紅の猛獣士 -3-
ライトの当たらないステージ上に、じっとたたずむ影があった。
赤い髪と赤い瞳。
全身に刺青を刺した精悍な雰囲気の青年は、ただひたすらに、客席を見つめていた。
「……おや? また珍しい人が来た」
ふと口を開いた後に、青年は舞台袖へと視線を移す。
仮面の小柄な女――ユエは、ちょうど姿を現したところだった。
「自分の館を歩くのがいけないことなのかしら?」
「イエ、どうぞお好きに。あなたの館ですカラ。……今はね」
「あなたこそこんなところで、何をしているの」
「……散歩カナ? じっとしていると色んなことを忘れてしまうんデスヨ」
「あらぁ。それは大変ねえ」
ユエは低く笑った。青年もにっこりと笑い返した。
「あなたの『オモチャ』はどうしたんデスカ? 今日は一緒じゃないんデスネ」
「セイジくんの後を追わせているわ。なかなか働いてくれるわよ?」
「あんまり『オモチャ』で遊びすぎると、いつか壊れてしまいマスヨ?」
「形あるものはいずれ、壊れる運命だわ。壊れる前にカナちゃんの首を持ってきてもらえばいいの。……もし『オモチャ』が壊れてしまっても、あの娘の首は必ずあたしのモノになる運命だけどね……?」
「あらら。アオイも可哀想に」
「そんなことより、コウ。もう聞いたかしら?」
なおくすくすと笑いながら、ユエは一歩ずつ、青年に歩み寄っていく。
「ピエロゲーム対象者のセイジくん…あたしを探して『5つの間』を回っているらしいの。ついさっき、あなたの『猛獣の間』に入ったわ?」
「あ、それはマズイ。グレンを置いてきたから、もしかして食い殺してるカモ」
「くれぐれも、まだ殺さないでね? 適当にあしらって、次へ行かせてちょうだい」
不意に、コウは笑みを消した。
「『5つの間』を回らせることで……制裁内容と、自分が背負ってるモノの重さを気付かせるために?」
「あら」
すっと、ユエのまとう空気が冷えた。
「生意気に……気づいていたのねえ」
「たぶん他の連中もネ。それと、もう1つ」
「なあに?」
「あまり首ばかりを夢中で追いかけまわしていると、気づけませんヨ?自分の手足がもげかかっていることに……」
「……どういうこと?」
「さぁ?」
「コウ。……悪いコね」
突然ユエのローブの袖から、コウめがけて何本もの蔓が伸びた。
「お、……っと!」
蔓はコウの手足を絡め取り、無理やり床に両手をつかせた。
ユエは赤い髪を鷲づかみにして、息がかかるほど近く、顔を寄せる。
「あなたも首輪をつけて、鎖で繋いでおけば良かったわ」
応えたのは――炎のような真紅のまなざし。
「あいにく僕は『猛獣』ですから。繋いだ鎖など引きちぎってしまいマスヨ」
「フフフ……そう?」
「っ……」
コウはわずかに顔をしかめた。蔓が締まってきりきりと皮膚に食い込んでくる。
「あなたが恐れていいのはあたしだけ……そうでしょ? それはまだ忘れていないわね?」
「……あなたが忘れさせてくれませんカラ」
「まあいいわ……もう少しおしおきしてあげたいけど、今はやってもらうことがあるから」
するりと蔓がしまわれ、コウは手首をさすりながら立ち上がった。
「ふう。……それじゃあ僕は、『猛獣の間』へ戻りマス。ユエさんも団長室へ戻られるのならお気をつけて」
「あら、ありがとう。そうね、たまにはエスコートしてもらおうかしら?」
「……僕が一緒にいたら余計に不用心でしょう?」
「ウフフ……残念ね」
ユエの姿が先にかき消えた。コウも手と膝を軽く払い、何事もなかったかのように歩き出した。
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