玩具の少女 -3-
何回か強制的にプールサイドに戻されたあげく、セイジとカナは、どうにか次の部屋へ進むことができた。
小さいコンサートホールのような装丁の部屋だった。ララはそこで、またぐるぐると駆け回っていた。
「ラーラーラーラー♪ キャハハッ!」
セイジ達の姿を見るなり、ララはトンッと床を踏んだ。
「ガタン!」と音を立てて下りの隠し階段が現れた。そしてララが飛び込むと、また「ガタン!」と口は閉じてしまう。
セイジはこめかみに薄く血管を浮かべた。
「……おい、俺ら遊ばれてんのか?」
「さぁ?」
「で、今度は何をしろってんだ?」
まずララが消えた床の当たりを調べると、マイクのような網目の個所があった。他に変わったことといえば、部屋の壁際の長机にハンドベルが7つ置かれていることか。
「――で、ヒントは?」
セイジはふり返り、くまを見た。黙って2人にくっついてきたくまは、どこで調達したのか、先ほどとは違うプラカードを掲げる。
『低い方から高い方。順番に音を聞かせて。』
「音っていうと、こいつか?」
セイジはハンドベルを1つ、手に取った。軽く振れば、突き抜けるような澄んだ音が響いた。
「……キレイな音だな」
「1個ずつ音が違うんだ。これを低い音からってこと……?」
カナはいくつかを順に振って、並びを入れ替え始めた。そこにセイジも参加する。
「これはそっちじゃないか?」
「え。違うでしょ」
「こういうのはサトルかアンティークが得意そうなんだけどな。サトルは笛吹きだし、アンティークは歌がうまいし……」
「あーもう、そうじゃないってば! ちょっとあんたは手出ししないで!」
カナに怒られて首をすくめたセイジは、仕方がないのでゆっくりと部屋を歩き始めた。
「……『猛獣の間』とは違った意味で、静かなんだよなー……」
『玩具の間』の主の気配はする。それは今までの3人に比べると格段に穏やかで、何より、敵意やら攻撃性が感じられなかった。
「女の子だっていうしな……あ、いや、セイレーンも女だったか……」
「なに1人でぶつぶつ言ってるの」
そろそろカナが並べ替えを終えたようだった。
これはセイジも手伝って、1つずつベルを鳴らしていく。7つ目の最高音の残響が消えたところで。
「ガタン!」と例の階段が開いた。
「やったな!」
「あんたは何もしてないでしょ」
「……ん、なんだよ」
ちょいちょいと、くまの着ぐるみがまたセイジをつついてきた。見ればハンドベルの1つを差しだしている。
『おひとつどうぞ』
「どうぞって……何かに使えるのか、これ」
それでも貧乏根性で受け取っておいた。完全な呆れ顔のカナと共に、次へ。
短い廊下を抜けた先の部屋は、赤、青、黄色のタイルが床一面に敷き詰められていた。壁が黒いのが、逆に目に痛い。天井にはランプがついていて、同じく赤、青、黄色の光を不規則に灯している。
そして向こうに見える出口から、ララが顔だけのぞかせていた。
「ここまでおいでー♪ キャハハッ」
「おい、お前!いい加減に――」
セイジは1歩、部屋に足を入れた。
と同時に全身をビリッと衝撃が走り、思わず跳び下がる。
「くっそ、なんだこの部屋……! 電気っぽかったぞ今の!」
「……色によって通れるタイルと通れないタイルがあるんだ。多分……」
1番手近なタイルは「黄色」。カナは天井のランプが黄色になるのを待って、すいと足を乗せた。それからセイジを見てうなずく。
「ほら、大丈夫」
「ランプの色に合わせて進めってことか」
「仕掛けとしては単純だ。よく見ていけばどうってことない」
「――ああ。そうだな」
セイジが急ににやりと笑ったので、カナは怪訝そうに眉をひそめた。
「何、その顔……」
「どうってことないよな、こんな部屋。こんなことで時間かけてられないよな」
「ちょっと……何考えて……!」
セイジはカナの手をつかんだ。
「このくらいの電撃なら我慢できる。――強行突破だ!」
宣言と同時に実行した。カナを引っぱり、足下から突き上げる衝撃によろめきながらも、最短距離をまっすぐに駆け抜ける。
出口に到達した。セイジはふーっと息を吐いた。その横でカナがぜいぜいいっている。
「あんたって、ほんと……信じらんない……っ!」
「だけど、これでゴールだ」
そこは無数の人形に囲まれた部屋だった。ヨシタカの城と似ているが、やはりどことなく“女の子”のにおいがした。
そして――部屋の中央にはララがいた。ララは大きく両手を上げた。
「わぁ! 捕まえられちゃった! キャハハ♪」
「本当になんなんだ、このチビッコは! 俺らは遊んでるわけじゃねーぞ!」
「遊ばれてるんじゃない?」
思いきり不機嫌なカナの声に、ララが首を傾けた。
「ララ、遊んでないよー? ちゃんと『がんぐのま』、案内してきたんだもん」
「! やっぱりこの子が……!?」
「なんだってできるもん。こーんなことだってできるもん♪ キャハハハ♪」
ララが手のひらをかざし、そこに光の球が生まれた。
「いっくよー!」
「え? ちょっと、おい……!」
セイジが声を上げる間もなく、光がパチンと弾けて霧散した。
と――
「!?」
「なっ……んだ、これ、力が……!?」
セイジもカナも、その場でがくがくと膝をついてしまった。
白い光の霧がまとわりつく。それが身体の力を奪っていくようだった。
身動き、できない。
「こっの……!!」
セイジは無理にも立ち上がろうとした。その拍子に、ハンドベルを取り落とす。
リ――――ンッ……
透明な音が空気を震わせた。
わずかばかり霧が晴れ、ふっと、セイジの身体に自由が戻った。
「このベル、まじないがかかってたのか……!」
「――まじないが効くんだったら!」
カナがメテオを手に取った。
勢いをつけて2つの球体が舞い始める。風が生じるほどの速さで円を描き、白い霧をさらに押し返した。
「キャハハ! お姉ちゃん、すごい!」
「カナ、やるな!」
「感心してる場合か! あんたもなんか考えてよ!」
言われなくても考えていた。セイジは青い塊を取り出す。カナから返されていた、セイレーンの『水のお守り』だ。
掲げて意識を集中させると、それはすぐに青い光を灯した。
さっとカーテンのように広がった光はそのまま水滴となって、ララの上に、スコールのごとく降り注いだ。
「きゃあっ!?」
驚いたような喜んだようなララの声がした。水勢が収まると、濡れた床にぺたりと座り込んでいるのが見える。セイジは腰に手を当て、これ見よがしに胸を張った。
「よーしどうだ。あんまり人をからかうからこうなるんだぞ」
「……あんたいつの間に、そんな使い方……!」
「ん? ああ、これくらいのことできるんじゃないかと思ってさ。うまくいってよかった。こんなチビッコに刃物向けるわけにもいかないからなぁ」
カナの驚愕の意味を深く考えないまま、セイジはララに歩み寄った。
「キャハハは、は……」
ララは切れ切れに笑い声を上げていた。その様子が止まりかけのオルゴールのようで、2人は顔を見合わせた。




