人魚の呪歌 -1-
並び立つことさえできないのなら
こんな足は、いらない。
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「頑張れ」
自分に何度も言い聞かせてきた言葉
頑張れ、頑張れ、頑張れ、頑張れ、頑張れ、頑張れ
がんばれ、がんばれ、がんばれ、がんばれ、がんばれ
ガンバレ……
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結局。
カナはベッドで、セイジとサトルはソファで寝ることになり――というよりアンティークが強引に決定し――一夜が明けた。
簡単に身繕いをして工房の様子をうかがうと、いまだ金属音が鳴り響いている。作業はまだ終わっていないのだろう。
「さて、行ってみるか『水槽の間』。巨人の次は人魚が相手か――」
『人魚さんは団長さんの居場所、教えてくれるかな』
アンティークの一言で、セイジはふとカナを見た。
「そういやカナ。お前はなんで団長を探してるんだ?」
一瞬、カナの動きが止まった。少しためらう風にしてから、口を開く。
「あんたさ……親いる?」
「親? いや、とっくにいないけど」
「団長はさ、昨日の奴が言ってたとおり、私の母親なんだけど」
セイジはうなずいた。カナが目を伏せる。
「アオイっていたでしょ。あいつ、団長……ユエの言うことしかきかないんだ。だからきっと、私の首を狙ってるのもユエの差し金だと思う」
カナはそっと、首の包帯を指でなぞった。
「親だと思ってたんだけどな……なんで私の首が欲しいんだろ」
「そういや、娘なのに居場所も知らないって……」
「今はその程度の関係ってこと」
『セイジ』
アンティークが言外に『自重しろ』と云ってきた。セイジは肩をすくめた。
「行くか」
「……うん」
「それでは。『水槽の間』は右脚の棟です」
例によってサトルに先導を任せ、セイジ達はとなりの棟へと向かった。
夜が明けて間もない時刻なので周囲はしんと静まりかえっている。まっすぐ『右脚の棟』の最奥に到着したところで、セイジは、壁の張り紙に気づいた。
「『5つの間』の5人が選ばれたときの張り紙ですね。10年前のものですからほとんど読めなくなっていますが。……何か気になりましたか?」
サトルに問われ、セイジは張り紙から目を離す。
「いや、大したことじゃないんだ。なんとなく……その右下に、もう1枚貼れそうだなと思っただけで」
『「5つの間」なのに、6枚目を?』
「だから大したことじゃないって」
「……。ここからが、『水槽の間』です」
サトルが張り紙の横の扉を示した。セイジ達はその前に並んで立った。
一見すると普通の扉だった。しかし、セイジがノブに触れようとすると、ぱちっと火花のようなものが散った。
『これもまじないだね。簡単には入れないようにしてあるんだ』
「では、ここは私が」
進み出たのはサトルだった。包みを置いて鉄笛を取り出し、口に当てる。
「それで解除できんのか?」
「“セイレーン”というくらいですから、おそらく“音”は有効かと」
「?」
「参ります」
不得要領な顔のセイジをさておき、サトルが笛に息を吹き込んだ。
ピン、と張りつめたような耳鳴りに襲われ、セイジは思わず耳を塞ぐ。と同時に――
パキンッ
「……うまくいったようです」
サトルがドアノブを握った。何も起こらないようだ。あっさりしすぎて気味が悪いほどだった。
セイジは1つ深呼吸して、心を決める。
「よし。開けてくれ、サトル」
言われるままにサトルは扉を開いた。
セイジは叫んだ。
「何だ、こりゃ!?」
扉の向こうは『水槽』の名にふさわしく、水で満たされていた。
上方から青白い光が差し、鍾乳石のような壁を照らしている。
「落ち着いてください、本物の水ではないようです」
「だって、魚とか……人魚とか泳いでんぞ!?」
「だけど扉から溢れてこない」
青白い空間の中へ、1歩、カナが足を踏み入れた。
「……息はできるみたい」
「巨人の間と同じですね。おそらく見えているのは幻のようなものです」
サトルに続いて、セイジもおそるおそる中へ入ってみた。
身体に不具合はない。ただ、ひどい違和感で息が苦しかった。
「大丈夫ですか、セイジ」
「わかんねぇ……でも、ここまで来たら行くしかないだろ」
セイジは前を見据える。
「オッサンからの届け物もあるしな」
「お人好し」
カナが、さほど棘のない口調でぼそっとつぶやいた。
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