人形 -4-
「アオイ……!? なぜあなたがここに……!」
サトルが枕元の銀笛をつかみ、アンティークとアオイの間に立った。アンティークもアオイに意識を集中させた。
「こんな所に隠れていたのか。……リストNo,44『セイジ』とカナは、まだ玩具の間だな」
『な……何しに来たの、死神さん……?』
「……その人形を奪いに来た」
鎌を掲げたアオイは、いつかと同じように抑揚なく告げた。
「ユエが、その人形と話がしたいと言っている」
『えっ……!』
「……そうですか。確かにユエもアンと会うのは60年ぶり。話もしたいでしょう」
サトルから熱が伝わってきた。剥き出しになった敵意の烈しさは、普段のサトルからは考えられないほどだった。
「ですが……アンを殺した張本人に、渡すわけにはいきません」
『サトル、あんまり動くと傷が……!』
「お前達に危害を加えにきたつもりはない。だがどんな手を使っても、人形は渡してもらう」
急速に空気が張りつめていった。アオイの透明な殺気だ。しかしサトルも怯んだ様子はない。
「アンは私が守ります」
「そうか。ならば……」
アオイは横手に鎌を上げ――
そこで、ぴたりと動きを止めた。その身は青い光に包まれていた。
『お願い待って、死神さん!』
「アン!? あなたは下がっていてください!」
『何言ってるの! サトル、怪我してるんだよ!?』
言い合う間に、“視線”に封じられたアオイがふっと息を吐いた。
「――無駄だ」
『あっ!』
バシンッ!
乱暴に弾かれるようにして、“視線”が返された。
次の瞬間、アオイはサトルとの距離を一気に縮めていた。薙いだ刃をサトルが笛で受ける。しかし両手で受けても勢いを殺しきれず、2歩3歩とよろめいた。アオイはすかさず足払いをかけた。たまらず転倒したサトルは、横に転がって刃を逃れ、すぐさま起きあがった。
「ピエロ。邪魔だ」
アオイが右手を前にかざした。と思うや、黒い霧のような旋風がサトルに襲いかかった。
「くっ……!!」
サトルは銀笛に息を吹き入れた。悲鳴のような笛の音が風を裂き、押し返す。まじないの力は拮抗していた。
が――
「ッ、ゴホッ!!」
胸を押さえて咳き込んだサトルは、そのまま黒い風に巻かれた。
『サトル!!』
「お前もだ」
風は、触手を伸ばすようにアンティークにも絡みついた。一気に力を吸い取られる感覚。アンティークは細く悲鳴を上げた。
ふっと霧が晴れたとき、サトルはうつぶせに倒れていた。アンティークも気力のほとんどを奪われ、声を上げることさえできなかった。
「この程度か」
「あ……ぐ……っ」
「命に別状はなくとも、グレンの爪を甘くみないことだな」
アオイの手がアンティークの腕をつかんだ。逆さに抱えられて、視界にはサトルの部屋が映ったままだった。
「これで……ユエに喜んでもらえる……」
「ぐっ…ア、ン……!!」
《サトル……!》
絶望的なサトルの声に、アンティークは心の中で叫び返すことしかできず。
無力感の中で、意識は徐々に遠のいていった。




