ピエロゲーム -3-
「ひゃははっ! 死ね!!」
どこからか魔法のようにナイフを取り出し、マジシャンが高く笑う。
背筋が寒くなるような大ぶりの刃を振り回す。闇雲かと思いきや、徐々にセイジ達を部屋の隅へと追いつめていく。
そしてついに、セイジの背がとんっと壁に当たった。
マジシャンの顔が狂喜に歪んだ。
「とった!!」
マジシャンは頭上にナイフを振りかざし――
その場で、ぴたりと動きを止めた。
「な……!?」
「サンキュ、アンティーク」
マジシャンの身体は青い光に包まれていた。それは、美しい人形の瞳と同じ色だ。
アンティークの“視線”は、動きあるものの動きを止める。
形勢は逆転した。セイジはぐっと身を沈め、膝を燕尾服の腹にたたきこんだ。マジシャンは白目を剥いてその場にひっくり返った。
相手が動かなくなったことを確認し、セイジはゆるゆると息を吐いた。
「マジで襲いかかってきやがった……」
『怖かったね。顔が』
「まともな奴の顔じゃなかったよな。弱かったけど。……さっきのピエロは?」
『もういないみたい』
セイジは舌打ちし、がしがしと頭をかいた。
「参った……なんだってこんなことに……」
『逃げ延びるっていっても…これからどうしたらいいのかな』
「よし、現状整理だ。……要は団長の制裁から逃げればいいだけで、襲い掛かってくる他の団員は一発くらわせとけばいーんだろ?」
『……ほんとにそれだけでいいのかなぁ』
「いいんだよ。それより、早く団長に会いに行くぞ」
セイジの宣言に、アンティークが一呼吸分ほど絶句した。
『え!? なんか言ってること矛盾してるよ? 制裁からは逃げるんでしょ?』
「俺がリストに載ったのは手違いだって言いにいくんだよ。まだ会ってもないのにさ。次の公演日までずっと命狙われながら過ごすのは嫌過ぎるぞ」
『団長さんがどこにいるか知ってるの?』
「……」
セイジはあらぬ方を見て、声のトーンを上げる。
「ほ、ほら! このサーカス館のどこかにいることは間違いないんだし、館内を探してりゃ見つかるだろ! ……顔知らないけど……」
『……大丈夫かなぁ……』
アンティークは完全にあきれた様子だった。セイジはごまかすようにその肩をたたいた。
「と、とにかく、手当たり次第団長を探しに行くぞ! な!」
勢い込んで部屋を出る。幸い、廊下に人影はなかった。
それでも充分に警戒しながらゆっくりと進んでいく。いくつか他の部屋の前を通りすぎていくと、フェンスの向こうに梯子が見えた。
「これを上ったところで袋叩き……とかな」
『でも、ここもやっぱりあぶないよ。狭いから逃げ場もないし』
「わかってるよ」
そう言いつつ、セイジはじっと出口を見上げていた。
「……なあアンティーク、さっきのピエロだけど。あの顔……」
正面に相対した瞬間を思い出し、眉根を寄せる。
「あれで素顔……だったよな?」
『ていうか、たぶんお化粧だよね。でも、まるで仮面みたいだった……』
アンティークの感想もセイジと変わらないようだった。
造作の整った、美しい、しかしぴくりとも表情の動かない顔。
「味方です」と口が動いたことがいっそ不思議だった。
『セイジ。……行こう?』
アンティークがなだめるように言った。セイジはこれ見よがしに「はーっ」とため息をついてから、もう一度梯子を見上げた。
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