予言 -1-
知ることも 知らないままでいることも
あなた自身が選ぶこと。
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帰る道に襲ってくる敵はなく、セイジ達は無事、『巨人の間』入口までたどり着いた。ほっと息をつくと同時に、セイジはいくつかのことが気掛かりで仕方なくなった。
「――なぁ、サトル。さっきのロボットにした女の子の話だけど……」
「何か?」
先を歩いていたサトルがふり返る。
あいかわらずの無表情だが、「言いたいことは分かっている」とでもいうようだった。
「俺には、一度死んだ奴を無理やり生かしてるようで、なんか納得できなくてさ……」
「……あなたはまだ、知らないのですね」
「何をだよ」
「いずれあなたにも、分かる時が訪れるでしょう」
「何が分かるのかよく分からねーよ。……なんとなく、分かりたくないことのような気もするけどな」
「そうですか。……私は、ここに長く居すぎたのかもしれませんね。このサーカス団では、“死”という定義が曖昧になりすぎている……」
珍しく、サトルの目にはっきりとした感情が滲んだ。
セイジの勘違いでさえなければ。それは“慕情”のようだった。
「……少し、喋りすぎました。今の話は聞き流してください」
「……?」
「出ましょう」
サトルが扉を開くと、柵の向こうで、先ほどと違う警備員がぽかんと口を開けた。
「なんで……中に、人が?」
「開けていただいてもいいでしょうか」
サトルが丁寧に求めると、警備員は大慌てで鍵を開けてくれた。
そこを出ようとして――セイジはよろめいた。
『セイジ、どうしたの?』
「あ、いや、なんでも……」
「顔色が悪いですよ、セイジ。……やはり無理をしていましたね? 私は怪我を治すことならできますが、体の中にダメージは残ります」
完全にお見通しだった。セイジは苦笑した。
「ちょっと疲れただけだって。そういやカナは、怪我はないのか」
「あの程度の攻撃、いちいち食らったりしない」
「あ、そ……」
「少し休んでから次へ行きましょうか。奥の部屋の主なら、場所を貸してくれるはずです」
サトルが柵のすぐそば、4つ並んだ扉の1つをためらいなく開き、手招きした。特に反対する理由もない。促されるままにセイジとカナも扉をくぐった。
その瞬間に、セイジは後悔した。
「ウヒヒ……オレのクマちゃん……」
4つの扉はすべて1つの部屋に通じていた。中は何かの作業場のようだ。
その作業台の奥のスペースには、人形やぬいぐるみが所狭しと並べられている。そしてその中心で、金髪を逆立てたパンクな外見の男が、クマのぬいぐるみと踊っていた。
「な、なんだお前? 気色悪い奴だな」
セイジは思わず口に出してしまった。
男はその場で足を止め、ぐるりと首を回してこちらを見た。
「うわ……っ」
「!! その手に持ってる人形! ちょっと見せてくれ!!」
「アンティークを!? やだよ、お前みたいな変態に!」
男がクマを抱いたままダカダカと迫ってくるので、セイジは身体をひねってアンティークを隠した。
「流れるような金髪! 吸いこまれるような青い目! 雪のように白い肌! お願いだよ~……見せてくれよぉ~……ウヒヒッ☆」
『ぞぞ……何この人?あたし人間だったら鳥肌たってるよ』
身体を揺らしてあっちからこっちから視線を浴びせる男に、心なしかアンティークの身体が冷たくなった。
と、サトルがやんわりと男の肩に手を置いて引き離してくれる。
「人形遣いのヨシタカですよ。極度のドールジャンキーなんです」
「人形遣い!? こいつがか!?」
「よかったネ……仲間ができて」
カナも頬を引きつらせ、完全に棒読み状態だ。
「おまっ、こんな変態と一緒にすんなよ!」
「悪い人間ではありませんよ。ただ人形が異常に好きというだけです」
「限度があるだろ……まぁ確かに殺意は感じないけどな」
『あたしは別の感情を感じるけどね……』
そこでようやく、ヨシタカがセイジの方を見た。
かと思うと、怪しげににぃっと笑った。
「これほどの美人形の連れが誰かと思えば。ピエロゲーム対象者のセイジくんだね?」
「俺のこのオマケ感て一体!?」
「オレはピエロゲームなんかに興味はない! あんなのをやるのは狂った奴だけだ!」
「! へえ……イカれた外見してる割に言ってることはマトモじゃねーか」
セイジは一瞬、感心しかかった。が。
「オレが興味あるのは人形だけだぁ――!!」
「……前言撤回」
もはやアンティークがかたかたと震えだしたため、セイジは扉の方へ後ずさった。
「アンティークの身が危険だ。俺は大丈夫だから行こうサトル」
「まぁ待ってください、セイジ、アンティーク」
サトルがしっかりとヨシタカの肩をつかまえる。ヨシタカは特に嫌がるでもなく、へらへらと笑いながら身体を揺すった。
「この部屋の人形はすべてヨシタカの手作りです。彼に、アンティークの丈夫なドレスを縫ってもらってはどうでしょう」
「あ、そうか……しばらく他のドレスなんて調達できそうにないしな」
普段から服に関しては、自分よりもアンティークの方に気をつかっている。ドレスの替えがないというのはセイジにとっても深刻な問題だった。
「じゃあ、その……頼んでもいいか……?」
ほとんど苦行をしているような表情のセイジに、ヨシタカはさらりと反撃した。
「さんざん変態呼ばわりしといてそれはないよねぇ?」
「ぐっ! ……わ、悪かった……」
「ま、同じ人形遣いのよしみで作ってあげないこともないけど? それにそんな愛らしい人形ちゃんのドレスが縫えるなんて幸せだしねッ☆」
くるりと身体を回転させ、ヨシタカは上機嫌に作業台の方へ向かった。
「でも、条件つけていいかな?」
「条件?」
「人形やぬいぐるみを見つけたらオレにくれること! その代わりにドレスを縫ってあげよう。ちなみにオレが一番好きなのは……やっぱ着せ替え人形だよね~☆」
ヨシタカは嬉しそうにクスクス笑っている。対するセイジは、本気で考え込んでしまった。
「人形だのぬいぐるみって、その辺にあるもんかな……」
「今も持ってるじゃないか。そのキューピー人形だって、モチロンOKさ☆」
「これはダメだ」
アンティークと一緒に抱いていた人形を指さされ、セイジは即答で拒否した。これはエリからもらったものだ。他人に譲るわけにはいかない。
ヨシタカは不思議そうに、90度近くまで首を傾けた。
「そうかい? なぜだい? なんなら預かるだけでもオレはかまわないよ? この先、君がそれを持って歩くのは邪魔じゃあないかと思うけどね~?」
「……」
「セイジ、ここはヨシタカの提案を受けてはどうでしょう。エリはきっと怒りませんよ」
セイジはしばし逡巡して。
ヨシタカの言うことも正論だと、なんとか割り切った。
「わかった。……本当に、預けるだけだからな! 妙なことするんじゃねーぞ!」
「わかってるよ~、ウヒヒッ☆ さぁて何を作ってあげようかな☆」
『……あたしヨシタカさんが作ったドレス着るの、ちょっと嫌だなぁ』
「服に罪はないって……たぶん……」
アンティークを力なくなだめて、セイジは肩を落とした。なぜだか「負けた」という気分だった。
そんな2人をよそに、いそいそと布やら裁縫用具やらを準備していたヨシタカだったが、ふと、その手が止まった。
「あ~そうだ。作り終えるまでに少し時間かかるからさッ、ついでにおつかい頼んじゃってもいいかな? ちょっと受け取ってきてほしいものがあるんだよ~」
「あーもー何でもやってやるって……どこで誰から何を受け取れって?」
「……あんたここに、休みに来たんじゃなかった?」
セイジのななめ後ろで気配を消していたカナが、やっと口を開いた。
「しょうがないだろ、こっちが頼んでるんだし……」
「……。なんなら、私が代わりに行ってもいいけど?」
「へ?」
思ってもみなかったセリフに、セイジは大きく目を見開いた。カナはセイジと目を合わせないまま繰り返す。
「私が行くよ。怪我人が行くより私1人の方が早い」
「え? お前1人で?」
『危ないんじゃない? またあのアオイって人が来たら……』
「でしたら私も行きましょうか」
サトルが申し出て、それにもカナは首を振った。
「いいから早く場所を教えて」
「君が行ってくれるのかい? じゃあお願いしちゃうよ~」
ヨシタカは細い針にするりと糸を通した。
「『胴体』の東側、『右脚』に一番近い小部屋の主に、オレからの使いだと言えばいい。そうすれば目的のモノを渡してもらえるはずさッ☆」
「わかった」
「おい、カナ!」
「すぐ戻るから」
セイジが再度止める暇もなく、目の前で扉が閉まった。
その肩を、サトルがぽんとたたいた。
「カナでしたら大丈夫でしょう。場所もそれほど遠くありませんし」
「そりゃまあ、カナの実力はわかってるけど……」
セイジは若干情けない顔をサトルに向ける。
「問題はこっちだって。……俺、あいつのいるとこでゆっくり休める自信がない……」
「……」
「ウヒヒッ、さあ~作るゾ~☆」
セイジとサトルの背後で、ヨシタカ1人が、テンションの高い声を上げていた。
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