身体 -3-
となりの人形の部屋を捜し歩き、1体の人形を選びだしたセイジ達は、『玩具の間』を出た。
とそこで、目の前に立ちふさがったのは。
「ピエロゲーム対象者『セイジ』! 今日こそお前ヲゴハッ!」
例のマジシャンを含め6人の団員達だったが、カナの『メテオ』があっという間に全員をなぎ倒した。周辺にいた他の数人は、遠巻きに見ているだけだった。
「……そういやこの先にある小部屋だったな。札の……儀式? だかやってたのって」
たった今の襲撃にはノーコメントのまま、セイジは『左腕』出口近くの扉の前で立ち止まる。
カナ(小)の目線で間近に見たものだ。ビデオに映っていたより古びて汚れているが、装丁は変わらない。しばしの無言の後、セイジはおもむろにドアノブを握った。
「入るの?」
「ちょっと見ておいてもいいんじゃないか。お前も何か思い出すかもしれないし」
そっと開けると、中はどうということはない、がらんとした空間だった。調度品もなく、ちょっとした観葉植物があるくらいだ。
しかし。どうにも強い違和感があり、セイジは部屋の中央で立ちつくした。
「……なんだ、この感じ……?」
――――――ィィイン……
「! セイジ……ベルが鳴ってる」
「あ?」
違和感の正体は“音”だった。セイジがズボンの後ろに差していた、『玩具の間』のベル。それが何かに共鳴して微かな音を立てている。
サトルが「失礼」とベルを取り、部屋の壁にそって歩き出した。
音は徐々に大きくなり――ついに、ある1個所で「カラン」と大きく鳴いた。
「……この場所に、強いまじないがかかっているようです」
「まじない探知機!?」
「少々気になりますね。例のことがあった場所だけに……」
サトルが壁に触れた。とたんにバチッと大きな音がして、サトルの手は弾かれた。
セイジとカナも近くへ寄っていった。
「こんなとこにまじないなんて、確かに変だな。破ってみるか?」
「ほんと簡単に言うよね、あんたって」
顔をしかめるカナを横目に、セイジはクロウナイフを抜き、迷わず壁に突き立てた。
瞬間――
「いっ!?」
猛烈な風が室内に吹き荒れた。と同時にバチバチと火花が走り、ゆらりと、扉の形の影が現れる。
とはいえまだ“見える”だけで、開く気配はまったくない。
「ちょ、これっ……洒落にならねぇ……っ!!」
「――当たりかもしれません!」
サトルがベルをかざした。脳を貫くような高い音が響きわたり、風の勢いを殺す。
扉の影がぶれるように揺らぎながら、少しずつ、輪郭をはっきりさせていく。
「カナ、メテオを! 扉を打ってください!!」
サトルが叫び、カナも即座に反応した。
球の部分を直接手に持ち、投げつける。球は“流星”のごとく扉の影へと流れ――
爆発的な音と光を、放った。
「……ど、どうなった……?」
少しして、セイジはおそるおそる目を開いた。
強い光にさらされた視界はまだちらついている。が、何もなかったはずの木目の壁に、銀色の扉が出現していることは分かった。
セイジは扉に触れてみた。抵抗は、もうない。
「ここまでやったんだ。……開けるしかないよな?」
視力も戻った。カナが何か言いたそうな顔をしていたが、セイジはかまわず扉を押した。
その奥の間は――異様な気配に包まれていた。
床一面に高級そうな絨毯が敷き詰められている。部屋の奥は1段高く造られて、木製の手すりに囲われている。ただし窓はなく、光源は両側に据え付けられたランプだけだ。
そして。
「な、なんだこれ……!?」
ちらちらと揺れる光が照ら出していたモノは。
――首のない、『人間の身体』だった。
セイジ達は呆然と“それ”を見た。包帯で隙間なく巻かれた腕、脚、胴の各々に、血のような赤い文字の書かれた札が貼ってある。
見ているだけで吐き気を催すような、異様な物体だった。
「『両腕』、『両脚』、『胴体』――ユエが集めたパーツ、ですね……」
やっとのことでサトルが言った。セイジは口元を押さえて呻いた。
「じゃあ、この3枚の札が……」
「恐らく身体を構成する3人、ビッグとセイレーンとリアラの札」
「……。『札は5つのパーツを結合するもの』、だったか」
「その話が事実なら、ですが。札を壊せばこれらが結合することはなくなるはず。ユエは団長となるべき“身体”を維持できなくなります」
「何にしても、札が重要だってのは確かだからな」
セイジはクロウナイフを逆手に持ち直し、ゆっくりと、段差を上がった。
「……壊すぞ。こんなふざけた計画放っておけるか!」
セイジはまず、腕に張られた札を裂こうとした。
と――突然『腕』が震えだし、不気味な唸り声を発した。
そこに含まれているのは“怒り”のようだった。その余波は瞬く間に、『脚』と『胴体』にも伝わった。
「何それ、生きてんの……!?」
「な、なんかそう見えるな」
「これから『身体』として使おうとしていたものです。不思議ではありません」
「え!? じゃあこれ、札さえ壊せばビッグ達に返せたりとか――」
「それは無理でしょう」
きっぱりと、サトルは否定した。
「1度切り離したものを、元に戻すことはできません。それからセイジ。それが本当に『生きている』などと思わないでください。それに命があるとは言えない……吹き込まれたユエの力が反応しているだけです」
セイジはもう1度『身体』に向き直った。
その口元に、不敵な笑みが浮かんだ。
「そうか。つまり……遠慮なくやっていいってことだな?」
言うやいなや、両手でナイフを構え、勢いよく振り下ろした。
ドンッと衝撃が広がった。カナとサトルが強く煽られてよろめいた。
しかし、刃はまだ『身体』に届いていない。薄い膜のようなものが『身体』を覆って守っていた。それを突き破ろうと、セイジは満身の力を込める。
「くっそ……届け……!!」
「セイジ、大丈夫ですか!」
ベルの音が鳴り響く。周囲に広がる衝撃波は弱まった。しかしナイフを押し返す手応えは変わらない。
むしろ抵抗は強くなり、バチバチと痺れるような感覚さえ伝わってきた。
それでも――セイジは。
「いい加減頭にきてんだよ……こんなもので……」
高ぶっていく心と共鳴するように、クロウナイフが光を帯びた。
虹のような7色の光。それが刃をひとまわり大きく見せて。
「勝手に人を、縛るんじゃねぇよ……!!」
ナイフが沈み始めた。膜が弾け飛ぶ。次いで刃が『胴』に達した。
『身体』を覆う包帯に、光の亀裂が走った。あっという間に末端まで広がったそれは、内から輝きを増していく。
そしてセイジは、残る力をふり絞るようにして、叫んだ。
「もう、消えろ!! 呪いごと連れて行け!!」
光が一気に噴出した。
『身体』が端から崩れだす。さらさらと光の粒に変わりながら消えていく。その残滓さえ、すぐに宙に溶けてなくなった。
あとには、何も残らなかった。
「……や……った……?」
「セイジ!!」
終わったと認識した瞬間、セイジはどさりと倒れ込んだ。カナとサトルが駆け寄ってくる気配がして、強く肩を揺さぶられる。
「か、カナ、あんま動かさないでくれ」
「意識はあるんですね」
「ああ、けど……力が入らねぇ……」
サトルがセイジを抱き起こし、それだけはしっかりと握ったままの右手を、ナイフからはがしていった。
「おそらく身体が驚いたのでしょう。急にあれほどの力を放出したんですから……」
「へ?」
「正直、私も驚きました」
セイジはよく分からないまま、やっと感覚の戻ってきた腕を上げ、手をかざした。
「まあ……とにかく、札3枚壊したな。これで何か、変わったのか……?」
ビッグ、セイレーン、リアラを順に思い浮かべる。
今のところ、どうなっているかは見当もつかなかった。




