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・ PIERROT ・  作者: 高砂イサミ
第7章
33/117

人魚の呪歌 -4-


 パシッ……


 かわいた音が響いて、そのまま、静寂が訪れた。

「……落ち着いたか?」

「……!」

 軽く頬をはたかれたセイレーンは、呆然と目を見開いていた。

「本当……なの? 私が憎くて脚を斬ったんじゃないの?」

 セイジはセイレーンとしっかり目を合わせた。

「ああ。証拠はないから、信じてもらうしかねーけどな」

「お……とう、さ……」

「そうだ。オッサンから預かってきたものがある」

 セイレーンを離れ、水から身体を引き上げたところへ、カナとサトルが駆け寄ってきた。サトルは布包みとアンティークを抱いてくれていた。

「ふー……悪いアンティーク、濡れなかったか?」

『ううん平気! セイジこそケガはないの?』

「俺は大丈夫だって。それよりサトル、それ、頼む」

 そのまま渡してもらおうと指さした布包みを、サトルはセイジの眼前に差しだした。

「これはあなたから渡すべきでしょう」

「ん? そうか?」

 セイジはそれを受け取り、布を開いた。中から現れた義足は、本物の脚とも見紛うできだった。

 セイレーンが近くまで泳いできた。

「これは……」

「ゲンさんが作ったんだ。つけるかどうかはアンタ次第だけど、受け取るだけ受け取ってやってくれ」

「……」

 義足を白い手でそっとなでて、セイレーンは涙を浮かべた。

「いつか……歩いて会いに行ける時がくるかしら。お父さんの作ってくれた脚で、お父さんのところまで――」

「義足を付けたからといってすぐに歩けるようになるわけではありません。何年も辛いリハビリをしないと、歩けるようにはならないと思います」

 間髪入れず、サトルが身も蓋もないことを言った。セイジはサトルを睨んだ。

「いいところで水を差すなよ……」

「現実問題です」

「言い方ってもんがあるだろ」

「いいの! 簡単じゃないことはわかってる……ちゃんと言ってもらう方がありがたいわ」

 セイレーンは目元をぬぐい、顔を上げる。

「だけど、きっと叶えてみせる。……私はピエロゲームの対象者にはならなかったけれど、一番辛いと思うことはもう経験したわ。大切なお父さんを、何年もずっと恨んでしまった……この辛さに比べれば、どんなことでもやり抜ける」

 セイジは濡れた前髪をかき上げた。何かすっきりしない気分ではあったが、ひとまず笑顔を作る。

「今度は頑張りすぎるなよ」

「……ありがとう」

「しっかしあんた、オッサンの娘にしちゃ、えらい美人だよな」

「あら」

 セイレーンは初めて、にこりと花のように微笑んだ。

「お上手ね」

「あいてっ」

 カナの棒がごつんとセイジの頭をたたいた。セイジが「なんだよ」という顔をすると、カナはぷいとそっぽを向いた。それを見たサトルが肩をすくめた。

「セイジ、そろそろ戻りましょう。1箇所に長くいるのはよくありません」

「ん、ああ。わかった」

「――待って、次はどこへ行くの?」

 セイレーンが声を上げた。呼び止められるとは思わず、セイジはきょとんと目を開く。

「順番にいくと……『猛獣の間』、だったかな」

「そう、気をつけて。私が水の女なら彼は炎の男……決して油断してはならない相手よ」

 セイレーンが手を伸べた。そこにふっと青い光が宿る。

 それはすぐさま手のひら大に凝縮し、平たいガラス玉のような形状になった。

「これを持っていって。水のまじないが掛けてあるわ。猛獣の間では、きっと役に立つはずよ」

「サンキュ! 助かるよ」

「……ごめんなさいね」

「え?」

「あまり力を貸してあげられなくて。あの呪われたお札がある限り、私達は、ユエに囚われたまま。ユエの意思には逆らえない…」

 セイレーンは目を閉じた。

「私達はあの時、ユエと永遠を共にする契約をしてしまったのだから――」

 “札”。

 そのキーワードを聞いたのは2度目だった。セイジは眉根を寄せる。

「札って一体……なんのことなんだ?」

「ごめんなさい。こちらの話よ」

 急にセイレーンとの間に隔たりができたように感じられた。

 見えない壁の向こう側で、セイレーンが笑う。

「がんばってね……セイジ」

「……ああ」

 セイジ達は人魚の水槽を後にした。



         ++++++



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