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・ PIERROT ・  作者: 高砂イサミ
第10章
46/117

紅の猛獣士 -5-


 黒猫は右へ左へと複雑な道のりを進んでいった。もう戻れないのではという不安はあったが、今のところ敵の姿もない。そういう道を選んでいるらしい。

 そしてセイジ達がたどり着いたのは、石の玉座の前だった。

 周りより一段高い岩畳の上に、椅子の形状をした岩があり。

 その横には、1頭の獣が控えていた。

「おい、赤いライオンがいるぞ!」

「グレン……!」

 カナがぎくりと硬直した。セイジはカナとライオンを見比べた。

「グレン? あのライオンの名前か?」

「はい、コウの愛獅子ですよ。そして炎のステージで唯一カナに殺されなかった獅子です。もっとも……焼かれても生きていた、というだけですが」

 ライオンが頭を上げた。セイジ達の姿を見てゆらりと体を起こす。

『猛獣士さん……いないね』

「おかしいですね。散歩でもしているんでしょうか?」

「さ、散歩……?」

「そういう人なんです」

「ってつまり、これ無駄足ってことか!?」

 そうこうする間にも、グレンはセイジ達を見据え、唸り声を上げて、じりじりと近づいてきていた。

「グルルルルルルル……」

『ら、ライオンさん、お腹減ってるみたいだよ?』

「ま、待て! 俺は食ってもうまくないぞ!」

 グレンが矯めるように身を沈めた。戦慄が背筋を駆け、セイジは思わずクロウナイフを抜いた。

 その時だった。

「グレン、ストップ」

「!?」

 凛とよく響く声は、セイジ達の背後からだった。

 グレンがおとなしくその場に伏せる。セイジはそろそろと、構えを解いた。

 そして。

「……あれ? もしかして今話題のセイジさん? もうこんなとこまで来てたんデスカ」

 セイジ達が来た道を、赤い髪の青年が飄々と歩いてくるのが見えた。

「わ、話題……なのか? それよりお前が『猛獣の間』の主人か?」

「はい。どうもハジメマシテ。……えーと……」

 少し離れて立ち止まった青年は、不思議そうに首をかしげた。

「僕、誰でしたっけ?」

「は!? コウじゃないのか!?」

「あ、それそれ。なんだ知ってるじゃないデスカ」

 コウは笑って、セイジを、サトルを――最後にカナを、ひととおり見渡した。

「スミマセン、ちょっと忘れっぽいもので……」

「自分の名前忘れる奴、初めて見たぞ……物忘れってレベルか?」

『重症だね……まだ若いのに……』

「ところでご用はなんでしょう。――とりあえず戦闘デスカ?」

「ちょ……っ!?」

「待って下さい、コウ。私達はあなたと戦いに来たわけではありません」

 サトルが遮った。コウはぱちぱちと瞬いて、本気で安心したようにため息をついた。

「それは良かった。実は戦うのとかあんまり得意じゃないんデス」

「お前やる気があるのかないのか、どっちなんだ!」

『な、なんかよく掴めない人だね……』

「さて、それなら引き止めても悪いですし、とっとと次へ行ってクダサイ」

「ちょっと待て! 重要なこと聞いてないっての!」

 セイジは慌ててそう言ってみたものの、どうにも、悪い予感しかしなかった。

「お前、団長の居場所、とか……知ってるのか……?」

 コウは、ちょっと遠くを見るようにした。

「ふむ、知ってたんですが……」

「! ほんとか!? どこにいるんだ?」

「忘れてしまいマシタ」

「お約束かよ!!」

 セイジはがっくりと膝をついてしまった。

「おやセイジさん、なかなかノリがいいんデスネ」

「ちょっと黙ってくれ……けっこう死にそうな思いしてここまで来たんだぞ」

「大丈夫、まだ生きてるじゃないデスカ。それに……そんなに焦らなくても、むこうから会いにきてくれマスヨ」

「……どういうことだ?」

 セイジは顔を上げた。コウははぐらかすように肩をすくめた。

「まあまあ。すぐにわかりマス。それより、次はどちらへ?」

『えーと、順番からいくと……?』

「残すところは、『玩具の間』『死者の間』の2つです」

 サトルが言って、コウがうなずいた。

「ほー、玩具デスカ。なら……ハンデでもあげようかな」

 突然、セイジは背後からのプレッシャーを感じた。振り向けばあの赤い獅子が、狙いを定めるように低く身構えている。

「なっ、お前っ!?」

「グレン!」

 主の一言で、グレンが動く。大きく跳んで鋭い爪を一閃させ――

 サトルの胸を、切り裂いた。

「ぐ……っ!!」

 サトルは後ろに倒れ込んだ。しかしすぐに身を起こし、治癒の光を己に当てる。

 セイジとカナはサトルに駆け寄った。

『ひどい出血……!!』

「サトル!? 大丈夫か!? ……おいてめぇ! 何がハンデだ!!」

「別にあんたらのハンデとは言ってませんヨ」

 『猛獣の間』の主は、それでもにこにこと笑っていた。 

「どうでもいいけど、早くどこかで手当てしないと……そのピエロ、死にマスヨ?」

『そうだよセイジ、1回戻ろう! サトルさんが死んじゃう!!』

「くっそ……!」

「あ、戻るんでしたら、こちらからドウゾ」

 ぱちん、とコウが指を鳴らした。そのとたん、噴火口の風景は姿を消し、石の玉座と赤い空だけが残る。出口はすぐそこに見えていた。

「……いろいろ、言ってやりたいことはあるけど……!」

 きつくコウを睨みつけてから、セイジはサトルの肩を支えた。ここは退散するほかなさそうだった。

 が――

「ちょっと……先に戻ってて」

 カナが前に出て、コウの正面に立った。

 セイジは出かかった言葉を呑みこみ、ほんの一瞬、唇を噛んだ。

「……すぐ来いよ!」

「わかってる」

 セイジとサトルは、コウとグレンの横をすり抜け、出口へ向かった。

 それを追っていったコウの視線が、やがてカナに向けられた。

「……まだ何か?」

「私のことは……忘れてない……?」

 カナの声は緊張に震えていた。コウはグレンに目を落とし、たてがみをなでた。

「さぁ? どうだろーねェ」

「私を見ても顔色ひとつ変わらなかった。これで……もし私のことを覚えてたら、最低の男だ」

「……。名前はカナ。団長の娘で踊り子。炎のステージから会っていない」

「!!」

「最低の男ですカラ」

 曖昧な記憶しか持たない彼が、炎のステージを忘れずにいることが恐ろしいのか、自分を忘れずにいてくれたことが嬉しいのか――

 カナにはもう、よく分からなかった。

「相変わらずだけど、何考えてるのか分からない奴だ……」

「僕は単純デスヨ。あなたが思ってるよりもずっと。……さぁ、早く戻ってクダサイ。僕の側にいないほうがいい」

「それはコウの希望……?」

「もちろん。殺されたくないですカラ」

「……わかった。じゃあ、もう1つだけ教えて」

 カナはあの鞭を、前に掲げた。コウはそれを見て――

「ええと。……なんでしたっけ、それ?」

 そう、言った。

 カナは無言で鞭を腰帯に戻した。そしてコウと目を合わせないまま、出口の方へ歩き出す。

 その途中で、一度だけ、立ち止まった。

「コウ」

「ん?」

「……忘れないで」

 ふり向くことはしなかった。赤い視線を感じながら、カナは『猛獣の間』を出た。

 地上への階段を上がると、先に行った3人が待っていた。サトルの出血は一応止まっているようだが、メイクの上からも分かるほど、顔色が悪い。

「ごめん……待たせて」

「サトルの部屋に戻るぞ。さすがにこの傷はヤバいだろ」

「うん」

 血の臭いにざわめきだした調練場を、セイジ達は可能な限り急いで通り抜けた。

 セイジはカナの様子をうかがった。カナは、じっと何かを考えているようだった。



         ++++++



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