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・ PIERROT ・  作者: 高砂イサミ
第12章
52/117

歌姫 -2-


「じゃあサトル、行ってくるからな」

 2、3時間ほど部屋で休んでから、セイジとカナは準備を整えた。

 サトルがベッドで上体を起こす。

「セイジ、少しいいでしょうか……玩具の間を司るのは……ごほっ!」

 サトルがむせるように咳き込んだ。セイジが急いでサトルの背をさする。

「お前本当に大丈夫なんだろうな!?」

『さっき、いっぱいしゃべってもらっちゃったから……?』

「ご心配、なく……大丈夫ですから」

「そうは見えないぞ……!」

 カナもセイジのそばで後ろめたそうにしている。

 アンティークは、思い切って提案してみた。

『ねぇセイジ。あたしここでサトルさんの看病してちゃ……だめかな?』

 セイジは予想通りの困惑顔でアンティークを見た。

「え? でもお前、自分で動けないだろ?」

『そうだけど、ちょっとは役に立てると思うよ。……ほら!』

 アンティークは気を集中させ――

 ペットボトルを、ふわりと浮かせて見せた。

『ね?』

「あ! そういや『猛獣の間』で、ヨシタカの服でパワーアップしたとかなんとか……」

『うん。だから、あたしは残るよ。「玩具の間」はカナちゃんと2人で頑張ってきてくれないかな?』

「……それは私も、1人でいるより心強いですね」

 サトルがかすれた声で言って、セイジはかしかしと頭をかいた。

「ここは……その方がいいのかな。けど、2人とも無理するなよ? 俺達もできるだけ早く戻るようにするから」

『うん。セイジ達も気をつけてね』

 アンティークはそっと机に置かれた。セイジがサトルをふり返る。

「じゃあ今度こそ、行ってくる」

「はい。では、1つだけ……」

「何だ?」

「あまり、いじめないであげて下さい」

 は? とセイジは聞き返したが、サトルはそのまま目を閉じてしまった。

 セイジは諦めたように、カナと時計の扉を出ていった。

『セイジ、カナちゃん。仲良くね……』

 部屋は急に静かに、もの寂しくなった。

 アンティークはしばらくの間、じっとサトルの顔に見入っていた。

『……サトルさんは……』

「何でしょうか」

 てっきり眠っていると思ったのに、返答があった。アンティークは慌ててしまう。

『え、えっと……少しお話して、大丈夫?』

「どうぞ。横になっていればそれほど辛くありませんから」

『サトルさんはどうして、セイジに力を貸してくれるの? いっぱい危ない目にあったり、怪我したりしてるのに』

 本当に聞きたいことはひとまず置いておいた。サトルが目を開き、天井を見る。

「そうですね。……昔世話になった方に、よく似ているからでしょうか」

『セイジに似た人……?』

「もっと威厳のある方でしたが。それでも雰囲気はそっくりです。特に、他人のために躍起になって、周りが見えなくなるようなところが」

『その人って……男の人よね……?』

「おや」

 サトルは苦笑した。

「意外なことを聞かれたように思いますが」

『え!? べ、別に、そういうつもりじゃ』

「どんなつもりでしょう? 私は少しばかり自惚れてもいいのでしょうか?」

『さ、サトルさん? 何か変だよ!? あたしは、ただ――』

 そこでアンティークは、はたと気づいた。

『ねえ、サトルさん……今……笑ってた?』

 サトルがアンティークに顔を向ける。――表情はなかった。アンティークは、もはや自分の目に自信が持てなくなってしまった。

「そう……見えましたか?」

『……』

「残念ながら、今の私は笑うことができません。表情そのものを失ってしまったんです。ユエから受けた制裁によって……」

『えっ』

「私もまた、過去のピエロゲーム対象者でした」

 サトルはごく静かに告げた。

 アンティークは――

『……サトルさんは、どうして……?』

「……。昔……60年ほども前、このサーカス団には、とても美しい歌姫がいました」

『“歌姫”……』

「私は彼女に憧れていましたが、彼女の心は別の人の元にありました。恥ずかしながら……私はそれでもあきらめきれずに、彼女に手紙を送りました」

 ――手紙。

 “声”ではない“言葉”。それでも、言葉を追いながら脳裏に再生されるのは、書き手の“声”ということになるだろう。

「しかしある時、彼女は……殺されてしまいました。私はその遺体を隠し、それを知られたために、ピエロゲーム対象者にされました。彼女はユエにとっても大事な姉だったんです。とはいえ……彼女を殺したのもユエ自身でしたが」


        ――新しいパントマイムを覚えました

           窓越しでは表情しかわからないと思うけど

             きっと楽しい気持ちになれる


「まだ……思い出しませんか?」

 困惑のあまり黙り込むアンティークを、サトルが呼んだ。

「それとも、思い出したくありませんか? ――アン。“サーカス団一の歌姫”」


         ――ありがとう、笑顔のすてきなピエロさん――


『……サト……る……?』

 頭の中が真っ白になり――

 そして暗く。最後は波紋のように赤い色が広がって。

 アンティークは熱に浮かされるように、つぶやいた。

『あたし……あたしは……!』



         ++++++



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