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・ PIERROT ・  作者: 高砂イサミ
第10章
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紅の猛獣士 -4-


 セイジは、ひとまず『猛獣の間』から出ようと言った。それに反対したのは、他でもないカナだった。

「お願い……ちゃんとするから。少しだけ、待って」

「戻るにせよ進むにせよ、セイジ、あなたにも少し休息が必要です。……その間に、決断を」

 ――それからカナは、1人で少し離れたところに腰を下ろし、じっとうつむいている。

 セイジもアンティークも、かける言葉を見つけられずにいた。

『ねえ、サトルさん。なんでカナちゃんはあんなに炎を恐がるの? 知ってる?』

 アンティークは代わりに、サトルに尋ねた。セイジもずっと気になっていたことだった。

 サトルはちらりとカナを見やった。

「……『炎のステージ』ですよ」

「炎のステージ……あれってカナとどう関係あるんだ?」

「あれは……見た者は誰しも忘れられない、2年前に行われた公演です」

 ゆっくりと言葉を探すように、サトルは語り始めた。

「演目としては、コウの猛獣ショーでした。そこにカナも、踊り子として、一緒にステージに立ってたんです。もともと猛獣ショーは人気の演目で、その日も観客は満員だったのですが……」

「……何があったんだ?」

「カナが……演戯中に、猛獣を次々と焼き殺していったんです」

『え!?』

 高い声を上げてしまったアンティークは慌てて口をつぐんだ。

 セイジは――声も出せなかった。

「ステージの上で……コウの目の前で」

「なんで……カナがそんなこと……誰も止めなかったのか?」

「その光景があまりにも異常だったので、しばらく誰も動けませんでした。……少女が泣きながら、猛獣を殺していく様子を……」

『うそでしょ……?』

「あれからカナはもうステージに立つことはなくなりました。他の団員からも避けられてますし……」

「そういうことかよ……!」

 セイジもカナを盗み見た。カナの肩は、今も細かく震えている。

「皆カナが気が狂ってやったのだと思っていますが、あれは……恐らく、ユエの差し金です」

「ユエ……母親の!?」

「ユエはカナに異常な愛情を抱いているようなのです。それこそ首をほしがるような、歪んだ愛情ですが。……どうせ、コウとの関係に気付いて引き離すために、カナにあんなことをさせたのでしょう」

「歪みすぎだろ!」

『でもいくらお母さんに言われたからって、そんなことするとは思えないよ!』

 2人がかりで抗議され、サトルは重く首を振る。

「カナにとってもユエはまた、特別な存在ですから。生まれた時からこのサーカス団で育ち、身体がユエに逆らえないのでしょう。だからといって、あんな惨い方法で別れさすとは思いませんでしたが……」

「……つまり、カナがあんなに炎を恐がっているのは……」

「罪の意識からでしょう」

 サトルの口調に、憐れみが滲んだ。

「炎を見るとあのステージのことを思い出すんでしょうね。獣たちの断末魔、肉の焼ける臭い……私たちから見ても地獄絵図でしたから」

『そっか……そうだよね。好きな人の大切なモノを奪ってしまったら、辛くないはずないよね……』

「……!」

 思わず、セイジは立ち上がった。

 カナに歩み寄ると、カナは膝を抱えたまま、消えそうな声で言った。

「……聞いたんだ。炎のステージ」

 セイジはカナの横に膝をついた。

「お前だけが、悪いわけじゃないだろ」

「知ってる……だけど……」

「だけど?」

「猛獣達を、殺したことも……コウを傷つけたことも! 私が自分の手で……! あの時のコウの顔、忘れられない……!」

「それでも……会いに行くんだな? どうしてだ?」

 カナはようやくセイジを見た。

 そして、腰につけていた鞭を手に取った。

「知りたかった、から。これがどういう意味なのか……」

「どういうものなんだ、それ?」

「……炎のステージで、コウが使ってたものだ。間違いない……」

「……」

 彼の運試しらしいと、これを渡した医師は言った。

 その真意は――やはり、本人にしか分からないのだろう。

 セイジはサトルに顔を向けた。

「――先に、進もう。どうしてもコウには会っておかなきゃならないみたいだ」

「にゃあ!」

「しかし、どのように進むつもりですか?」

「まっすぐ行く分には迷うこともないだろ。行って、何もなければ引き返して、方向を変える。相当時間はかかるかもしれないが……」

「にゃうっ」

「……って、は?」

 セイジの目が点になった。

 視線を徐々に下げていく。と、セイジの足元で、まっ黒な猫が長い尻尾を揺らしていた。

「え、何お前? いつからいた?」

「うにゃっ!」

 黒猫はととっと進んで、少し離れたところでまたセイジを見た。その動きは、『巨人の間』にいた黒毛の猿を彷彿とさせた。

 セイジは身をかがめ、低いところから猫を見た。

「もしかして……案内してくれるのか?」

「にゃあ!」

 これ以上にないいい返事だった。一拍置いて、セイジは苦笑した。

「信じてみるか」

「あんた、またそういう……」

「――いえ。私も賛成します」

 サトルが来て、猫を指さした。

「よくできていますが、あれは生身ではありません。おそらく機械仕掛けです」

「マジか!? あれが!?」

「誰のどういう意図かはわかりませんが……」

「道を教えてくれるんなら、なんでもいいさ」

「……何かの罠かも」

 カナがぽそりと言って、セイジはそれを笑い飛ばした。

「上等じゃないか!」

「あんたって本当、馬鹿だ……」

 やっと、カナの表情に、わずかながら笑みが戻った。



         ++++++



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