
「そうだ……! そういや、今ユエが持ってるのは1枚だけって、BBSでも……」
「『計画』の要だからね。オレ達も札のことは全力で探ってきたさ☆ だけど最後の1枚だけどうしても見つけられない。どこからも情報が出てこないんだよね~……」
初めて見る、ヨシタカの苦い表情だった。セイジはヨシタカを窺った。
「お前も……何か理由があって、ユエの計画を邪魔しようとしてるんだよな……?」
「ん~、まあね☆ オレの場合は、ちょっとあいつに仕返ししてやりたいっていうだけだけどね☆」
聞いていいものかと迷っていたのだが、ヨシタカの方は、あっさりした調子で続けた。
「オレさ、本当は4つ子なんだよねッ」
「……は!?」
「だけど兄弟3人が、ピエロゲームでユエにヤられてね。まぁあいつらだって、金品盗んだりあやしげな薬持ち込んだり、ろくでもなかったんだけど? オレとしてもやっぱり思うところはあるわけでさ~?」
「……」
「もっと前から管理人の人形作りは請け負ってたんだけど、3人目がヤられた時に、さすがに頭に来ちゃって☆ それで彼女を手伝うことにしたんだぁ」
「――彼女? 管理人て女なのか?」
「おっと、口がすべったね☆」
ヨシタカはにやにやと笑っている。セイジは、ここでは追及しないことにした。
代わりに、ヨシタカの目の前まで歩いていくと、『玩具の間』でもらってきた人形を突きつけた。
「ほらよ、約束の人形だ」
ヨシタカは、カッと目を見開いた。
「そっ……それはリカちゃん人形!! 着せ替え人形の王道じゃないか!!」
「今度こそ、アンティークのドレスを作ってくれるよな? 帰ってきたら……すぐに着せてやりたいんだ」
「OK、バッチリ文句なしだ☆ ヒヒ……何を作ってあげようかなッ☆」
人形を手に取ったヨシタカは、嬉しそうにそれを掲げて立ち上がった。それを眺めながら、セイジは左腕をわずかに揺らす。
――軽い。
あまりに軽くて不安になる。考えてみれば、これだけ長い間離れていたのは初めてだ。
「……アンティーク……」
セイジがつぶやいた、その時だった。
突然鳴り響いた警報音に、ヨシタカを除く全員が、はっと顔を上げた。
――リストNo,44『セイジ』
死者の間にて、『人形』がお待ちしております――
「!! な、なんだ!?」
「ユエがしびれを切らしたのかもしれませんね。直接指示をしてくるとは……何が何でも、あなたを『死者の間』へ行かせたいようだ」
サトルが宙を睨んでいる。カナが、何かを追いやるように強く頭を振ってから、セイジを見た。
「……行くの?」
「アンティークが待ってるとか言われちゃな」
「アオイだってユエの“人形”だ。待ってるのはアオイだけかもしれない」
「それならそれでもいいさ。情報集めもここらで打ち止めっぽいし。そろそろ……我慢の限界だ」
目つきを鋭くしたセイジの胸に、カナが突然、軽いパンチをくれた。
「なんだよ?」
「今度は……ちゃんと止めるから」
3枚の札と『身体』を前にした時。暴走したセイジを止められなかった――
そのことを言っていると気づくまでに、少し時間がかかった。
「……ああ、そうしてくれ。殴ってくれてもいい」
「変態」
「おいちょっと待て、さすがにそれはひどくないか」
「殴って止まらなかったら、今度こそ見捨てるからね」
「わかったわかった」
「――ではセイジ、このまま『死者の間』へ?」
サトルが例のごとく確認してきた。セイジはやっと普段の調子を取り戻した気分で、答えた。
「よし、行こう。……さっさとアンティークを取り戻すぞ!」




