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・ PIERROT ・  作者: 高砂イサミ
第12章
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歌姫 -3-


 サトルの部屋から控え室へ出たところで、カナは、きっとセイジを見上げてきた。

「あんたと2人で組むことになるとはね。邪魔しないでよ」

 セイジは腕を組んでカナを見下ろした。

「ほー、また元気になったじゃねーか。『猛獣の間』では泣きそうな顔してたくせに」

「うるさいな! 置いてくよ!!」

「あ、ちょっと待ってくれ」

 ほとんど駆けだす勢いのカナを、セイジは引き止めた。

「『玩具の間』に行く前に、寄っていきたいとこがあるんだ」

「どこ」

「ヨシタカのとこ」

 とたんに、カナの表情が引きつった。

「あの変態人形遣いのとこ……?」

「変態は変態でも、案外いい奴だぞ? あと……なんとなく、機械関係も好きなんじゃねーかと思って」

 セイジはビデオが入ったポケットをたたいて見せた。いまだ再生できる機器がみつからず、内容は謎のままだ。

 カナが渋々とうなずいたので、2人は『右腕』へと足を向ける。

 途中で遭遇したマジシャンの一行を突破し、問題なく、部屋には着いた。

「おーい。入るぞー」

 一声かけてドアを開けると。

 ヨシタカは興奮気味の表情で、キューピー人形をなで回しているところだった。

「お前何やってんだヨシタカ――――!!」

 セイジは怒声を上げて人形をひったくった。ヨシタカは、きょとんとした顔でセイジを見た。

「あれ? セイジくんじゃないか☆ 今日はアンティークちゃんは一緒じゃないのかな~?」

「正直連れてこなくて良かったよ!」

 肩で息をするセイジと、部屋に足を入れられないでいるカナを見比べ、ヨシタカが左右に揺れながら笑う。

「それは残念だなぁ。それで? 何しに来たんだい?」

「ああ、ちょっと、聞きたいことが――」

「ひょっとして新しい人形を持ってきてくれたのかな!?」

「人の話を聞け!!」

 目を輝かせて身を乗り出してきたヨシタカを、セイジは思いきり怒鳴りつけた。次いで深々とため息をつく。

「悪い、カナ……俺が間違ってたかも……」

「セイジくん? どうして怒っているのかな~?」

「いろいろあるけどとりあえず! この人形に変なコトするなって言ったろうが!」

 エリからもらってヨシタカに預けた、問題のキューピー人形を突き出す。と、ヨシタカは心底不思議そうに瞬いた。

「薄汚れててかわいそうだったからねぇ。キレイに拭いてあげてたんだよ?」

「嘘つけ! 預けたのってもう2日だか前じゃねぇか!」

「ノンノン☆ 毎日磨いて愛でてこそ人形は美しくなるものだよ。分かるだろう人形遣い☆ ウヒヒッ」

「ぐ……そりゃ、そうなんだけど……」

「ところで、何かオレに用があるんじゃなかったのかな?」

 完全にペースを持っていかれ、さらに背後からカナの嫌な視線を浴びせられ。

 セイジは片手で顔を覆って、ひとまず落ち着くことにした。

「……ヨシタカ、お前機械関係とか強い方か?」

「大好きだね☆」

「! じゃあさ、古いビデオが再生できるデッキとか持ってないか?」

 ヨシタカは前後に揺れながら、視線を上に向けた。

「前はあったんだけどねぇ。使わなくなったから、壊れたときに捨てちゃったかな~」

「そう、か……ここにもないか」

「セイジ、行こう。これ以上は時間の無駄だ」

 カナはもう切実にこの場を離れたい様子だった。

 「分かったよ」と言おうとしたセイジは、ふと思い出して後ろのポケットを探る。

 “それ”を取り出した瞬間、ヨシタカがカッと目を見開いた。

「そっ……それは、わら人形!?」

「これも一応、人形には違いないだろ? さすがにいらないか?」

 ヨシタカが恐ろしい勢いでセイジに迫ってきた。ためつすがめつわら人形を眺め回し、最終的に、そうっと自分の手に取った。

「わら人形とは……! オレもまだ踏み入れたことのない人形の世界だ!! でも確かに人形には違いない……!」

「お?」

「よし、ドールジャンキーの名にかけて、これからはわら人形も愛す!」

「本気で人形ならなんでもいい人なんだ……もっと俗っぽい理由で好きなのかと思ってた」

 力強い宣言に、カナがドアの陰から意外そうにつぶやいた。

「……実は俺も。ある意味、ちょっと見直した」

「セイジくん! 新しい人形の世界に気付かせてくれたことに感謝しよう!!」

「じゃあこれで、アンティークの新しいドレスを作ってもらえるか?」

 今度はセイジの声が期待に弾んだ。が――

「無理だね! アンティークちゃんが目の前にいないと、創作意欲がわかないな!」

「おい! 約束が違うじゃねーか!」

「怒らない怒らない☆ その代わりに、いいことを教えてあげるからさ~?」

 いい加減ぶち切れかかったセイジに、ヨシタカがぐっと顔を寄せてきた。

「なっ……!?」

「言っただろ、オレは機械の扱いもけっこう得意なんだ☆ ぶっちゃけ――監視カメラに細工するのだってお手のものさ☆」

「!!」

「だからこの部屋に関しては、ユエの目も耳も、届かないと思ってくれていいよ?」

 怒りの色が急速に引いていく。

 セイジは真剣にヨシタカを見返した。

「人形の報酬、会談のセッティングまで含めてもらっていいか?」

「もちろん。誰との“会談”をお望みだい?」

「そこの酒場によく来てる、“A”って男。そうだな……明日、昼前までに、ここに呼んどいてくれ」

「ウヒヒッ、OK☆」

「ありがとな。助かる」

「さあて。このコはどういう風にお手入れしてあげればいいのかな~?」

 ヨシタカが人形の藁目を整え始めたので、セイジは極力目立たなそうな場所にキューピー人形を置いた。

 そうして部屋を出ると、カナの方は、すでに扉からだいぶ離れた場所にいた。

「そこまでするか……?」

「だって……」

「あいつ多分、女の子には無害だと思うぞ」

「関係ない。見てるだけでイヤ」

 否定もできずに苦笑いして、セイジはポケットを指した。

「とにかく収穫はあっただろ。“これ”に関しちゃどうやら手詰まりだけど、直接話は聞けそうだってことで」

「私、もうここ来たくない」

「そう言うなって」

「あんたはああならないでよね」

「ならないならない。じゃ、とにかく行くぞ、『玩具の間』――」

「セイジくん!!」

 バタン! と凄まじい勢いでドアが開いた音に、セイジもカナもそれこそ飛び上がった。

「な、なんだ、ヨシタカ!?」

「これから『玩具の間』に行くんだね!? それならぜひとも、可愛らしいお人形ちゃんをみつけてきてくれよ~!!」

 セイジとカナは、ほぼ同時に、脱力気味のため息をついた。



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