制裁 -4-
「オッサン、もういいのか?」
セイジがからかうように言うと、目の赤いゲンがきまり悪そうに頭をかく。
「ああ。気を遣わせて悪かったな」
「さっきより大分マシな顔してるぜ」
「不思議な男だよ、お前さんは……」
「そうか?」
「それはそうと――ピエロゲームのことだが」
ごまかすように1つ咳払いをしたゲンは、すぐにまじめな顔になった。
「このサーカス団は、団長の権力がありえないほど高くてな! ゲーム開始は団長の腹1つってことだ。にーちゃんが対象者になった理由も、本人には想像もつかないことなんだろうよ」
「いい加減だな! 文句言う奴とかいないのかよ!?」
「団長に逆らっちゃあこのサーカス団ではやっていけないのさ。それに……残念だが、ゲームを楽しみにしてる奴も多い。ストレス解消程度に思ってる奴もな」
セイジは怒りを通りこして憮然とした。
そんなセイジを前に――ゲンは、視線を足下に落とす。
「なぁ……お前に頼むことじゃねぇかもしれないが、1つ、オレの頼みを聞いてくれねえか」
「なんだ? 場合によってはいいけど」
「『水槽の間』に行くことがあったらの話なんだが……」
「ああ、それだったら、ちょうどこれから行くとこだ」
ゲンは顔を上げた。と思うやセイジに背を向け、炉の近くに置かれていた布包みを拾い上げた。
「もしあの子に会えたら、これを……セイレーンに渡してくれないか」
「これは?」
「義足だ」
受け取った包みはずっしりと重かった。ゲンは静かなまなざしでそれを見ている。
「脚を斬ったオレがこんな物を作るなんておこがましいがな。……受け取ってもらえなかったらそれでいい。オレを憎んでていいからもう一度だけ、娘に水から出る機会を与えてやりたいんだ」
『憎んでるって……どうして?』
「そうだよ。自分じゃ渡しに行けないのか?」
「……セイレーンは、オレがリストに載ったことを知らない。オレがセイレーンを妬んで足を斬ったんだと思ってるのさ」
セイジもアンティークも、一瞬言葉が出なかった。
「じゃ、じゃあオッサン、恨まれまくってるんじゃないか?」
「はは、だろうな!」
ゲンは笑った。
「でも……今さら本当のことは言えねぇ。自分の足が斬られたのはピエロゲームのせいだとわかったらあいつは団長を恨むだろ? その団長を恨んだら団員としてやっていけなくなっちまう。せっかく頑張って5つの間の1人に選ばれたのによ……」
先刻までの空虚さはもうなかった。ゲンはきっぱりと言い切った。
「だからあの子は、何も知らぬまま、オレを恨んでてもいいのさ」
「……」
セイジは包みを抱え直し、ため息をついた。
「あんな話聞いた後だとこれは断れないだろ」
「悪ぃな。お前も大変な時に」
「気にすんな」
「セイジ、それは私が持ちましょうか」
横からひょいと顔を出したサトルが包みを引き受けてくれた。いつの間にやらカナも近くまで来て、やりとりを見守っていた。
3人をぐるりと見渡して、ゲンは腕組みした。
「全員、身の丈にあったいい選択をするじゃねーか」
「これらすべて……どうやらまじないがかかっているようですね」
サトルの指摘にゲンが胸を張る。
「ああ。舞台道具ってのは、団員の身を守るためのものでもあるからな。そいつらは持ち主の意思に従う。たとえば剣なら、切ろうと思わなきゃ切れないようにできてんだ。しかも、多少のまじないならはね返すこともできるぞ」
「そうなのか!? そりゃすごいな……!」
「だがせっかくだ。礼もかねて……もっとシッカリした、お前さん達専用の武器を作ってやるよ!」
「それは助かります」
「さあて、忙しくなったな!」
腕をぐるぐると回しながら、ゲンは炉に向かった。その場でセイジ達を見返る。
「道具を作ってる最中は集中してぇんだ。悪いが工房からは出といてくれるか。そっちの部屋なら好きに使ってくれ。食い物も少しならあるぞ」
「ありがとな、オッサン!」
セイジ達は揃って工房を出た。
扉を閉めたセイジは大きく伸びをして、ため息混じりにつぶやいた。
「さすがにちょっと……疲れてきたかな」
「時間としてはもう夜になります。次の『水槽の間』はどうしますか?」
「夜か……」
団員のほとんどは外からの通いになっているはずだ。つまり今は、少なくとも昼間より人目が少ないということで、その間にさっさと移動するという手も考えられる。
が、セイジはそのままソファに沈み込んだ。
「落ち着ける間に休んでおこう。『水槽の間』は明日の朝だ」
「それがいいでしょう」
『ここで休むの? 大丈夫?』
意外にも、もの申したのはアンティークだった。
「え? ……鍵閉められるみたいだし、大丈夫じゃないか? サトルの部屋まで戻るのも面倒だし……」
『そうじゃなくて』
アンティークはカナに意識をやった。
『寝られるとこ、ソファと仮眠用ベッドの2ヶ所しかないでしょ。あたしはいいけど……カナちゃんもいるんだよ』
「……あ」
考えもしなかった深刻な問題に、セイジはしばし、硬直した。




