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・ PIERROT ・  作者: 高砂イサミ
第10章
42/117

紅の猛獣士 -1-



   たとえ一緒にいられなくても 忘れさえしなければ



         ++++++



   ごめん

   守れなくて――



         ++++++



 『猛獣の間』は、火山の噴火口を思わせる様相だった。赤からオレンジにかけてのグラデーションの空の下、ごつごつとした岩場が見渡す限りに続き、ところどころの裂け目は真っ赤に輝いている。

 そして――静かだった。

 物理的にではない。感覚的に、胸が痛くなるほどに静かだった。『巨人』『水槽』で感じたような主の気配がここにはない。

「これはこれで、なんか不気味だな。サトルの説を借りるなら……想念が空っぽって感じじゃないか?」

「コウは、恐怖を感じないように訓練されてるって……聞いたこと、あるけど」

「それと彼は、ひどく物忘れが激しいそうです。そのせいでしょうか」

「まあとにかく進んでみるか。見る限りは敵もいなさそうだ」

 とはいえ例によって、行くあてはまったくない。しかもずっと似たような風景が続いているので、迷い込むのは簡単だろう。

 セイジは『水槽』の時を思い出し、ひとまず、手近な岩にナイフで目印を刻もうとした。

 ――瞬間。

「うぁっ!?」

 炎が高く噴き上がった。セイジはとっさに身を引いたが、袖が焦げてわずかに皮膚を焼かれる。

 と同時に、背後からカッと青い光が差した。照らされた炎はすぐに勢いを弱め、巣に戻るように岩の中へと収まった。

「び、びっくりした!」

『今の青い光……水のおまじないかな?』

「セイレーンに感謝だな……!」


                ――カナ――


「……え?」

『! セイジ、カナちゃんが!!』

 セイジははっとふり返った。

 カナはぺたりと座り込み、自分の身体を抱いてがくがくと震えていた。

「カナ? ……おい!」

 肩をつかんで揺すってみる。ぱっと顔を上げたカナは、焦点の定まらない目をセイジに向けた。

「い……いやだ……やっぱり恐い……!」

「お前、こんな……ここまでダメなのか……!?」

 さすがに責任を感じたセイジは、両手でカナの頬をはさみ、しっかりと目を合わせた。

「悪かったよ、一度外に出よう! 立てるか?」

「う、あ……」

 カナの視線が動いた。――セイジの腕の、火傷の痕に留まる。

「やっ……」

 カナは、両手で頭を抱えた。瞳から光が消えた。

「いやぁ――――――――――ッ!!」

「カナ!?」

「ごめんなさい……! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

「おい落ち着け! どうした!?」

「――セイジ!!」

 サトルが、まだ聞いたことのないような切迫した声を上げた。セイジはこちらへゆっくりと近づいてくる影を認め、ぎりっと歯がみした。

「この忙しいときに……!」

 1頭の虎が獰猛な唸り声を上げていた。金色の毛皮が異様にきらきらと輝いている。

 セイジはカナの腰からクラブを1本取り上げた。

「カナ、借りるからな。……サトル! カナを頼む!」

「セイジ、あなた1人では……!」

 サトルの焦り声は完全無視で、セイジは猛獣に相対した。

「なあアンティーク、あれって本物か、それとも他のとこみたいな幻か、どっちだと思う」

『……わからない』

「そっか。じゃあやっぱり、殺すわけにはいかないな。……頼むぞアンティーク」

『はい!』

 じりじりと間を詰めていた虎が、咆哮と共に跳んだ。

 セイジも虎に向かって飛び出した。その勢いでスライディングして虎の腹の下をくぐる。

 そしてすれ違いざま、クラブで白い腹を思いきり突き上げた。

 「ギャッ」と悲鳴が聞こえた。

 虎は横ざまに転がって、苦しげに唸っている。

「悪いな……おとなしくしてくれ!」

 アンティークの“視線”の光が虎の身体を包む。セイジは駆け寄って、虎の頭にクラブを振り下ろした。

 金色の虎は、動かなくなった。

「……ふー、なんとか……」

『――あっ!!』

 油断していた。

 背後から飛びかかってきた銀色の影に、セイジは反応しきれなかった。

「つっ!」

 かろうじて体を返したセイジは、正面から銀色の虎に押し倒された。アンティークが弾かれて地面に落ちる。真っ赤な口が大きく開いた。とっさにクラブを噛ませて牙を防ぐが、両の爪は容赦なく肩に食い込んだ。

「いっ、て……っ!」

『セイジ……セイジ!!』

「あ、アンティーク、大丈夫か!」

「セイジ! 相手は獣です――殺してください!!」

 サトルが叫んだ。セイジはじりじりと近づいてくる牙を見据えながら、怒鳴り返した。

「イヤだ!!」

 その時――


   ……ねぇ、コウ。次の公演、あなたのステージに

   カナちゃんもたたせてあげて?


   大丈夫、あのコも随分演戯が上手くなったのよ

   それに……

   面白いパフォーマンス、見せてくれるそうよ?


「な……んだ、今の」

『セイジ――――っ!!』

 アンティークの悲鳴のような声が聞こえた。

 突然、銀色の虎が弾かれたようにセイジから離れた。

 セイジは跳ね起きた。しかし虎は、何か見えないものに襲われているように、右へ左へと飛び跳ねる。

 何が起きているかは分からなかった。それでも、これ以上の好機はない。

 セイジはビッグの時と同じように、力いっぱいクラブを投げた。

 クラブは虎の鼻面を打った。銀色の虎は「ギャウッ」と一声上げて逃げ出した。



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