狂気の巨人 -6-
「……っ、はーっ、死ぬかと思った……!」
セイジはどっと汗が流れるのを感じながら、その場にへたり込んだ。
カナとサトル、それにエリが、てんでに寄ってくる。
「肩を怪我しましたね。見せてください。……カナは大丈夫ですか」
「平気」
「サトル……お前なんでエリちゃんをしっかり見てないんだよ。寿命縮んだぞ」
「すみません。『大丈夫だから』と押し切られました」
サトルがエリを見下ろした。エリは不思議そうにサトルを見返した。
「だって大丈夫だもん。おじちゃんはいつも怒って暴れるけど……エリ、一度も怪我したことないもん」
『え? エリちゃんを怒るの?』
「ううん。……自分に怒ってるの」
「エリ、余計なことを言うな――」
弱々しい声にセイジ達はふり返る。ビッグはもう暴れる気配もなく、悄然としていた。
セイジは眉根を寄せた。
「今は正気みたいだな。……あんたなんで腕がないんだ? 制裁でなくしたわけじゃないだろ」
あの幻聴が真実ならば、制裁内容は『子供を嫌いになること』だ。
それでどうしてこんな状況になるのか、セイジには分からない。
「……こんな腕、ないほうがいい。腕があったらとっくに、サーカス団の人間を皆殺しにしてるさ……」
『な、なんでそんなこと思うの?』
「制裁を受けてから、子供を見るとイラついてしかたねーんだ! ぐちゃぐちゃにして殺したくなる……!」
悪寒と共に、セイジの脳裏を『巨人の間』入口の血塗られた光景がよぎった。
「……それで目隠しまでしてるのか」
「でももう遅い。何人か殺しちまった! だから……戒めに、両腕を斬られた。アオイにな――」
「! アオイって、あの目つきの悪い銀髪の……」
「奴のしそうなことだ」
カナがセイジと同じように眉をひそめた。
と、ビッグがようやく顔を上げた。
「ピエロの……サトルがいるな。お前はそんなこと聞かなくても知っているだろう。何しろ、
私が初めて殺した子供の死体を持っていったんだからな……!」
「……え?」
セイジはサトルに目を移した。サトルはこともなげにうなずいた。
「はい。確かに」
「あの子の身体を改造し、ロボットにしたと聞く……」
「……は!?」
「正しい噂です」
思わぬことに、セイジはしばし言葉を失った。
「――遺体を、ロボットにって……なんでそんなこと……っ」
「1つはビッグに自分の罪を忘れさせないため。そしてもう1つは体の不自由なリアラのため」
立板に水のごとく理由を述べられ、返す言葉も見あたらない。
サトルは巨人を見上げ、次いで、セイジを見据えた。
「人間は1人で生きていくのは辛すぎる、ということですよ。よく……覚えておいてください」
「……」
「さぁ、戻りましょう。ここでの用は済んだようです」
サトルが扉を押すと、蔓は簡単にほどけた。しかしセイジは、少なからず再燃したサトルへの不信感に、少しの間動けなかった。
そこへエリが近づいてきた。セイジの袖を遠慮がちに引っぱり、見上げてくる。
「また遊びに来てくれる?」
「……。ああ、きっとまた来るよ」
『そしたら今度はお歌、歌おうね』
「うん! ……そうだ、これあげる!」
差しだしたのは、ずっと抱いていたキューピー人形だった。セイジはそれをひとまず受け取って、人形とエリを見比べた。
「これ? でも……もらっちゃっていいのか?」
「ええと。“おちかずきのしるし”?」
『難しい言葉知ってるんだね』
「エリはビッグのおじちゃんがいるから、寂しくないもん」
エリが胸を張る。アンティークがくすりと笑い、セイジも、少し心を和ませた。
「そっか」
『エリちゃんがいてくれるから、巨人さんはなんとか理性を保っていられるのかもね。身体は拒否反応を起こしても、心の奥ではまだ子供のことが好きなんだよ』
「……だといいな……」
「きっと来てね。……またね」
「ああ。――じゃあな!」
ビッグにも聞こえるよう声を張り上げる。エリが安心したように手を放した。
折りしもカナに「追いてくよ!」と叱咤され、セイジは巨人と少女に背を向けた。
その背に、巨人の声を聞いた気がした。
「『1人で生きていくのは辛すぎる』……か……」
++++++




