予兆 -2-
「すっかり忘れてた……ホームページのBBS、あれからどうなったかな」
『団長さんの居場所について質問を書き込んだんだっけ』
「そこのやつは、使ったら迷惑だろうなぁ」
「パソコンで調べものですか?」
「オッサンのとこには確か、パソコンなかったな。……よし、決めた。一度サトルの部屋に戻ろう」
ちょうどそこで、カナがシャワー室から出てきた。
「……嬢ちゃん、ユエ様の娘さんか?」
医師が声をかけた。カナは医師を睨みつけた。
「だから何」
「ふはは! 気が強いのはいいことじゃな! さすが、と言うべきか……」
「ドクター、あんまカナをからかわないでくれよ」
セイジが口をはさむと、医師は何やら複雑そうな顔になった。
「そりゃすまんな。いや……これをな、渡してもいいもんかと思ってな……」
言いながら机の引き出しから何かを取り出す。
瞬間、カナが息を呑んだ。
「それ……!」
「もうずいぶんと前に預かってな。あいつはここの常連じゃからなあ」
「なんだそれ。……鞭?」
長い紐状の鞭だった。かなり使い込んであるようで、グリップがすり切れている。
「もし機会があれば、嬢ちゃんに渡してくれと頼まれとった。運試しなんだと。本人が今も、それを覚えてるかどうかわからんが……」
カナは震える手を伸ばし、一度ためらってから、それを手に取った。医師は重々しくうなずいた。
「何かいわくつきのものかな」
『そうみたいね』
「……『セイジ』。お前さん、ユエ様に会おうとしているそうじゃな」
医師は、今度はセイジを見た。
「ユエ様は恐ろしい方よ。それにあのお方は、不死の身体だという話だ」
「“不死”って……死なないってことか? 本当に?」
「あまり大きな声じゃ言えんが、不死身なんてのは禁忌を犯した証拠じゃな。お前さんが相手にしようとしているのはそういう方だ。心してかかるがいい」
ナースが乾いたセイジの服を持ってきた。それを受け取ってから、セイジは医師を見返した。
「団長がとんでもない奴だってのは、だんだん分かってきたとこだ。でもそんなことは関係ねーだろ。こっちも引くわけにいかないんだ」
「……若いってのはうらやましいのう」
「そりゃどうも」
セイジはにっと笑って見せ、カナに目をやった。
「着替えたらここ出るぞ。……大丈夫だよな?」
「……。平気」
カナはきっと顔を上げた。その声音はしっかりとしていた。
ほっとしたアンティークは、なんとはなし、サトルに意識を向けた。
サトルと、目が合う。
――辛いことがあったら、いつでも言ってください
僕は君を笑わせるために存在している――
『……え?』
アンティークは耳を、目を疑った。
『サトルさん、今何か言った?』
「? いいえ」
確かにサトルの声だと思ったのだ。しかも――ほんの一瞬だけ、サトルが笑ったように見えた。
「アンティーク? ……人形にも空耳ってあるのか?」
『わかんない。こんなこと初めてだよ』
「お前も疲れてるんじゃないか?昨日から立て続けに力使ってもらったし」
『……そうなのかな……』
「ではともかく、私の部屋へ戻りましょうか」
サトルが言った。
その表情は、いつもの仮面のようなものでしかなかった。
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