紅の猛獣士 -2-
――気配が消えたことを確認したセイジは、その場にがくりと膝をついた。
「はぁっ、はぁ……っ!」
『セイジ! 大丈夫!? セイジ!!』
「アンティーク……今の、お前か?」
呼吸を整えてからなんとか脚を立たせ、セイジはアンティークを拾い上げた。汚れを払ってやると、アンティークは泣きそうな気配で答えた。
『そう、そうだよ! 良かった……セイジが無事で!』
「お前そんなことできたっけ?」
『前はできなかった。でも、ヨシタカさんにもらった“ボレロ”から、力がわいてきたみたい!』
「――そうだ、カナは……」
セイジはふらふらとカナに歩み寄った。カナに寄り添っていたサトルが立ち上がる。
「カナ……?」
「だいぶ落ち着いたところです。それよりセイジ、早く手当てを!」
「そうか……よかった……」
ぐらりと傾いたセイジの身体を、サトルが受け止めた。
「肩、痛ぇ……」
「あなたという人は……」
「セイジ……怪我したの……?」
岩にもたれてサトルの治療を受け始めたところへ、まだ青い顔のカナがおそるおそる寄ってきた。セイジは指先を振って笑って見せた。
「大したことないって。腕動くし。……泣くなよ、襲われたのはお前のせいじゃないから」
「泣いてない」
ぐっと涙をこらえる表情で、カナは両手を握りしめた。
それでも普段の調子には戻ったようで、セイジはほっと息を吐いた。
「あーだけど、これじゃ先が思いやられるな……この分だと目印はつけられねーし、1回戦っただけでこのありさまって……」
「――なぜ殺さなかったんです?」
治療の手を休めることなく、サトルが言った。かなり厳しい口調だった。
「あなたほどの腕があれば、やろうと思えばできたはず。……獣といえど、生き物を殺すことには抵抗を感じますか?」
「当たり前だ。何も殺さなくてもいいだろ。なんとか方法を考えれば……」
「殺さなければ殺される――そういう場面もあります。多少の犠牲を覚悟しないと、生きてはいけませんよ」
「……じいちゃんとの約束なんだ」
セイジはまっすぐに、サトルを見た。
「俺は――殺しだけは、絶対にやらない」
「自分の命を落としても、ですか」
「やらない」
「……」
「だけど、俺も死なない。そうならないように、考える。そのための頭だろ」
サトルがセイジから手を離した。
そして、長々とため息をついた。
「それなら……本当に、もっとよく考えてから動いて下さい。いつもスタンドプレーがすぎますよ」
「……え?」
「私もある程度は戦うことができます。敬老精神は不要です。しかしあなたが無鉄砲に飛び出した後では、手を出しづらい。いつもカナがあなたに合わせているのは、カナだからこそと理解して下さい」
「あれ、そうなのか? 悪い……」
ごく素直に謝ったセイジを見て、サトルは、はっきりそうとわかるほど目を和ませた。
「もう動けますか」
「ああ。ありがとな。……ところで、1つだけ分かったことがあるんだ」
セイジは体を起こし、そろそろと、倒れている金色の虎に近寄っていった。
『な、何してるの?』
「ちょっと爪を借りようかと」
金虎の手を持ち上げたセイジは、肉球を押して爪を出させた。
それを、自分の腕に当てる。
「っ!」
「ちょっと!?」
爪はセイジの二の腕を薄く裂いた。
――すべて、知っているんだ
何度もユエがつぶやいて
仮面の女 目に映る赤、朱、紅
恐怖を 忘れさせ
地獄の先の地獄 炎
強靱な 記憶 を――
「セイジ、何をしてるんです!」
サトルに手をつかまれた。――この様子では、サトルには聞こえなかったのだろう。
「やっぱりか……」
「何がですか」
「ここの想念は“痛み”の中にある。……それにしても……」
ずいぶんと断片的な、虫食いのような想念だった。不確かで意味は取りづらい。
ただ、赤いイメージだけが鮮烈で、ひどく不安になる。
「想念のカタチといい……一体どういう奴なんだ、コウってのは……」
セイジは血の滲んだ腕を眺めながらつぶやいた。
++++++




