解放 -3-
『右腕の棟』、ヨシタカの部屋のドアを開いた瞬間。
セイジは思わず“それ”を指さし、叫んでしまった。
「くっ……くま――っ!?」
「ウヒヒッ、待ってたよセイジくん☆」
作業台に座るヨシタカの横には、連絡の通り“A”がおり、さらにその後ろで、人間サイズのくまの着ぐるみがぼうっとつっ立っていた。
「そいつ、『玩具の間』の……! じゃああの猿も黒猫も、お前が……!?」
「ん? こいつかい? 今メンテナンスのために預かってきたところさ~。造ったのはオレだけど、持ち主は別にいるよ☆」
「持ち主……って、一体誰なんだ?」
着ぐるみ達にはだいぶ助けられてきた。しかし持ち主の真意は謎のままだ。
探るようなセイジの視線を受けつつ、ヨシタカは椅子の上でぐるぐると体を回した。
「こいつらの持ち主? ホームページ管理人のことかな?」
「! 本当か!?」
「嘘を言ったって仕方ないよねぇ?」
「誰なんだ、ホームページ管理人て。俺の知ってる奴か?」
「それは秘密さ。誰にも言っちゃいけない約束なんだ☆」
「セイジさん……管理人を含めた我々3人は、不完全ながら協力関係にあります。皆が異なる目的のために、同じ手段をとろうとしているのです」
セイジは“A”に目を移した。彼とまともな会話が成立するのは初めてだ。こうしてみると、不健康な顔色の以外はごくまっとうそうな男だった。
「私の目的は、“贖罪”……どうか私の話を聞いていただけますか、セイジさん」
「……あんたはユエの側近だったんだよな? 先に教えてくれないか。ユエが今、どこにいるのか」
“A”はうなずいた。そしてゆっくりと、口を開く。
「大抵の場合、ユエ様は団長室にいらっしゃいます。部屋は舞台の地下です。ただ、今の団長室は、ユエ様の許可がなければ出入りできないようになっていて……」
「アンティークがそこにいるかもしれないんだ! なんとか入る方法はないのか!?」
「ええっ……アンティークちゃんが、どうしてユエのところに!?」
つい声を大きくしたセイジは、ヨシタカのオーバーリアクションをひとまず無視した。
しかし“A”は、暗く首を振った。
「方法は、あるのかもしれませんが……私は存じません。申し訳ない……」
「いや……じゃあユエと会うためには、やっぱり『死者の間』まで行ってみるしかないってことなのか……」
落胆するセイジの横で、サトルが固い声を発した。
「“A”……いえ、アキノリ。ユエの付き人だったあなたが、ユエを恐れて身を引いたというのなら分かります。しかし、酒に溺れたふりまでしてこのサーカス団に居続けるのはなぜです? 一体……何をしようとしているのですか?」
しばしの沈黙があった。
やがて“A”は、静かに息を吸って、吐いた。
「ユエ様の『計画』を阻止すること――それが我々3人の共通項です。そうすることで、私は……コウとアオイにせめてもの償いをしたいと、それだけを願ってきました」
「へ……? それって、あの2人のことか?」
「少し、昔話をさせてください……」
“A”はひどく思い詰めた様子だった。セイジが何か答える前に、もう話を始めていた。
「『5つの間』が成立し、札の契約が交わされた10年前――あれは確かに決定的な転換点でした。しかし、計画の本当の始まりは、おそらく……18年前のことです」
セイジの陰に隠れていたカナを、“A”の目が捉える。カナはぴくりと肩を震わせた。
「……私が、生まれた時……?」
「正確には、生まれてすぐ、ここへ預けられた時です。そして同時に、ユエ様はあの2人の子供と出会ってしまった。あなた方3人のうち、1人でも欠けていれば、この計画は成立しなかったのかもしれません……」




