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・ PIERROT ・  作者: 高砂イサミ
第9章
41/117

記録 -4-


 左脚の棟を『胴体』の方へ歩きながら、セイジは天井を見上げた。

「すげー慌ただしかったけど、収穫があったようななかったような……」

「私の部屋にもアナログのビデオ機器はありません。あるとすれば団長室か……あるいは……」

「ならいっそ、先にユエを探した方がいいかな」

 『胴体』に出た。空はもうすっかり暗い。

 セイジは大きく伸びをして、サトルとカナをふり返った。

「『5つの間』の方に戻ろう。次は『猛獣の間』だったよな? 俺はついさっきまで寝てたからこのままでもいけるけど、お前らはどうだ?」

「……」

「ん、カナ?どうした?」

 カナが冴えない顔でうつむいている。

 と、唐突に、サトルがぽんと手を打った。

「すみません、ゲンのところに忘れ物をしてしまったようです。一度取りに戻りたいのですが」

「え? ああ……」

「ついてきてもらえますか、セイジ。……カナは少しだけ、ここで待って下さい」

「は!? ちょっと待て、サトル――」

 有無を言わせず、サトルはぐいぐいとセイジを引っぱっていく。カナを見やると、あからさまに不審な表情をしているのがわかった。

 そして近くの壁の陰に入ったところで、セイジはサトルの手を振りはらった。

「いきなりなんだよ」

「セイジ、次の『猛獣の間』について少し相談があります」

「……カナ絡みか?」

 サトルはうなずいた。

「カナは私の部屋に置いていくことをお勧めします。『猛獣の間』には3人で行きましょう」

「! そんなことできるかよ!」

「カナが炎に対して強い恐怖心を持っていることは、あなたも気付いてますね?『猛獣の間』を司るのは炎の猛獣士コウ……カナを連れて行っても足手まといになるだけです」

 セイジは工房でのカナの反応を思い返した。

 炉の炎を前に、真っ青になって震えて、身動きもできないような状態だった。

「……あの部屋が安全なのはわかってるが……狙われてるのは俺だけじゃない。カナもアオイに首を狙われてるんだ」

 セイジは、ついさっき見た夢の残滓も思い出す。

 背筋を這う冷たさがよみがえり、思わず身震いした。

「カナは連れて行く。足手まといでもいいさ、1人で置いていくよりはな」

「そうですか……分かりました」

 サトルはうなずいた。無理に止めるつもりはないようだった。が――

「ただし、彼女は行きたがらないかもしれません」

『どうして? 炎が恐いから?』

「それもありますが、先ほど言った5人のうちの1人、猛獣士コウ……彼はカナにとって最も会いたくない人間だと思いますから」

「そんなに嫌いな奴なのか?」

「……その反対ですよ」

「は?」

『……好き……ってこと?』

 アンティークの一言に、セイジはぽかんと口を開けた。

「はい、恐らくむこうも。今はどうだか知りませんが」

「まじか!? べ、別にいいんだけど……!」

 セイジは自分の動揺ぶりに自分で驚いた。

 しかし、サトルに真剣な目を向けられて、無理やりそれを押し殺す。

「あまりそのことは気にしないで下さい。コウはコウで、とても危険な相手です」

「強いのか?」

「本人の強さは分かりませんが、彼の合図1つで館のすべての獣が牙を剥きます。特に『猛獣の間』にいるのは獰猛な肉食獣……エサにならないよう気をつけて下さい」

 まるで怪談でも語るような口調に、セイジは首をすくめた。

「行く前にビビらせるなよな……」

『でも、そっか、カナちゃん恋人がいたんだ~』

「意外だよな!」

「言っておきますが、あの2人はそんなロマンチックなものじゃありませんよ」

 サトルはちらりとカナのいる方を見た。

「くれぐれも油断はしないでください。コウは、普段は静かな炎のように揺らめいてるだけですが、いざとなったら文字通り牙を剥く。眠れる獅子のような男です」

「……分かった」

 セイジとサトルは棟の入口に戻った。

 と同時に、セイジは直球でカナに訪ねた。

「カナ、次の『猛獣の間』も一緒に行ってくれるか?」

 カナはぴくりと眉を上げた。

「なんでそんなこと聞くの?」

「あ、いや……」

『だって次の猛獣士さん、カナちゃんの恋人って……』

「――このピエロ!!」

 それだけですべてを察したらしく、カナは力いっぱいサトルを睨みつけた。サトルがホールドアップするほどの迫力だった。

「そのことは2度と言うな!」

「わ、分かった。でも、『猛獣の間』は一緒に来てくれるよな?」

「……」

「頼むよ」

 カナは自分の腰に触れた。そこには、医師から受け取ったあの鞭を帯びていた。

 そして1度、目を閉じた。

「……わかった。一緒に行く」

「そっか! よかった……」

「行くなら今のうち。ここの猛獣は昼起きてるように訓練されてる。たぶんだけど……夜の方が安全だ」

 カナはさっさと歩き出した。セイジは慌てて後を追った。

 そして『胴体』の中央近く、頑丈そうな造りの建物の前で立ち止まる。扉の横には『獣調練場』の張り紙があった。

「この奥に入口があるはずです。静かに、中へ……」

「……うわ」

 サトルが扉を開くと、屋内には所狭しと鉄格子が並んでいた。ライオン、虎、熊のほか、小動物もいるようだ。多くは眠っているが、何頭か、頭をもたげて低く唸り声を上げるものもいた。

「全部が起きては騒ぎになります、急いでください。……こちらですね」

 奥の鉄格子には扉がなかった。代わりに立て看板がある。

 

          『危険!! ここより先、猛獣の間』


「この先だな、看板どけるぞ。……ものすごい火薬のニオイだな」

「猛獣ショーに炎の演出は欠かせませんからね」

 鉄格子の内側には階段があった。下ればさらに、梯子のかかった地下への入口がある。

 底の様子をうかがうと、暗い穴の向こうで、赤い光が揺れていた。

「……」

 カナはもう緊張気味に身体を固くしていた。

 セイジはその頭にぽんと手を置いて、ポケットから青い塊を取り出した。

「カナ、これお前が持ってろ」

「これはセイレーンからもらった……」

「人魚のお守りだからな。炎には効くんじゃないか」

「こんなもの、一時しのぎだ。気休め程度にしかならない」

「いいから」

 強引に手の中に押しこむと、カナはそれをきゅっと握った。

「まぁ……持っててあげないこともないけど……」

「……。大丈夫、早く終わらせてすぐに戻ってこような」

「……うん」

 いつになくカナが素直なので、セイジはさらに、くしゃくしゃと頭をなでてみた。

 とたんにカナの裏拳がのど元を襲い、激しく咳き込むはめになった。



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