記録 -2-
ゲームの最初に上がった梯子を、今度は逆に下りていく。
“A”という男の部屋はそこから一番近いところだった。たどり着く頃には、セイジの夢見の悪さもどうにか払拭されていた。
「ていうか、“A”って本名じゃないんだろ?」
「はい。ただ、本人がそう名乗っているので」
「まだ部屋にはいないみたいだな……」
「普段それほど遅くまで飲んでいないようですから、もうすぐ戻ると思います」
部屋には鍵がかかっていた。他に人の気配もないため、セイジ達は男の帰りを待つことにした。
そこでセイジはふと、BBSのことを思い出した。
「そうだサトル、聞いときたいことがあった。さっきホームページ見てたら、『ユエは団長じゃない』みたいなことが書かれててさ。すぐ消えちまったんだけど……何か知ってるか?」
「!?」
驚きに目を見開いたのはカナで、サトルはそれを横目に、平然とうなずいた。
「知っている者は知っているのですが――正式には、このサーカス団の『団長』は、前団長が引退なさってから60年間空席です」
「は……60年!?」
『そうだったの……?』
「団長になるためには前団長の血をひいていることが条件ですから。前団長がそのように定められたんです。しかし何も知らない新人団員達が、力を持っていたユエを団長と勘違いして、いつしかそれが浸透してしまった。60年という月日は長いですから……」
「その前団長ってのは?」
「何年も前にお亡くなりに。ユエは次の団長が決まるまでの代わり……の、はずでした」
「……知らなかった……」
「けどそれ、知ってる者は知ってるって、今言ったよな?」
にも関わらず、即座に消去されたあの記事。
セイジの目の前で、さも意味ありげに――
「……ん、待てよ?」
文面はセイジの書き込みと同時に現れた。確実に、セイジがBBSを見ていると分かるあの瞬間。
まさかという思いが、セイジの脳裏をよぎる。
「俺に、そのことを知らせるため、とか……? いや考えすぎかな……」
つぶやいたとき、カナがばっと棒を構えた。
「誰か来る」
カン、カン、と梯子を下りる頼りない音が響いた。そして――待ち人は、来た。
「……セイジ、さん……?」
あの白髪の男は、セイジを見て立ち止まった。
「“A”だよな?聞きたいことがあって来た」
「あぁ、セイジさん……う、ゴホッ」
“A”はその場に膝を落とし、えづいた。セイジは慌てて駆け寄った。
「おい大丈夫か、また悪酔いしてんのか?」
「……」
「何か言ったか? ……また変な繰り言じゃねーだろうな!」
若干怯えながら、前と同じように、セイジは男に耳を傾けた。
聞こえたのは――穏やかならぬ内容だった。
「私は、常に監視されています……ユエ様の目がどこにあるか……」
「!」
「今、私からは何も話せない……どうかアカネに……会ってください」
「アカネ?」
「彼女からあるものを、受け取って……」
“A”はまたごほごほと咳き込んだ。背中をさすってやりながら、セイジは精一杯抑えた声で答えた。
「わかった。会ってみる」
「……ありがとうございます……」
“A”はふらりと立ち上がった。サトルとカナの横を通り抜け、部屋の扉にすがりつく。
そして。
「これだけは……言えます。どうか生き延びて下さい……!」
「……ああ、サンキュ」
男の姿が扉の向こうに隠れると、セイジはくるりときびすを返した。
「行くか」
「いいのですか」
「ここでの用は終わった。……ところでサトル、アカネって誰のことか分かるか?」
サトルも何かを察したようだった。セイジに合わせて声をひそめる。
「アカネは『胴体』の東に部屋を持つ、団員達の相談役です。カナ、あなたは一度会っているのでは?」
「!」
「ああ、ヨシタカが言ってたあの相手か」
カナは急に不機嫌そうにして、ひゅっと棒を振り下ろした。
「何者なの、あの女」
「なんかお前……セイレーンの時といい、女に対してちょっと恐ぇぞ」
「10年以上このサーカス団にいる、古株の1人ではありますが」
「ふうん……」
「そいつと何かあったのか?」
「……別に」
セイジとサトルは視線をかわした。サトルは「わからない」と首を振った。
「じゃあこのまま『胴体』に向かうけど、いいんだな?」
「……」
返事がないので「了」ということにして、セイジ達はまた地上へと戻った。
『胴体』でももう人影はまばらだった。夕闇にまぎれ、東側の壁づたいに移動する。
目的の部屋からは細く灯りがもれていた。
「邪魔するぞ」
誰何も待たずに部屋へすべり込むと、部屋の主はちょうど、ティーカップを手にしたところだった。
「あら――いらっしゃい」
「急に悪い。俺は……」
「知っているわ、『セイジ』。それとカナさん……またお会いできて嬉しいわ」
アカネはカップをソーサーに戻し、優雅に立ち上がった。ふわりと、花のような香りが揺れた。
「今日は何のご用かしら」
「“A”に、あんたに会うよう言われたんだ」
「そう。それでは……」
滑るように歩いてきたアカネがセイジの正面に立ち、両手でセイジの頬に触れた。
「あなたの運命、占ってあげましょう」
「……は?」
燃えるような赤い瞳に見上げられ、セイジは不覚にもどきりとする。
アカネはしばしの沈黙の後、告げた。
「あなたの運命の結果は、“混沌”。大きな力があなたを阻み、あなた自身が混沌を呼ぶ。でも……運命は変えられるものよ」
アカネは、どこか凄みのある笑みを浮かべた。
「これをあげるわ。運命に光が差すように」
手の中に押しこまれたものは――
「なんだ? テープ……?」
ミニサイズのビデオテープだった。しかもアナログ式の磁気テープだ。セイジが説明を求めてアカネを見ると、アカネはひとさし指を唇に当てた。言外にこう云っているようだった。
目が耳が、どこにあるかわからない――
「さあ、次のステージへ進みなさい。私はここにいるから、道に迷ったときはいつでもいらっしゃいな」
「……」
セイジはテープをポケットに入れた。そしてもう一度だけ、アカネに問いかける。
「あんたは……俺達の味方なのか?」
アカネは意味ありげに首を傾けた。
「あなた達次第、かしらね」
「……まあいいや」
セイジはぽんとポケットをたたいた。
「よし、次はオッサンのとこにでも行ってみるか。そろそろ武器ができてるかもしれないし――」
古い再生機器があるかもしれない。
サトルとカナがうなずいた。それからカナがきっとアカネを睨む。
セイジは苦笑いしつつ、アカネに向かって手を上げた。
「ありがとな。何かあればまた占ってくれ」
「ご武運を……」
アカネの声を背に、セイジ達は部屋を出た。
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