狂気の巨人 -3-
建物の中は暗かった。
それでも、正面の奥の方に誰かいることだけはすぐに分かった。
「で、でか……!!」
『ほんとに巨人だぁ……』
「俺も一応180近くあんのに!」
相手の方が、おそらくセイジより頭1つ分ほど高かった。
そのうち徐々に目が慣れて、もう少し詳細に相手の様子が見えてきた。
そして――セイジは、愕然とした。
「おい、こいつ……両腕がないぞ!?」
5つの間を司る1人、『巨人の間』の主ビッグ――
であるはずの男は、明らかに切り落とされたと分かる両腕の断面からいまだ血を滲ませ、目隠しをされて、深々とうなだれていた。
『鎖で繋がれてるね……これも暴れるから……?』
「なんだよ……なんなんだよ、これ……!」
一歩前に出る。と、足の下でぐにゃりと奇妙な感覚があった。
踏んだものが何なのか――
セイジの頭は、考えることを拒絶した。
「……おにいさんたち、なにしにきたの?」
その場で硬直していたセイジは、子供の声で我にかえった。見れば、男の子のような吊りズボンの女の子が、キューピー人形を抱きしめ、じっとこちらを見上げている。
「え? こ、このコも団員か?」
少女はこくりとうなずいた。カナが例のごとく馬鹿にしたように――それでもさすがに気分が悪そうな顔で、セイジを見る。
「子供の頃から訓練をうけるのはよくあることだ。私も生まれた時からこのサーカス館にいた。あんたが遅すぎるんだよ」
「あ、そうなのか……」
「大丈夫ですか、2人とも」
「サトルは平気なのかよ」
「おそらくあなた方よりは」
「ねえおにいさんたち、ビッグのおじちゃんに会いにきたの?」
この惨状を前に、最も落ち着いているのは、この幼い少女のようだった。
セイジの頭がのろのろと動き出した。この場所へ来た最初の目的をようやく思い出す。
「ああ、そうだ……ビッグに聞きたいことがあって……」
と、少女は急に、泣きそうに顔を歪めた。セイジはぎょっとした。
「え? お、おい」
「ビッグのおじちゃんを怒らないでね。おじちゃんは悪くないの。エリと一緒に遊んでくれたんだもん。ほんとだよ」
「ちょ、待て、なんで泣くんだ」
「ほんとだもん……おじちゃんはやさしいもん……」
「わかった、わかったから」
セイジはかがんで、しゃくり上げているエリに目の高さを合わせた。
「もう泣きやんでくれ。な?」
『ねえエリちゃん、女の子は笑ってる方がかわいいよ?』
ぱちくりと、エリの目が瞬いた。
「お人形……しゃべった」
『あたしはアンティーク。こんにちは、エリちゃん』
アンティークは手を差しだした。
もちろんセイジが黒子になって動かしたのだが、エリはぱあっと頬を上気させ、アンティークの手を握った。
「こんにちは! すごいね、お人形が動いてる!」
『歌だって歌えるよ。エリちゃん、一緒に歌おうか?』
「うーん……歌は今度ね。おじちゃんが起きちゃうから」
『そう? じゃあまた今度ね』
アンティークはドレスの裾をつまみ、かわいらしくお辞儀をした。エリが喜んで小さく拍手する。
横でサトルと、カナまでが手をたたいていた。
「さすがは『人形遣い』……ですね」
「結構やるじゃん」
「カナに褒められるとなんか怖ぇな……」
アンティークにエリと手遊びをしてもらいながら、セイジは横目にビッグを見上げた。
「慕われてんだな。一概に凶暴な巨人とは言えなさそうだぞ?」
「しかし、現在凶暴なことに変わりはありません」
「まあ……入口の部屋は確かに、なあ……」
セイジは唸った。
そこに――低い、しゃがれた声が重なった。
「……エリの他に、誰かそこにいるのか?」
力の限り叫んで叫んで、そのあげくに嗄らしたような声だった。セイジは反射的に立ち上がった。視界の端でカナがクラブを手にする。
エリも、もうアンティークの方を見てはいなかった。
「うん、おじちゃんに会いにきたんだって」
「誰でもいい。ここにいたら殺すぞ」
押し殺した声音がかえって戦慄を誘う。ごくりとのどを鳴らし、セイジは口を開いた。
「急に押しかけてすまない。聞きたいことがあるだけなんだ。あんた、“団長”がどこにいるかって――」
びくり、と。
発作のように、巨人の身体が震えた。




