歌姫 -2-
「じゃあサトル、行ってくるからな」
2、3時間ほど部屋で休んでから、セイジとカナは準備を整えた。
サトルがベッドで上体を起こす。
「セイジ、少しいいでしょうか……玩具の間を司るのは……ごほっ!」
サトルがむせるように咳き込んだ。セイジが急いでサトルの背をさする。
「お前本当に大丈夫なんだろうな!?」
『さっき、いっぱいしゃべってもらっちゃったから……?』
「ご心配、なく……大丈夫ですから」
「そうは見えないぞ……!」
カナもセイジのそばで後ろめたそうにしている。
アンティークは、思い切って提案してみた。
『ねぇセイジ。あたしここでサトルさんの看病してちゃ……だめかな?』
セイジは予想通りの困惑顔でアンティークを見た。
「え? でもお前、自分で動けないだろ?」
『そうだけど、ちょっとは役に立てると思うよ。……ほら!』
アンティークは気を集中させ――
ペットボトルを、ふわりと浮かせて見せた。
『ね?』
「あ! そういや『猛獣の間』で、ヨシタカの服でパワーアップしたとかなんとか……」
『うん。だから、あたしは残るよ。「玩具の間」はカナちゃんと2人で頑張ってきてくれないかな?』
「……それは私も、1人でいるより心強いですね」
サトルがかすれた声で言って、セイジはかしかしと頭をかいた。
「ここは……その方がいいのかな。けど、2人とも無理するなよ? 俺達もできるだけ早く戻るようにするから」
『うん。セイジ達も気をつけてね』
アンティークはそっと机に置かれた。セイジがサトルをふり返る。
「じゃあ今度こそ、行ってくる」
「はい。では、1つだけ……」
「何だ?」
「あまり、いじめないであげて下さい」
は? とセイジは聞き返したが、サトルはそのまま目を閉じてしまった。
セイジは諦めたように、カナと時計の扉を出ていった。
『セイジ、カナちゃん。仲良くね……』
部屋は急に静かに、もの寂しくなった。
アンティークはしばらくの間、じっとサトルの顔に見入っていた。
『……サトルさんは……』
「何でしょうか」
てっきり眠っていると思ったのに、返答があった。アンティークは慌ててしまう。
『え、えっと……少しお話して、大丈夫?』
「どうぞ。横になっていればそれほど辛くありませんから」
『サトルさんはどうして、セイジに力を貸してくれるの? いっぱい危ない目にあったり、怪我したりしてるのに』
本当に聞きたいことはひとまず置いておいた。サトルが目を開き、天井を見る。
「そうですね。……昔世話になった方に、よく似ているからでしょうか」
『セイジに似た人……?』
「もっと威厳のある方でしたが。それでも雰囲気はそっくりです。特に、他人のために躍起になって、周りが見えなくなるようなところが」
『その人って……男の人よね……?』
「おや」
サトルは苦笑した。
「意外なことを聞かれたように思いますが」
『え!? べ、別に、そういうつもりじゃ』
「どんなつもりでしょう? 私は少しばかり自惚れてもいいのでしょうか?」
『さ、サトルさん? 何か変だよ!? あたしは、ただ――』
そこでアンティークは、はたと気づいた。
『ねえ、サトルさん……今……笑ってた?』
サトルがアンティークに顔を向ける。――表情はなかった。アンティークは、もはや自分の目に自信が持てなくなってしまった。
「そう……見えましたか?」
『……』
「残念ながら、今の私は笑うことができません。表情そのものを失ってしまったんです。ユエから受けた制裁によって……」
『えっ』
「私もまた、過去のピエロゲーム対象者でした」
サトルはごく静かに告げた。
アンティークは――
『……サトルさんは、どうして……?』
「……。昔……60年ほども前、このサーカス団には、とても美しい歌姫がいました」
『“歌姫”……』
「私は彼女に憧れていましたが、彼女の心は別の人の元にありました。恥ずかしながら……私はそれでもあきらめきれずに、彼女に手紙を送りました」
――手紙。
“声”ではない“言葉”。それでも、言葉を追いながら脳裏に再生されるのは、書き手の“声”ということになるだろう。
「しかしある時、彼女は……殺されてしまいました。私はその遺体を隠し、それを知られたために、ピエロゲーム対象者にされました。彼女はユエにとっても大事な姉だったんです。とはいえ……彼女を殺したのもユエ自身でしたが」
――新しいパントマイムを覚えました
窓越しでは表情しかわからないと思うけど
きっと楽しい気持ちになれる
「まだ……思い出しませんか?」
困惑のあまり黙り込むアンティークを、サトルが呼んだ。
「それとも、思い出したくありませんか? ――アン。“サーカス団一の歌姫”」
――ありがとう、笑顔のすてきなピエロさん――
『……サト……る……?』
頭の中が真っ白になり――
そして暗く。最後は波紋のように赤い色が広がって。
アンティークは熱に浮かされるように、つぶやいた。
『あたし……あたしは……!』
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