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・ PIERROT ・  作者: 高砂イサミ
第7章
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人魚の呪歌 -3-


 セイジ達はやっとのことで、それらしい扉をみつけた。セイジが先に立って押し開けると、中は洞窟のようになっていた。

「げほっ……! やっと水の中から出たみたいだな」

『みんな大丈夫?』

 深呼吸して空気のありがたさを実感してから、セイジは正面の巨大な水槽を見た。

 本物の水を湛えるそれは、地上の高さこそ30㎝ほどだが、地中深くまで掘り込まれていた。のぞけば底知れぬ海の上にいるようで、恐怖を覚えるほどだ。

「さて、なんとかここまで来たはいいけど……セイレーンはいるのか?」

「いるとすればこの中でしょうが」

『あ、お魚はいたよ』

 アンティークの声に、セイジは水槽の奥に目を凝らした。

 確かに白い影が見えた。かなり大きい。

 それは優雅に身をひるがえしながら、徐々に、水面近くへ――

「あれ……魚じゃないぞ、人だ!」

 見る間に影は近づいて、飛沫1つ立てず、とぷんと水上に顔をのぞかせた。

「あんたが、セイレーンか……?」

「――『セイジ』ね。何か用かしら?」

 よく響く、気の強そうな声が応じた。

 長い黒髪を揺らす美しい娘だった。薄青の丈の長いドレスをまとい、その裾が水にたゆたう様は、まるで本物の人魚の尾びれのようだ。

 もしくは――その名の通りの“セイレーン”か。

「聞きたいことがあって来た。団長を探してるんだ。どこにいるか知ってるか?」

 その異様な凄みに負けそうになりながらも、セイジはセイレーンの冷然とした視線を受け止め続ける。

 しかし。

「さぁ……たとえ知っててもあなたに教える義務はないもの」

「確かに」

 なぜかカナがうなずいた。セイジは顔をしかめた。

「ま、まぁそうなんだけど」

「でも、実際知らないんじゃない? 足がなくて水から出られないんでしょ」

「なんだよお前、何つっかかってんだよ」

 変に対抗意識剥き出しのカナをなだめ、セイジはもう1度、セイレーンに向かい合う。

「足……やっぱりないのか」

 セイレーンはカナなど眼中にない様子で、皮肉っぽく笑った。

 それはすべてをあきらめたような笑みでもあった。

「ええ、私は一生この水槽の中から出られない。ここで私の脚を斬ったあの男を恨み続けるだけ……」

「本当にそれでいいのか?」

「他にどうしろっていうの? 他に何ができるっていうの、この私に?」

「……」

 セイジは一瞬だけ迷った。

 そして――

「オッサン……ゲンさんが、あんたの脚を斬ったのは理由がある」

 え、という空気が3方向から襲った。セイジはそれを黙殺した。

「ゲンさんはあの時、ピエロゲームの制裁を受けてたんだ。制裁内容はあんたの脚を斬り落とすこと――」

「……え……?」

 言葉の意味が通じるまでに、少し時間が必要だった。

 そしてある瞬間に、さっと、セイレーンの顔色が変わった。

「嘘……! そんなのは嘘よ! そんなこと、一言だって聞いてない……!」

「本当だ。あんたの使ってた水槽が壊されたことがなかったか? あれをやったのがゲンさんで……それが、制裁を受けた理由だ」

 みるみる色を失っていくセイレーンに、セイジは極力淡々と、事実を告げる。

「ゲンさんは心配だったんだ。水があんたをさらってしまうんじゃないかって。あんたが本当に“人魚”になって、もう戻ってこないんじゃないかって」

「……黙れ……」

「だけど、がんばってがんばって、5つの間の席を勝ち取った、自慢の娘だったから!ゲンさんはお前のことを思って、今までずっと言わなかったんだ……」

「黙れ! そんなことあるはずない! いい加減にしないと……っ!」

「――お、わっ!?」

 セイレーンの両側で水柱が立ち、蛇のように鎌首をもたげてセイジを襲った。

「またこのパターンかよ!?」

 セイジは横に転がってかわした。

 少し前までセイジがいた場所に、水勢で大きく亀裂が走る。

「すげぇ威力だな……!」

『セイジってば、怒らせてどうするの!』

「別にそんなつもりじゃ――」

 言いかけたところで、セイジはまた後ろへ跳んだ。

 亀裂から大きな泡がぷくぷくと湧き上がり、その1つが破裂する。

 バンッ、と風船が割れるのに近い音がして、亀裂がさらに広がった。

「私は……お父さんを許さない……! あんなに頑張ったのに……!!」

 セイレーンが大きく息を吸いこみ、叫んだ。

 声としては聞こえなかった。しかし呼応するように、無数の泡が暴れだす。

「囲まれたか……!」

「――あー、もう!!」

 カナが飛びだしてきて、セイジと背中を合わせた。

「あんたってどうして、いちいち面倒事に首、つっこむの!!」

 背後でばしばしと泡を弾き返す気配がする。

 セイジもサーベルで間断ない攻撃をさばきながら、怒鳴った。

「頼むから、戦うか罵るか、どっちかにしてくれ!」

「この、バカ!!」

「お前っ……なあ!!」

 それでも背面を守ってもらえるのは心強い。アンティークも、近くの泡の勢いをきっちり弱めてくれている。

 膠着状態を保ちながら、セイジはさらなる隙をうかがった。

 と――

『!? この音……』

「サトルか!?」

 鋭い笛の音が鳴り響いた。泡の動きが急速ににぶる。セイジはすかさず、水槽の方へ駆けだした。

「セイレーン! おい、ちゃんと話を聞いてくれ!!」

 手近な泡をたたき切りながら進む。

 やけに遠いところから、セイレーンの声が聞こえてきた。

「お父さんは私を妬んだのよ……選ばれた私を……だから脚を……」

「違う!! オッサンはそんなこと――!」

「お願い、そうだと言って!! でないと私は、今まで何を……!!」

 再びざっと立ち上がった水柱をすれすれでよけ、素早くアンティークを床に横たえて、セイジは水槽に飛び込んだ。

「私は……!!」

 セイレーンは頭を抱えたまま動こうとしなかった。

 セイジは思いきり手を伸ばしてセイレーンの胸ぐらをつかむ。

 怯えた青い目がセイジを見た。

「いい加減にしろ!!」



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