人魚の呪歌 -3-
セイジ達はやっとのことで、それらしい扉をみつけた。セイジが先に立って押し開けると、中は洞窟のようになっていた。
「げほっ……! やっと水の中から出たみたいだな」
『みんな大丈夫?』
深呼吸して空気のありがたさを実感してから、セイジは正面の巨大な水槽を見た。
本物の水を湛えるそれは、地上の高さこそ30㎝ほどだが、地中深くまで掘り込まれていた。のぞけば底知れぬ海の上にいるようで、恐怖を覚えるほどだ。
「さて、なんとかここまで来たはいいけど……セイレーンはいるのか?」
「いるとすればこの中でしょうが」
『あ、お魚はいたよ』
アンティークの声に、セイジは水槽の奥に目を凝らした。
確かに白い影が見えた。かなり大きい。
それは優雅に身をひるがえしながら、徐々に、水面近くへ――
「あれ……魚じゃないぞ、人だ!」
見る間に影は近づいて、飛沫1つ立てず、とぷんと水上に顔をのぞかせた。
「あんたが、セイレーンか……?」
「――『セイジ』ね。何か用かしら?」
よく響く、気の強そうな声が応じた。
長い黒髪を揺らす美しい娘だった。薄青の丈の長いドレスをまとい、その裾が水にたゆたう様は、まるで本物の人魚の尾びれのようだ。
もしくは――その名の通りの“セイレーン”か。
「聞きたいことがあって来た。団長を探してるんだ。どこにいるか知ってるか?」
その異様な凄みに負けそうになりながらも、セイジはセイレーンの冷然とした視線を受け止め続ける。
しかし。
「さぁ……たとえ知っててもあなたに教える義務はないもの」
「確かに」
なぜかカナがうなずいた。セイジは顔をしかめた。
「ま、まぁそうなんだけど」
「でも、実際知らないんじゃない? 足がなくて水から出られないんでしょ」
「なんだよお前、何つっかかってんだよ」
変に対抗意識剥き出しのカナをなだめ、セイジはもう1度、セイレーンに向かい合う。
「足……やっぱりないのか」
セイレーンはカナなど眼中にない様子で、皮肉っぽく笑った。
それはすべてをあきらめたような笑みでもあった。
「ええ、私は一生この水槽の中から出られない。ここで私の脚を斬ったあの男を恨み続けるだけ……」
「本当にそれでいいのか?」
「他にどうしろっていうの? 他に何ができるっていうの、この私に?」
「……」
セイジは一瞬だけ迷った。
そして――
「オッサン……ゲンさんが、あんたの脚を斬ったのは理由がある」
え、という空気が3方向から襲った。セイジはそれを黙殺した。
「ゲンさんはあの時、ピエロゲームの制裁を受けてたんだ。制裁内容はあんたの脚を斬り落とすこと――」
「……え……?」
言葉の意味が通じるまでに、少し時間が必要だった。
そしてある瞬間に、さっと、セイレーンの顔色が変わった。
「嘘……! そんなのは嘘よ! そんなこと、一言だって聞いてない……!」
「本当だ。あんたの使ってた水槽が壊されたことがなかったか? あれをやったのがゲンさんで……それが、制裁を受けた理由だ」
みるみる色を失っていくセイレーンに、セイジは極力淡々と、事実を告げる。
「ゲンさんは心配だったんだ。水があんたをさらってしまうんじゃないかって。あんたが本当に“人魚”になって、もう戻ってこないんじゃないかって」
「……黙れ……」
「だけど、がんばってがんばって、5つの間の席を勝ち取った、自慢の娘だったから!ゲンさんはお前のことを思って、今までずっと言わなかったんだ……」
「黙れ! そんなことあるはずない! いい加減にしないと……っ!」
「――お、わっ!?」
セイレーンの両側で水柱が立ち、蛇のように鎌首をもたげてセイジを襲った。
「またこのパターンかよ!?」
セイジは横に転がってかわした。
少し前までセイジがいた場所に、水勢で大きく亀裂が走る。
「すげぇ威力だな……!」
『セイジってば、怒らせてどうするの!』
「別にそんなつもりじゃ――」
言いかけたところで、セイジはまた後ろへ跳んだ。
亀裂から大きな泡がぷくぷくと湧き上がり、その1つが破裂する。
バンッ、と風船が割れるのに近い音がして、亀裂がさらに広がった。
「私は……お父さんを許さない……! あんなに頑張ったのに……!!」
セイレーンが大きく息を吸いこみ、叫んだ。
声としては聞こえなかった。しかし呼応するように、無数の泡が暴れだす。
「囲まれたか……!」
「――あー、もう!!」
カナが飛びだしてきて、セイジと背中を合わせた。
「あんたってどうして、いちいち面倒事に首、つっこむの!!」
背後でばしばしと泡を弾き返す気配がする。
セイジもサーベルで間断ない攻撃をさばきながら、怒鳴った。
「頼むから、戦うか罵るか、どっちかにしてくれ!」
「この、バカ!!」
「お前っ……なあ!!」
それでも背面を守ってもらえるのは心強い。アンティークも、近くの泡の勢いをきっちり弱めてくれている。
膠着状態を保ちながら、セイジはさらなる隙をうかがった。
と――
『!? この音……』
「サトルか!?」
鋭い笛の音が鳴り響いた。泡の動きが急速ににぶる。セイジはすかさず、水槽の方へ駆けだした。
「セイレーン! おい、ちゃんと話を聞いてくれ!!」
手近な泡をたたき切りながら進む。
やけに遠いところから、セイレーンの声が聞こえてきた。
「お父さんは私を妬んだのよ……選ばれた私を……だから脚を……」
「違う!! オッサンはそんなこと――!」
「お願い、そうだと言って!! でないと私は、今まで何を……!!」
再びざっと立ち上がった水柱をすれすれでよけ、素早くアンティークを床に横たえて、セイジは水槽に飛び込んだ。
「私は……!!」
セイレーンは頭を抱えたまま動こうとしなかった。
セイジは思いきり手を伸ばしてセイレーンの胸ぐらをつかむ。
怯えた青い目がセイジを見た。
「いい加減にしろ!!」




