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・ PIERROT ・  作者: 高砂イサミ
第6章
29/117

制裁 -4-


「オッサン、もういいのか?」

 セイジがからかうように言うと、目の赤いゲンがきまり悪そうに頭をかく。

「ああ。気を遣わせて悪かったな」

「さっきより大分マシな顔してるぜ」

「不思議な男だよ、お前さんは……」

「そうか?」

「それはそうと――ピエロゲームのことだが」

 ごまかすように1つ咳払いをしたゲンは、すぐにまじめな顔になった。

「このサーカス団は、団長の権力がありえないほど高くてな! ゲーム開始は団長の腹1つってことだ。にーちゃんが対象者になった理由も、本人には想像もつかないことなんだろうよ」

「いい加減だな! 文句言う奴とかいないのかよ!?」

「団長に逆らっちゃあこのサーカス団ではやっていけないのさ。それに……残念だが、ゲームを楽しみにしてる奴も多い。ストレス解消程度に思ってる奴もな」

 セイジは怒りを通りこして憮然とした。

 そんなセイジを前に――ゲンは、視線を足下に落とす。

「なぁ……お前に頼むことじゃねぇかもしれないが、1つ、オレの頼みを聞いてくれねえか」

「なんだ? 場合によってはいいけど」

「『水槽の間』に行くことがあったらの話なんだが……」

「ああ、それだったら、ちょうどこれから行くとこだ」

 ゲンは顔を上げた。と思うやセイジに背を向け、炉の近くに置かれていた布包みを拾い上げた。

「もしあの子に会えたら、これを……セイレーンに渡してくれないか」

「これは?」

「義足だ」

 受け取った包みはずっしりと重かった。ゲンは静かなまなざしでそれを見ている。

「脚を斬ったオレがこんな物を作るなんておこがましいがな。……受け取ってもらえなかったらそれでいい。オレを憎んでていいからもう一度だけ、娘に水から出る機会を与えてやりたいんだ」

『憎んでるって……どうして?』

「そうだよ。自分じゃ渡しに行けないのか?」

「……セイレーンは、オレがリストに載ったことを知らない。オレがセイレーンを妬んで足を斬ったんだと思ってるのさ」

 セイジもアンティークも、一瞬言葉が出なかった。

「じゃ、じゃあオッサン、恨まれまくってるんじゃないか?」

「はは、だろうな!」

 ゲンは笑った。

「でも……今さら本当のことは言えねぇ。自分の足が斬られたのはピエロゲームのせいだとわかったらあいつは団長を恨むだろ? その団長を恨んだら団員としてやっていけなくなっちまう。せっかく頑張って5つの間の1人に選ばれたのによ……」

 先刻までの空虚さはもうなかった。ゲンはきっぱりと言い切った。

「だからあの子は、何も知らぬまま、オレを恨んでてもいいのさ」

「……」

 セイジは包みを抱え直し、ため息をついた。

「あんな話聞いた後だとこれは断れないだろ」

「悪ぃな。お前も大変な時に」

「気にすんな」

「セイジ、それは私が持ちましょうか」

 横からひょいと顔を出したサトルが包みを引き受けてくれた。いつの間にやらカナも近くまで来て、やりとりを見守っていた。

 3人をぐるりと見渡して、ゲンは腕組みした。

「全員、身の丈にあったいい選択をするじゃねーか」

「これらすべて……どうやらまじないがかかっているようですね」

 サトルの指摘にゲンが胸を張る。

「ああ。舞台道具ってのは、団員の身を守るためのものでもあるからな。そいつらは持ち主の意思に従う。たとえば剣なら、切ろうと思わなきゃ切れないようにできてんだ。しかも、多少のまじないならはね返すこともできるぞ」

「そうなのか!? そりゃすごいな……!」

「だがせっかくだ。礼もかねて……もっとシッカリした、お前さん達専用の武器を作ってやるよ!」

「それは助かります」

「さあて、忙しくなったな!」

 腕をぐるぐると回しながら、ゲンは炉に向かった。その場でセイジ達を見返る。

「道具を作ってる最中は集中してぇんだ。悪いが工房からは出といてくれるか。そっちの部屋なら好きに使ってくれ。食い物も少しならあるぞ」

「ありがとな、オッサン!」

 セイジ達は揃って工房を出た。

 扉を閉めたセイジは大きく伸びをして、ため息混じりにつぶやいた。

「さすがにちょっと……疲れてきたかな」

「時間としてはもう夜になります。次の『水槽の間』はどうしますか?」

「夜か……」

 団員のほとんどは外からの通いになっているはずだ。つまり今は、少なくとも昼間より人目が少ないということで、その間にさっさと移動するという手も考えられる。

 が、セイジはそのままソファに沈み込んだ。

「落ち着ける間に休んでおこう。『水槽の間』は明日の朝だ」

「それがいいでしょう」

『ここで休むの? 大丈夫?』

 意外にも、もの申したのはアンティークだった。

「え? ……鍵閉められるみたいだし、大丈夫じゃないか? サトルの部屋まで戻るのも面倒だし……」

『そうじゃなくて』

 アンティークはカナに意識をやった。

『寝られるとこ、ソファと仮眠用ベッドの2ヶ所しかないでしょ。あたしはいいけど……カナちゃんもいるんだよ』

「……あ」

 考えもしなかった深刻な問題に、セイジはしばし、硬直した。



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