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・ PIERROT ・  作者: 高砂イサミ
第18章
73/117

解放 -1-



   元のようには 戻らなくても。



         ++++++



「……!」

 ビッグは大きく身体を震わせた。

 離れたところで、エリの小さな、心配そうな声がした。

「ビッグのおじちゃん? どうかしたの?」

「……エリ……この鎖を外してくれないか」

「え!? いいの……!?」

 軽い足音が駆け寄ってくる。かちゃかちゃと懸命に鍵をはずす音がして、足下に鎖が落ちる。ビッグはゆっくりと膝をついた。

「おじちゃん……?」

「……私の中から……狂気が消えた……」

 身体が、心が軽い。束縛を解かれたというだけでは説明しきれない。

 まるで闇の底に光が射したような――

 呪いから解放されたような、そんな気がした。

「この感情……ずっと、忘れていたものが……!」

 エリが目隠しまで取り去ってくれた。ビッグは初めて、少女と正面から向き合った。

「……泣いているのか、エリ」

「だって……! どうしよう、うれしいよう……」

「ありがとう……エリ。こんな私とずっといてくれて。私にはお前を抱きしめてやれる腕もないというのに――」

 涙で顔をくしゃくしゃにして、エリはビッグに飛びついた。首にしっかりと腕を回して離れない。

 せめて心の中でエリの背中をなでながら。

 ビッグは、自身もまた泣いていることに気がついた。



         ++++++



 ゲンは工房で、綱渡り用のバーを仕上げて一息ついたところだった。

 そこへ控えめなノック音がした。汗を拭きながらちらりとだけ扉を見る。

「誰だ? 開いてるから勝手に入っていーぞ!」

 扉の開き方もひどく遠慮がちだった。が、ゲンは次に製作する物品のリストに気がいっていた。

 だから――聞こえた声は、息が止まるほどの衝撃だった。

「……お父さん」

「!! ……セイレーン……!?」

 記憶にあるより背が高く、ずっと大人っぽくなっている。

 それでも見間違うはずはない。

「セイレーン!? 本当にお前か!?」

 ゲンは震える足でセイレーンに歩み寄っていった。娘の青い目には涙が浮かんでいた。

「お父さん……! 長い間、ごめんなさい……! 私、お父さんが私のせいでピエロリストに載ってたなんて、全然知らなくて……っ」

「いや、オレの方こそ悪かった……! 勝手に水槽をぶち壊した上、お前の脚を……!」

「もういいの。お父さんは私に、新しい脚をくれたじゃない」

 言われて初めて、ゲンは愛娘の足に目を落とした。

「――お前、義足でもう歩けるようになったのか!?いくらまじないをかけておいたとはいえ……」

「わからないの。突然歩けるようになって。まるで脚が戻ってきたように……」

 ゲンとセイレーンは手を取り合った。

「まさかとは思うけど……セイジ……」

「セイジ? あいつが何だ?」

「彼が……呪いを解いてくれたのかも――」

 セイレーンは突然、泣き崩れた。慌ててその顔をのぞき込んだゲンは、何度も何度も、セイレーンがつぶやくのを聞いた。

「ありがとう……ありがとう、セイジ……!」



         ++++++



「あ……っ!」

「リアラ? どうかしたの??」

 突然、全身を不思議な感覚が駆け抜けた。リアラが震える手で自分の身体を抱くと、そこに、熱を感じた。

「お腹の辺りが熱い……まるで本物の身体に戻ったみたいな……」

「リアラ、泣いてる……?」

「え!? あれ? ど、どうしたんだろう」

 涙が溢れて止まらない。

 嬉しい。――寂しい。

 何かを失ったようで、しかし代わりに、何かを取り戻したような気がした。

「私……今まで何やってたんだろう。ずっとこんな所に籠もって。せっかく生かしてくれたサトちゃんにも、気遣ってくれたビッグさんにも申し訳ない……!」

「リアラ? 大丈夫?」

 リアラは涙を拭って、小首をかしげているララを見た。

「ありがとう、ララ。もう大丈夫。私も『5つの間』の1人――しっかりしなくちゃ!」

 決意を込めて立ち上がる。するとララが、にっこりと笑った。

「リアラ元気になった! ララ嬉しい! これでまた、一緒に空中ブランコ……やり……た……」

「……え?」

 目を見開いたリアラの前で、ララは、動かなくなった。

「……」

「ララ……? ――ララ!!」

 肩に触れた瞬間。

 びくりと、ララの身体が震えた。



         ++++++



 獣調練場を出たところで、コウはぴくりと顔を上げた。

 と同時に、『左腕』の入口からカッと光が溢れ、また収束していった。

「……ん? あの部屋は……」

 考えて、なんとか“記憶”を引っ張り出し。

 コウは猫のように目を細めた。その口からは嘲笑がもれる。

「ユエさんの“力”の気配が1つ、なくなりましたネ。セイジさんがヤってくれたのかな? ……だから言ったのに、『首にばかり夢中になるな』って」

 そしてコウは、両手で顔を隠した。

「アハハ。いい気味だな――ユエ……」



         ++++++



 突如――モニター室で悲鳴が上がった。

 長く長く尾を引いて、最後には喘ぐような声に変わる。

「あ……あ……身体……が……!」

 ユエは1人、机にしがみつきながら、虚空に手を伸ばした。

「ビッグ……? セイレーン……リアラ……!? みんな、応えて……!? ……あ、あたしの身体……!」

 やがてその手は、ゆっくりと下りていった。

 ユエののどから笑い声が漏れる。その全身からは、ゆらゆらと妖気が立ちのぼるようだった。

「フ……フフ……だあれ……? あたしの大切な『身体』を壊したのは…!」

 答える者は1人としてなく。

 ユエはいつまでも、低く――狂ったように、笑い続けた。



         ++++++



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