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・ PIERROT ・  作者: 高砂イサミ
序章
2/117

プロローグ -1-


「……」

 青年はコトリと、カウンターにコーヒーカップを置いた。

 すると、腕の中から鈴を転がすような少女の声がした。

『どうかした? セイジ』

「いや、なんでもない。ちょっと昔のこと思い出してただけだ。……俺がアンティークと一緒にサーカス団に入ったこと、じいちゃんが生きてたら何て言うだろうと思って」

 青年は笑った。

「きっと、アンティークを見世物にするなんてとんでもないっ! って怒るんだろーな」

『……さぁ、どうかなぁ?』

 腕の中で、人形もくすくすと笑っていた。

 彼女――アンティークは、人の赤ん坊とそう変わらないサイズの洋人形だ。譲り受けて以降、最初は祖父に教わりながら、大切に世話をしてきたので、今でも新品のように――本物の子供のように、美しい。

 金色のやわらかな巻き毛に深い青の瞳。白くなめらかな肌には傷一つない。

 ドレスも、決して高級品ではないが、これはというものを選び抜いて着せている。

 今、祖父が彼女に会いに戻ってきたとしても、きっと満足してくれるはずだ。

「じいちゃん、ほんとにお前のことたいせつにしてたからなー」

 しみじみつぶやくと、アンティークがからかうように言う。

『セイジも大切にしてくれてるんじゃないの?』

「……言っておくけど」

 セイジはちらと周囲を見て、今さらながら声をひそめた。

「周りから見れば俺は人形に話しかけてる怪しい男なんだからな」

『はいはい、そんな目で見られても側に置いてくれるぐらい大切にしてもらってるのね』

「俺ほんとに根暗な奴になったらどうしよう……」

 アンティークはただ、肩をすくめるような気配で応えた。

 セイジはまたカップを口へ運びながら、控え室の様子をうかがった。サーカス団というだけあって、いろいろな人間がいてかなりにぎやかだ。

 手慰みにお手玉をしている道化師、ソファでくつろぐバニーたち。バーカウンターのようなこのスペースにも他に何人か団員がいる。本物のバーではないので基本はセルフサービスだが、その分気楽でいい。

 セイジはふとため息をついた。

「しっかし……なんとか入団できて良かった。前のとこいきなりクビになって、どうなることかと思ったよ」

『本当だね』

「俺けっこうマジメに働いてたつもりなんだけどな」

『でもやっぱり、ケンカはよくないよ。それも相手の人、親方さんの息子さんだったんでしょ?』

「だってあいつ、意味もなく俺らにいやがらせばっかしやがるから……ってかアンティーク、お前だってあの時、さりげに手出ししてただろ」

『だってあたし、セイジが怪我したらいやだもん』

 つんと澄まし声のアンティークに、セイジは苦笑した。

 そこへ、団員の1人が歩み寄ってきた。セイジの正面に腰かけるなり、好奇心もあらわに話しかけてくる。

「よ! お前、昨日入った新人だろ?」

「あぁ、まぁ……」

 少しだけ警戒する。自分でも口にしたとおり、怪しいもしくはアブナい人間と見られた経験も、それ故に敬遠された経験も数知れない。

 そんなセイジの心中など意に介さない様子で、若い団員はアンティークを指さした。

「そんなモン持ってるってことは人形遣いか。しっかしえらく少女趣味な人形だな」

 今度は、アンティークをけなされたことにむっとする。

「こいつ使って演戯できりゃいいんだろ。見た目なんざどうでもいいだろが」

「おいおい、甘くみるなよ~。言っておくがウチは厳しいぞ?」

「俺は人形の相手してるだけで金もらえるなら不満はないな」

 半ばはったり、半ば本気で言い放つ。相手は一瞬きょとんと目を見開き――

 爆笑した。

「あっはっは! おまえ大物になるかもな!」

「……そりゃどうも」

「そういや名前まだ聞いてなかったな。なんていうんだ?」

 今まで接したことのない反応だった。内心面食らい、これがサーカスというものか? などと思いつつも平静を装って。

「――セイジ」

 名乗った、その時だった。

 突然の耳障りな警報音。がたりと、正面の団員が立ち上がった。

「……な、なんだ?」

 セイジも思わず腰を浮かせる。と。


          ――只今より、ピエロゲームを始めます――


 男とも女ともつかない声のアナウンスが流れ、どす黒い歓声がどっとわき起こった。

 その瞬間、セイジの視界は暗転した。



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