歌姫 -3-
サトルの部屋から控え室へ出たところで、カナは、きっとセイジを見上げてきた。
「あんたと2人で組むことになるとはね。邪魔しないでよ」
セイジは腕を組んでカナを見下ろした。
「ほー、また元気になったじゃねーか。『猛獣の間』では泣きそうな顔してたくせに」
「うるさいな! 置いてくよ!!」
「あ、ちょっと待ってくれ」
ほとんど駆けだす勢いのカナを、セイジは引き止めた。
「『玩具の間』に行く前に、寄っていきたいとこがあるんだ」
「どこ」
「ヨシタカのとこ」
とたんに、カナの表情が引きつった。
「あの変態人形遣いのとこ……?」
「変態は変態でも、案外いい奴だぞ? あと……なんとなく、機械関係も好きなんじゃねーかと思って」
セイジはビデオが入ったポケットをたたいて見せた。いまだ再生できる機器がみつからず、内容は謎のままだ。
カナが渋々とうなずいたので、2人は『右腕』へと足を向ける。
途中で遭遇したマジシャンの一行を突破し、問題なく、部屋には着いた。
「おーい。入るぞー」
一声かけてドアを開けると。
ヨシタカは興奮気味の表情で、キューピー人形をなで回しているところだった。
「お前何やってんだヨシタカ――――!!」
セイジは怒声を上げて人形をひったくった。ヨシタカは、きょとんとした顔でセイジを見た。
「あれ? セイジくんじゃないか☆ 今日はアンティークちゃんは一緒じゃないのかな~?」
「正直連れてこなくて良かったよ!」
肩で息をするセイジと、部屋に足を入れられないでいるカナを見比べ、ヨシタカが左右に揺れながら笑う。
「それは残念だなぁ。それで? 何しに来たんだい?」
「ああ、ちょっと、聞きたいことが――」
「ひょっとして新しい人形を持ってきてくれたのかな!?」
「人の話を聞け!!」
目を輝かせて身を乗り出してきたヨシタカを、セイジは思いきり怒鳴りつけた。次いで深々とため息をつく。
「悪い、カナ……俺が間違ってたかも……」
「セイジくん? どうして怒っているのかな~?」
「いろいろあるけどとりあえず! この人形に変なコトするなって言ったろうが!」
エリからもらってヨシタカに預けた、問題のキューピー人形を突き出す。と、ヨシタカは心底不思議そうに瞬いた。
「薄汚れててかわいそうだったからねぇ。キレイに拭いてあげてたんだよ?」
「嘘つけ! 預けたのってもう2日だか前じゃねぇか!」
「ノンノン☆ 毎日磨いて愛でてこそ人形は美しくなるものだよ。分かるだろう人形遣い☆ ウヒヒッ」
「ぐ……そりゃ、そうなんだけど……」
「ところで、何かオレに用があるんじゃなかったのかな?」
完全にペースを持っていかれ、さらに背後からカナの嫌な視線を浴びせられ。
セイジは片手で顔を覆って、ひとまず落ち着くことにした。
「……ヨシタカ、お前機械関係とか強い方か?」
「大好きだね☆」
「! じゃあさ、古いビデオが再生できるデッキとか持ってないか?」
ヨシタカは前後に揺れながら、視線を上に向けた。
「前はあったんだけどねぇ。使わなくなったから、壊れたときに捨てちゃったかな~」
「そう、か……ここにもないか」
「セイジ、行こう。これ以上は時間の無駄だ」
カナはもう切実にこの場を離れたい様子だった。
「分かったよ」と言おうとしたセイジは、ふと思い出して後ろのポケットを探る。
“それ”を取り出した瞬間、ヨシタカがカッと目を見開いた。
「そっ……それは、わら人形!?」
「これも一応、人形には違いないだろ? さすがにいらないか?」
ヨシタカが恐ろしい勢いでセイジに迫ってきた。ためつすがめつわら人形を眺め回し、最終的に、そうっと自分の手に取った。
「わら人形とは……! オレもまだ踏み入れたことのない人形の世界だ!! でも確かに人形には違いない……!」
「お?」
「よし、ドールジャンキーの名にかけて、これからはわら人形も愛す!」
「本気で人形ならなんでもいい人なんだ……もっと俗っぽい理由で好きなのかと思ってた」
力強い宣言に、カナがドアの陰から意外そうにつぶやいた。
「……実は俺も。ある意味、ちょっと見直した」
「セイジくん! 新しい人形の世界に気付かせてくれたことに感謝しよう!!」
「じゃあこれで、アンティークの新しいドレスを作ってもらえるか?」
今度はセイジの声が期待に弾んだ。が――
「無理だね! アンティークちゃんが目の前にいないと、創作意欲がわかないな!」
「おい! 約束が違うじゃねーか!」
「怒らない怒らない☆ その代わりに、いいことを教えてあげるからさ~?」
いい加減ぶち切れかかったセイジに、ヨシタカがぐっと顔を寄せてきた。
「なっ……!?」
「言っただろ、オレは機械の扱いもけっこう得意なんだ☆ ぶっちゃけ――監視カメラに細工するのだってお手のものさ☆」
「!!」
「だからこの部屋に関しては、ユエの目も耳も、届かないと思ってくれていいよ?」
怒りの色が急速に引いていく。
セイジは真剣にヨシタカを見返した。
「人形の報酬、会談のセッティングまで含めてもらっていいか?」
「もちろん。誰との“会談”をお望みだい?」
「そこの酒場によく来てる、“A”って男。そうだな……明日、昼前までに、ここに呼んどいてくれ」
「ウヒヒッ、OK☆」
「ありがとな。助かる」
「さあて。このコはどういう風にお手入れしてあげればいいのかな~?」
ヨシタカが人形の藁目を整え始めたので、セイジは極力目立たなそうな場所にキューピー人形を置いた。
そうして部屋を出ると、カナの方は、すでに扉からだいぶ離れた場所にいた。
「そこまでするか……?」
「だって……」
「あいつ多分、女の子には無害だと思うぞ」
「関係ない。見てるだけでイヤ」
否定もできずに苦笑いして、セイジはポケットを指した。
「とにかく収穫はあっただろ。“これ”に関しちゃどうやら手詰まりだけど、直接話は聞けそうだってことで」
「私、もうここ来たくない」
「そう言うなって」
「あんたはああならないでよね」
「ならないならない。じゃ、とにかく行くぞ、『玩具の間』――」
「セイジくん!!」
バタン! と凄まじい勢いでドアが開いた音に、セイジもカナもそれこそ飛び上がった。
「な、なんだ、ヨシタカ!?」
「これから『玩具の間』に行くんだね!? それならぜひとも、可愛らしいお人形ちゃんをみつけてきてくれよ~!!」
セイジとカナは、ほぼ同時に、脱力気味のため息をついた。




