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・ PIERROT ・  作者: 高砂イサミ
第7章
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人魚の呪歌 -2-


 今目に見えている『水槽の間』は『巨人の間』同様、先が見通せないほど広かった。

 道に迷わないよう、青白く照る壁に印を刻みながら、セイジ達は奥へ奥へと進んでいく。

「……なあ、アンティーク、聞こえるか?」



   お父さん……お父さん



『うん。なんとなくだけど』

 セイジは横の2人を見た。サトルがうなずき、カナが険しい顔で眉をひそめる。

「なんか、気持ち悪い……」



   お父さん、私ね……5つの間の1人に選ばれたのよ!


   本当か!? すごいじゃねぇか! さすがオレの娘だな!


   団長がね、私のために水槽の間を用意してくださったの

   それに私のこと、とても褒めてくださったのよ

   私が団員の中でいちばん頑張ってるって



「ビッグの時にも似たような感覚はありましたが」

『あの不思議な結晶が割れたときね?』

「『5つの間』は……それ自体が特別な力を持っているのかもしれません」



   そうかそうか! セイレーンは頑張りやさんだもんな!


   ええ、私もっともっと頑張るわ。お父さんが自慢できる娘になりたいもの


   はっはっは! 今でも自慢の娘だけどな!



「……主人の想念が流出し、空間を支配する。ビッグの場合は結晶状に固く凝縮していましたが、セイレーンのものは水か――歌のように、絶え間なく流れ続けている」

「こんな中に長くいたら頭がおかしくなりそうだ……」

 飛びかかってきた“マーメイド”を蹴り落とし、セイジはため息をついた。

 その間も、“歌”は続く。



   頑張っているようね? セイレーン。嬉しい……嬉しいわぁ……


   はい団長。私、少しでも人魚になれるように頑張ります


   ほんと? あなたを5つの間の1人に選んでよかった

   あなたなら……きっと人魚になれるわ

   頑張ってね? 裏方のお父さんのためにも。応援してるわ。ずっと……


   ありがとうございます。父も喜びます――



   セイレーン……そろそろ休憩してはどうだ?

   身体もずいぶん冷えただろう?


   ああ、お父さん

   もうちょっと……私もっと泳ぎが上手くならなくちゃいけないのよ

   それに最近は水の中のほうが落ち着くから……身体も大丈夫よ


   でもお前、水の中にいる時間のほうが長いだろ?

   ほんとに人魚になっちまうぞ?



「……ジ……セイジ」



   ほんとになれたらいいのに……人魚に


   セイレーン……



「セイジ!!」

 強く頬を張られ、セイジは我にかえった。見ればけっこうな至近にサトルの顔がある。

「な、何してんだ、サトル!?」

 遅ればせながら妙な焦燥にかられ、セイジはサトルを突き放した。

 サトルは、ほっと息を吐いた。

「よかった……正気に戻りましたね」

「はぁ!?」

『どうしたの? もうちょっとで眠りそうになってたんだよ、セイジ』

 言われてみれば、直近の記憶があやふやになっている。サトルが宙を睨んだ。

「甘く見すぎていたようですよ。ここは思ったよりもずっと危険な空間だ……」

「ど、どういうことだよ……っと!」

 グロテスクな形状の魚が牙を剥いた。セイジは素早くサーベルを振るい、怪魚の頭をたたく。それを、カナが棒の一降りで遠くへはじき飛ばした。

「……“セイレーン”を知っていますか、セイジ」

「オッサンの娘だろ?」

「外国の民話ですよ。嵐の夜に歌を歌い、水夫を誘惑して船を難破させる、海の美しい魔物です。ゲンも因果な名前をつけたものですね……」

「こら、サトル」

 セイジはサトルをさえぎった。

「俺達が会いに行くのは、“人間”のセイレーンだからな。間違えんな」

「……失礼しました」

「俺も悪かったな、突きとばして……」



   もっと上手く泳がなくちゃ

   もっと華麗に動かなくちゃ

   もっと水の中で息が続くようにならなくちゃ

   もっと……頑張らなくちゃ

   頑張ればきっと……私は人魚になれる



   人魚になれる――


「ともかく、あまり聞き入っては駄目です。互いの様子に注意して、できるだけ早く、ここを抜けることを考えましょう」

「……なあ。思ったんだけど」

「はい?」

「これがセイレーンの思念だとしたら……一番強く聞こえる方に、セイレーンがいるんじゃないか?」

 サトルとカナが顔を見合わせた。



   お父さん? どうしたの? 恐い顔して……


   やっと……水から出てくれたのか



「――理屈には合っています。危険とは思いますが」

「でも他に目印もなさそうだ」

 珍しくカナが援護してくれた。するとサトルは、小さく息を吐いた後、すいと指を上げた。



   でも、もう遅い……!!


   お父さん……?


   これ以上、頑張らないでくれ……!



「あちらです。この方向から、声は流れてきている」

「へえ……? お前耳いいんだな」

「行ってみますか?」



   ――やめて、お父さん……!



「当然!」

 セイジはこぶしを握った。



   痛い……

   足が痛い……

   私はただお父さんの自慢の娘でいたかったのに


   ――ひどい


   恨んでやるわ

   水の中で、一生お父さんを恨んでやる……!



         ++++++



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