人形 -2-
扉を閉めたところで、アオイは人の気配にふり返った。
目に入ったのは――『右腕』から『左腕』に向かって駆けて行く、セイジとカナの姿。向こうはアオイに気づいていないようだった。
「カナ……カナの首……!」
条件反射で飛び出しそうになり、寸前で自制した。視線をセイジの方に移す。
セイジは、いつものように人形を抱いてはいなかった。
「『人形』がいない……ピエロもいない。どこかに隠れているのか」
2人は『左腕』に消えた。
アオイは考える。セイジ達は身を隠すのがうまい。きっとまた、すぐに見失ってしまう。
だからまずはコウの言っていた人形遣いのところへ行くことにした。
『右腕の棟』の奥――
4つ扉の1つを無造作に開く。
そこには3人がいて、一斉にこちらを見た。赤い髪の女、怯えた様子の白髪の男。その2人にはさまれて、くまのぬいぐるみを抱いた金髪の男がいる。
「ウヒヒッ、お人形ちゃんが来た……!」
金髪が机越しに、興奮したように身を乗り出してきた。アオイはその鼻先に鎌を突きつける。白髪と女は1歩下がったが、金髪はまるで気にしない様子だった。
「お前が人形遣いか。『アンティーク』という人形を知っているか?」
「アンティークちゃん!?」
「知っているのだな」
「もちろんさ! オレが出会った中で1、2を争うステキなお人形ちゃんだからねッ!!」
「では、今どこにいるか知っているか」
金髪の首が横に傾いた。
「……知ってどうする? ユエのお人形が、アンティークちゃんに何の用なのかな?」
「ユエが会いたがっている。だから捜している」
と、急に冷めた様子の金髪は身を引いて、机の上で指を組んだ。
「じゃあ教えられないね。オレはすべてのお人形ちゃんの味方だけど、ユエが関わってるなら話は別だ☆」
「……どういうことだ」
「ユエは昔、オレが大事にしてたお人形ちゃんを3つも壊してくれたからねぇ。そんな人に愛しのアンティークちゃんを会わせたくないんだよね~」
「……」
「まあどのみち、今の居場所なんて知らないけどね! ウヒヒッ☆」
アオイは鎌を引いた。
「それならもう、用はない――」
「『死神』さん。少し……待ってもらえるかしら?」
赤髪の女が口をはさんだ。アオイが足を止めると、彼女はにこりと笑んで、猫のような足どりで歩み寄ってきた。
「私、あなたに興味があるの。あなたの運命……占わせてちょうだい」
困惑して立ちつくすアオイの眼を、赤い瞳が捉えた。
その色が、ふと、悲しげに揺れた。
「あなたの運命の結果は――“無”。今のままでは何も残らない。あなたはあなたの大切な人から、捨てられることになるわ」
「!?」
「彼女の計画が完成すれば、1番先に『とられた』あなたは、真っ先に用済みよ」
アオイは衝撃を受けた。
ユエに捨てられる。それ以外のことを何も考えられないほどに、動揺した。
「セイジくん達が、計画を壊すために動いているけれど……計画が失敗したとしても同じこと。ユエにあなたという『オモチャ』は必要なくなるわ。……それでもあなたは、ユエに従い続けるのでしょうけど」
「ユエの『オモチャ』はユエの言うとおりに動く。ユエの言うとおりにしか動かない、動けない☆」
机に頬杖をついた金髪がおかしげに首を揺らす。
赤髪の女は1歩下がると、軽く指を動かした。
「あなたの運命に光が差すように。この子を貸してあげましょう」
「――にゃあ!」
机の下からするりと這いだしたのは、黒猫だった。黒猫は甘えるようにアオイの足下をぐるりと1周した。
「この子が案内してくれるわ。あなたの捜す『人形』の元へ」
「アカネ!?」
「なるほど、あんたはそう来たか☆」
白髪と金髪が続けざまに言った。
アオイは女を見る。女はただ微笑むばかりだった。
「『アオイ』は……ユエに必要とされなければ、生きている意味がない」
「それなら早くお行きなさい。ユエの望みを叶えてあげればいいわ」
黒猫がすたすたと歩き出した。アオイの目がそれを追い、続いて足も動き出す。
ぱたりと扉が閉まると、堰を切ったように、“A”がアカネに詰め寄った。
「なんてことを……アカネ、あなたはセイジさん達の味方ではなかったのですか!」
「私は私だけの味方よ。あなたはどうか知らないけれど――ヨシタカさんは分かってくださるわね?」
妖しく笑うアカネに、ヨシタカもあっさりうなずいた。
「もともとオレ達の目的はまったく違う。最初から分かっていたことじゃないか☆ だからそれぞれの利害に反しない限り、お互い手出し口出ししないって、そういう約束だったよねぇ?」
「……しかし、アンさんをユエ様の手に渡すなど……!」
「セイジくんにはもっともっと本気になってほしいの。悔しいけれど……今、このサーカス団で、ユエに対抗できる可能性があるのは彼だけですもの」
「本気を出してほしいって点では同感だ。だからオレも止めなかった。あんたにも当面、不都合はないはずだけどね~」
アカネは両手を目の前に広げた。唇からは切実な言葉がこぼれる。
「本当に――できるものなら、私のこの手で終わらせてやりたかった……」
“A”は何も言えなくなった。アカネの覚悟は“A”よりも、そしておそらくヨシタカよりも、ずっと強い。
「18年間、この時を待っていたの。もしあなた方が邪魔をするというなら――」
許さない。
そう云ったアカネのまなざしに射すくめられ、“A”は動くことさえできなかった。
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