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・ PIERROT ・  作者: 高砂イサミ
第9章
39/117

記録 -2-


 ゲームの最初に上がった梯子を、今度は逆に下りていく。

 “A”という男の部屋はそこから一番近いところだった。たどり着く頃には、セイジの夢見の悪さもどうにか払拭されていた。

「ていうか、“A”って本名じゃないんだろ?」

「はい。ただ、本人がそう名乗っているので」

「まだ部屋にはいないみたいだな……」

「普段それほど遅くまで飲んでいないようですから、もうすぐ戻ると思います」

 部屋には鍵がかかっていた。他に人の気配もないため、セイジ達は男の帰りを待つことにした。

 そこでセイジはふと、BBSのことを思い出した。

「そうだサトル、聞いときたいことがあった。さっきホームページ見てたら、『ユエは団長じゃない』みたいなことが書かれててさ。すぐ消えちまったんだけど……何か知ってるか?」

「!?」

 驚きに目を見開いたのはカナで、サトルはそれを横目に、平然とうなずいた。

「知っている者は知っているのですが――正式には、このサーカス団の『団長』は、前団長が引退なさってから60年間空席です」

「は……60年!?」

『そうだったの……?』

「団長になるためには前団長の血をひいていることが条件ですから。前団長がそのように定められたんです。しかし何も知らない新人団員達が、力を持っていたユエを団長と勘違いして、いつしかそれが浸透してしまった。60年という月日は長いですから……」

「その前団長ってのは?」

「何年も前にお亡くなりに。ユエは次の団長が決まるまでの代わり……の、はずでした」

「……知らなかった……」

「けどそれ、知ってる者は知ってるって、今言ったよな?」

 にも関わらず、即座に消去されたあの記事。

 セイジの目の前で、さも意味ありげに――

「……ん、待てよ?」

 文面はセイジの書き込みと同時に現れた。確実に、セイジがBBSを見ていると分かるあの瞬間。

 まさかという思いが、セイジの脳裏をよぎる。

「俺に、そのことを知らせるため、とか……? いや考えすぎかな……」

 つぶやいたとき、カナがばっと棒を構えた。

「誰か来る」

 カン、カン、と梯子を下りる頼りない音が響いた。そして――待ち人は、来た。

「……セイジ、さん……?」

 あの白髪の男は、セイジを見て立ち止まった。

「“A”だよな?聞きたいことがあって来た」

「あぁ、セイジさん……う、ゴホッ」

 “A”はその場に膝を落とし、えづいた。セイジは慌てて駆け寄った。

「おい大丈夫か、また悪酔いしてんのか?」

「……」

「何か言ったか? ……また変な繰り言じゃねーだろうな!」

 若干怯えながら、前と同じように、セイジは男に耳を傾けた。

 聞こえたのは――穏やかならぬ内容だった。

「私は、常に監視されています……ユエ様の目がどこにあるか……」

「!」

「今、私からは何も話せない……どうかアカネに……会ってください」

「アカネ?」

「彼女からあるものを、受け取って……」

 “A”はまたごほごほと咳き込んだ。背中をさすってやりながら、セイジは精一杯抑えた声で答えた。

「わかった。会ってみる」

「……ありがとうございます……」

 “A”はふらりと立ち上がった。サトルとカナの横を通り抜け、部屋の扉にすがりつく。

 そして。

「これだけは……言えます。どうか生き延びて下さい……!」

「……ああ、サンキュ」

 男の姿が扉の向こうに隠れると、セイジはくるりときびすを返した。

「行くか」

「いいのですか」

「ここでの用は終わった。……ところでサトル、アカネって誰のことか分かるか?」

 サトルも何かを察したようだった。セイジに合わせて声をひそめる。

「アカネは『胴体』の東に部屋を持つ、団員達の相談役です。カナ、あなたは一度会っているのでは?」

「!」

「ああ、ヨシタカが言ってたあの相手か」

 カナは急に不機嫌そうにして、ひゅっと棒を振り下ろした。

「何者なの、あの女」

「なんかお前……セイレーンの時といい、女に対してちょっと恐ぇぞ」

「10年以上このサーカス団にいる、古株の1人ではありますが」

「ふうん……」

「そいつと何かあったのか?」

「……別に」

 セイジとサトルは視線をかわした。サトルは「わからない」と首を振った。

「じゃあこのまま『胴体』に向かうけど、いいんだな?」

「……」

 返事がないので「了」ということにして、セイジ達はまた地上へと戻った。

 『胴体』でももう人影はまばらだった。夕闇にまぎれ、東側の壁づたいに移動する。

 目的の部屋からは細く灯りがもれていた。

「邪魔するぞ」

 誰何も待たずに部屋へすべり込むと、部屋の主はちょうど、ティーカップを手にしたところだった。

「あら――いらっしゃい」

「急に悪い。俺は……」

「知っているわ、『セイジ』。それとカナさん……またお会いできて嬉しいわ」

 アカネはカップをソーサーに戻し、優雅に立ち上がった。ふわりと、花のような香りが揺れた。

「今日は何のご用かしら」

「“A”に、あんたに会うよう言われたんだ」

「そう。それでは……」

 滑るように歩いてきたアカネがセイジの正面に立ち、両手でセイジの頬に触れた。

「あなたの運命、占ってあげましょう」

「……は?」

 燃えるような赤い瞳に見上げられ、セイジは不覚にもどきりとする。

 アカネはしばしの沈黙の後、告げた。

「あなたの運命の結果は、“混沌”。大きな力があなたを阻み、あなた自身が混沌を呼ぶ。でも……運命は変えられるものよ」

 アカネは、どこか凄みのある笑みを浮かべた。

「これをあげるわ。運命に光が差すように」

 手の中に押しこまれたものは――

「なんだ? テープ……?」

 ミニサイズのビデオテープだった。しかもアナログ式の磁気テープだ。セイジが説明を求めてアカネを見ると、アカネはひとさし指を唇に当てた。言外にこう云っているようだった。

 目が耳が、どこにあるかわからない――

「さあ、次のステージへ進みなさい。私はここにいるから、道に迷ったときはいつでもいらっしゃいな」

「……」

 セイジはテープをポケットに入れた。そしてもう一度だけ、アカネに問いかける。

「あんたは……俺達の味方なのか?」

 アカネは意味ありげに首を傾けた。

「あなた達次第、かしらね」

「……まあいいや」

 セイジはぽんとポケットをたたいた。

「よし、次はオッサンのとこにでも行ってみるか。そろそろ武器ができてるかもしれないし――」

 古い再生機器があるかもしれない。

 サトルとカナがうなずいた。それからカナがきっとアカネを睨む。

 セイジは苦笑いしつつ、アカネに向かって手を上げた。

「ありがとな。何かあればまた占ってくれ」

「ご武運を……」

 アカネの声を背に、セイジ達は部屋を出た。



         ++++++



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