制裁 -2-
『胴体』の訓練場を斜めにつっきり、『左脚の棟』へ。
途中をどうにか小競り合い程度で済ませ、セイジ達は奥の部屋の前に立った。
そしてドアを開けようとすると、それが勝手に開き、見覚えのある顔がのぞいた。
「――来たのか、『セイジ』」
「あんたは控え室で会った……」
「おう。無事でなによりだ。俺は今日は上がるとこだけど、ゲンさんならまだ中だぜ」
あごひげの道具係は、前と同じようににっと笑って道を譲ってくれた。彼と入れ替わりに室内へ入る。応接間のような部屋の奥には更に扉があった。
『工房 ――演目で使用する武器・細工等承ります――』
そんな張り紙が扉の横に貼ってあり、近づくと中から奇妙な音が聞こえる。
「受注もやってるってことかな」
『鉄をたたく音みたいだね。けっこう本格的なのかも』
「とにかく、何か使えるものがあるといいな」
セイジは扉を開いた。
まず目に飛び込んできたのは燃えさかる火炉だった。アンティークの言うように、相当本格的に道具製作をしているらしい。炉の前には上半身をはだけた男が1人、鉄の加工をしているところだった。
と――
「あーっちっちっちっち!!」
男が大げさに叫び、ぶんぶんと手を振った。
「なんじゃこりゃあ! ヤケドしちまったあ!あっはっはぁ!」
「うるさいオッサンだな。はやく水につけろっての」
また変なテンションの持ち主らしいと見て、セイジはついつっこみを入れてしまった。
男が気づいてふり返る。年輪のようなしわを多く刻んでいるものの、快活で人が良さそうな風貌だった。
「ん? そこのにーちゃん『セイジ』か!? ゲーム対象者だろ! はっはっは!」
「そこでなぜ笑う……!?」
「――久しぶりです、ゲン」
サトルが不意に口を開いた。男の方はとっさにサトルが分からなかったようで、首をひねった。
「知り合いなのか?」
「大道具、小道具を専門とする裏方の統括役です。私も昔、何度か世話になりました」
「……おぉ!」
ゲンが、ぽんと手を打った。
「お前サトルか! 相変わらず若ぇな!!」
「私のことはどうでもいいです。それより火傷を冷やさないと痕に残りますよ」
「そうだなぁ、でもどうも水ってのは好きになれんくてな! そこの嬢ちゃんと反対だな!」
「は? 何言って……」
ゲンにつられ、セイジはカナを見た。
カナはまだ扉の近くにいて、真っ青な顔で立ちつくしていた。
「……炎から離れて……!」
「カナ? どうした? すごい震えてるぞ?」
『炎を恐がってる……? ちょっと離れてあげようよ』
セイジは慌ててカナの手を引き、工房を出た。ゲンとサトルも後からついてくる。
「おいカナ、大丈夫か? いきなりどうしたんだ」
「……私の近くに炎を置かないで」
『?』
「まぁまぁ、人には触れて欲しくないものが1つや2つあるもんだ」
ゲンが訳知り顔に2度3度とうなずいた。それから興味深げにセイジを見る。
「それよりにーちゃん、対象者なんだろ?けっこう派手に暴れてるって聞いたが……制裁から逃げ切る気なのかぁ?」
「逃げ切るっつーか取り消してもらいに行く気だ。オッサンには関係ないだろうけどな。俺を殺す気もなさそうだし」
「いーや、そんなことないぞ」
ゲンの一言に緊張が走った。
セイジが飛びのき、カナも青い顔のまま身構える。
が、対するゲンは笑うばかりだった。
「そういう意味じゃない、まあ聞け。……オレもピエロゲームの対象者だった。言わば先輩ってとこだ。どうだ関係あるだろう!」
「い!? オッサンが!?」
「そうさ! オレはリストNo,24『ゲン』。生き残りはしたが、バッチリ団長から制裁を受けたぞ?」
あまりにゲンが明るい様子なので、セイジはにわかに信じることができなかった。
『ゲンさんの制裁内容はなんだったの? 何かを失ったように見えないけど…』
「毛か?」
「こいつは剃ってるんだ!!」
「それ以外に思いつかねぇ……」
「にーちゃん、意外におかしな奴だな」
ゲンは変わらず笑っている。
その笑顔のままで――不意に、熱だけが引いていった。
「……制裁は対象者の『最も辛いと思うこと』って、知ってるよな?」
「ああ、だから制裁内容は対象者によって違うんだろ?」
「そうだ。まあどこかでもう聞いたかもしれんが、ほとんどの奴は制裁によって死んでいった……」
そういえば、サトルもそんなことを言っていたと思い出す。
同時にはたと気がついた。
ゲームで死を迎えた者達にとって、『最も辛いと思うこと』は『死ぬこと』だった。では、今こうして生きているゲン、それにビッグは――
「過去の対象者であってもまだ生きている者――要するに制裁内容が死でなかった者は、何人かいます」
セイジの心を読みとったように、サトルが言った。アンティークが続きを引き取った。
『その人達は、死ぬことより辛いことがあった人なのね……』
「……オッサンもそうなのか」
セイジには、ゲンの印象が急に変わって見えた。
「オレの話を聞きたいか?」
不自然な“笑顔”のゲンに改めて問われ。
セイジは真顔になった。
「いや、いい。もともとここには違う用で来たんだ」
「……あんたって……」
カナがため息をついた。――単に呆れたばかりでもない声音だった。
当のゲンは、虚をつかれたように目を見開いた。
「いいのかにーちゃん。聞きたくないわけじゃねーんだろ?」
「そりゃあ何かの参考になるかもしれないとは思うけどな。……ほんとに辛いことってのは、話そうと思ったってなかなか話せないもんだろ。俺だってじいちゃんが死んですぐの頃にその話はしたくなかったし」
「……」
「そういうことは、オッサンが話したくなった時に、話したい相手に話せばいいんだよ」
「……ははっ……」
笑い声を上げたにもかかわらず、ゲンの表情からは笑みが消えた。
「今が……その時かもしれねぇな。お前さんになら話してもいいような気がするよ、『セイジ』」
セイジはゲンに向き直った。
「それならオッサンの気が変わらないうちに聞いておくか」
「――少し長くなる。まあ、そこ座れ」
遠慮なくソファに座ったセイジの横に、サトルも「失礼」と腰を下ろす。カナは1人その後ろに立った。
ゲンもセイジの正面の椅子に深々と座り、顔の前で指を組んだ。
「さて……何から話していいもんかな……」
セイジはただ黙って待っている。カナとサトルもそれに倣った。
しばらく、時が経って。
「聞いてて気分がいい話じゃねぇってのは、先に言っとくぞ」
「ああ、わかってる」
「そうか。……オレの制裁内容は、な。娘の脚を……この手で斬り落とすことだった」
「!!」
「オレは娘が小さい頃、2人でこのサーカス団に入団したんだ」
訥々と、ゲンは語りだした。




