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・ PIERROT ・  作者: 高砂イサミ
第7章
30/117

人魚の呪歌 -1-



   並び立つことさえできないのなら

   こんな足は、いらない。



         ++++++



   「頑張れ」

   自分に何度も言い聞かせてきた言葉

   頑張れ、頑張れ、頑張れ、頑張れ、頑張れ、頑張れ

   がんばれ、がんばれ、がんばれ、がんばれ、がんばれ

   ガンバレ……



         ++++++



 結局。

 カナはベッドで、セイジとサトルはソファで寝ることになり――というよりアンティークが強引に決定し――一夜が明けた。

 簡単に身繕いをして工房の様子をうかがうと、いまだ金属音が鳴り響いている。作業はまだ終わっていないのだろう。

「さて、行ってみるか『水槽の間』。巨人の次は人魚が相手か――」

『人魚さんは団長さんの居場所、教えてくれるかな』

 アンティークの一言で、セイジはふとカナを見た。

「そういやカナ。お前はなんで団長を探してるんだ?」

 一瞬、カナの動きが止まった。少しためらう風にしてから、口を開く。

「あんたさ……親いる?」

「親? いや、とっくにいないけど」

「団長はさ、昨日の奴が言ってたとおり、私の母親なんだけど」

 セイジはうなずいた。カナが目を伏せる。

「アオイっていたでしょ。あいつ、団長……ユエの言うことしかきかないんだ。だからきっと、私の首を狙ってるのもユエの差し金だと思う」

 カナはそっと、首の包帯を指でなぞった。

「親だと思ってたんだけどな……なんで私の首が欲しいんだろ」

「そういや、娘なのに居場所も知らないって……」

「今はその程度の関係ってこと」

『セイジ』

 アンティークが言外に『自重しろ』と云ってきた。セイジは肩をすくめた。

「行くか」

「……うん」

「それでは。『水槽の間』は右脚の棟です」

 例によってサトルに先導を任せ、セイジ達はとなりの棟へと向かった。

 夜が明けて間もない時刻なので周囲はしんと静まりかえっている。まっすぐ『右脚の棟』の最奥に到着したところで、セイジは、壁の張り紙に気づいた。

「『5つの間』の5人が選ばれたときの張り紙ですね。10年前のものですからほとんど読めなくなっていますが。……何か気になりましたか?」

 サトルに問われ、セイジは張り紙から目を離す。

「いや、大したことじゃないんだ。なんとなく……その右下に、もう1枚貼れそうだなと思っただけで」

『「5つの間」なのに、6枚目を?』

「だから大したことじゃないって」

「……。ここからが、『水槽の間』です」

 サトルが張り紙の横の扉を示した。セイジ達はその前に並んで立った。

 一見すると普通の扉だった。しかし、セイジがノブに触れようとすると、ぱちっと火花のようなものが散った。

『これもまじないだね。簡単には入れないようにしてあるんだ』

「では、ここは私が」

 進み出たのはサトルだった。包みを置いて鉄笛を取り出し、口に当てる。

「それで解除できんのか?」

「“セイレーン”というくらいですから、おそらく“音”は有効かと」

「?」

「参ります」

 不得要領な顔のセイジをさておき、サトルが笛に息を吹き込んだ。

 ピン、と張りつめたような耳鳴りに襲われ、セイジは思わず耳を塞ぐ。と同時に――


 パキンッ


「……うまくいったようです」

 サトルがドアノブを握った。何も起こらないようだ。あっさりしすぎて気味が悪いほどだった。

 セイジは1つ深呼吸して、心を決める。

「よし。開けてくれ、サトル」

 言われるままにサトルは扉を開いた。

 セイジは叫んだ。

「何だ、こりゃ!?」

 扉の向こうは『水槽』の名にふさわしく、水で満たされていた。

 上方から青白い光が差し、鍾乳石のような壁を照らしている。

「落ち着いてください、本物の水ではないようです」

「だって、魚とか……人魚とか泳いでんぞ!?」

「だけど扉から溢れてこない」

 青白い空間の中へ、1歩、カナが足を踏み入れた。

「……息はできるみたい」

「巨人の間と同じですね。おそらく見えているのは幻のようなものです」

 サトルに続いて、セイジもおそるおそる中へ入ってみた。

 身体に不具合はない。ただ、ひどい違和感で息が苦しかった。

「大丈夫ですか、セイジ」

「わかんねぇ……でも、ここまで来たら行くしかないだろ」

 セイジは前を見据える。

「オッサンからの届け物もあるしな」

「お人好し」

 カナが、さほど棘のない口調でぼそっとつぶやいた。



         ++++++



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