解放 -1-
元のようには 戻らなくても。
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「……!」
ビッグは大きく身体を震わせた。
離れたところで、エリの小さな、心配そうな声がした。
「ビッグのおじちゃん? どうかしたの?」
「……エリ……この鎖を外してくれないか」
「え!? いいの……!?」
軽い足音が駆け寄ってくる。かちゃかちゃと懸命に鍵をはずす音がして、足下に鎖が落ちる。ビッグはゆっくりと膝をついた。
「おじちゃん……?」
「……私の中から……狂気が消えた……」
身体が、心が軽い。束縛を解かれたというだけでは説明しきれない。
まるで闇の底に光が射したような――
呪いから解放されたような、そんな気がした。
「この感情……ずっと、忘れていたものが……!」
エリが目隠しまで取り去ってくれた。ビッグは初めて、少女と正面から向き合った。
「……泣いているのか、エリ」
「だって……! どうしよう、うれしいよう……」
「ありがとう……エリ。こんな私とずっといてくれて。私にはお前を抱きしめてやれる腕もないというのに――」
涙で顔をくしゃくしゃにして、エリはビッグに飛びついた。首にしっかりと腕を回して離れない。
せめて心の中でエリの背中をなでながら。
ビッグは、自身もまた泣いていることに気がついた。
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ゲンは工房で、綱渡り用のバーを仕上げて一息ついたところだった。
そこへ控えめなノック音がした。汗を拭きながらちらりとだけ扉を見る。
「誰だ? 開いてるから勝手に入っていーぞ!」
扉の開き方もひどく遠慮がちだった。が、ゲンは次に製作する物品のリストに気がいっていた。
だから――聞こえた声は、息が止まるほどの衝撃だった。
「……お父さん」
「!! ……セイレーン……!?」
記憶にあるより背が高く、ずっと大人っぽくなっている。
それでも見間違うはずはない。
「セイレーン!? 本当にお前か!?」
ゲンは震える足でセイレーンに歩み寄っていった。娘の青い目には涙が浮かんでいた。
「お父さん……! 長い間、ごめんなさい……! 私、お父さんが私のせいでピエロリストに載ってたなんて、全然知らなくて……っ」
「いや、オレの方こそ悪かった……! 勝手に水槽をぶち壊した上、お前の脚を……!」
「もういいの。お父さんは私に、新しい脚をくれたじゃない」
言われて初めて、ゲンは愛娘の足に目を落とした。
「――お前、義足でもう歩けるようになったのか!?いくらまじないをかけておいたとはいえ……」
「わからないの。突然歩けるようになって。まるで脚が戻ってきたように……」
ゲンとセイレーンは手を取り合った。
「まさかとは思うけど……セイジ……」
「セイジ? あいつが何だ?」
「彼が……呪いを解いてくれたのかも――」
セイレーンは突然、泣き崩れた。慌ててその顔をのぞき込んだゲンは、何度も何度も、セイレーンがつぶやくのを聞いた。
「ありがとう……ありがとう、セイジ……!」
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「あ……っ!」
「リアラ? どうかしたの??」
突然、全身を不思議な感覚が駆け抜けた。リアラが震える手で自分の身体を抱くと、そこに、熱を感じた。
「お腹の辺りが熱い……まるで本物の身体に戻ったみたいな……」
「リアラ、泣いてる……?」
「え!? あれ? ど、どうしたんだろう」
涙が溢れて止まらない。
嬉しい。――寂しい。
何かを失ったようで、しかし代わりに、何かを取り戻したような気がした。
「私……今まで何やってたんだろう。ずっとこんな所に籠もって。せっかく生かしてくれたサトちゃんにも、気遣ってくれたビッグさんにも申し訳ない……!」
「リアラ? 大丈夫?」
リアラは涙を拭って、小首をかしげているララを見た。
「ありがとう、ララ。もう大丈夫。私も『5つの間』の1人――しっかりしなくちゃ!」
決意を込めて立ち上がる。するとララが、にっこりと笑った。
「リアラ元気になった! ララ嬉しい! これでまた、一緒に空中ブランコ……やり……た……」
「……え?」
目を見開いたリアラの前で、ララは、動かなくなった。
「……」
「ララ……? ――ララ!!」
肩に触れた瞬間。
びくりと、ララの身体が震えた。
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獣調練場を出たところで、コウはぴくりと顔を上げた。
と同時に、『左腕』の入口からカッと光が溢れ、また収束していった。
「……ん? あの部屋は……」
考えて、なんとか“記憶”を引っ張り出し。
コウは猫のように目を細めた。その口からは嘲笑がもれる。
「ユエさんの“力”の気配が1つ、なくなりましたネ。セイジさんがヤってくれたのかな? ……だから言ったのに、『首にばかり夢中になるな』って」
そしてコウは、両手で顔を隠した。
「アハハ。いい気味だな――ユエ……」
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突如――モニター室で悲鳴が上がった。
長く長く尾を引いて、最後には喘ぐような声に変わる。
「あ……あ……身体……が……!」
ユエは1人、机にしがみつきながら、虚空に手を伸ばした。
「ビッグ……? セイレーン……リアラ……!? みんな、応えて……!? ……あ、あたしの身体……!」
やがてその手は、ゆっくりと下りていった。
ユエののどから笑い声が漏れる。その全身からは、ゆらゆらと妖気が立ちのぼるようだった。
「フ……フフ……だあれ……? あたしの大切な『身体』を壊したのは…!」
答える者は1人としてなく。
ユエはいつまでも、低く――狂ったように、笑い続けた。
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