狂気の巨人 -1-
罪に汚れたこの両手
ほしいのならば
――くれてやる
++++++
おじちゃん、ビッグのおじちゃん
だっこしてー
かたぐるましてー
おじちゃん、次のステージがんばってね
えへへ……ビッグのおじちゃん、だーいすき!
++++++
壁の穴をくぐったところで、セイジ達はまず、あっけにとられて立ちつくした。
「『間』っていうから部屋か何かかと思ってたんだが、まるで森だな……」
まるで、というより森そのものだった。
足元は草に覆われている。木々が高く生い茂って枝葉を広げ、天井は見えない。ここが屋内か屋外かすらよくわからなかったが、とにかくかなり広そうだ。
「私も中に入ったのは初めてです」
『なんか気味が悪いなぁ……早く巨人さん探して戻ろうよ~』
「そうだな。さてどっちから行くか……」
セイジは無防備に、一歩踏み出した。
シャアアアァッ!
「え――うわっ!?」
茂みから飛び出した緑色の蛇が、セイジの脚に噛みついた。
激痛に一瞬息が止まり、がくりと膝を落とす。じわじわと、いやな痺れが全身に広がっていく。
「ぐっ……毒……!?」
「!」
『セイジ!?』
カナがクラブを振って蛇をはじき飛ばし、サトルがすぐさま傷口を調べた。
「……間違いなく毒ですね」
「蛇も、ここの……団員なのか……?」
「蛇を団員として扱っているとは私も聞いたことがありません。それより、少しじっとしていてください……」
サトルが噛み跡に手を当てると、そこに淡い光が灯った。
嘘のように痛みが引いていく。身体の痺れも、徐々に楽になった。
「……ふー。サンキュ、サトル。もう大丈夫だ」
「そうですか……?」
手を引いたサトルに、カナが腕組みして言った。
「あんたが治癒の使い手だなんて知らなかった」
「まだ言ってなかったかもしれませんね」
「サトルもまじない師か。やっぱそういう奴多いんだな……」
『ね、ねえ、みんな。ちょっと思ったんだけど』
アンティークの不安げな声が割り込んだ。何やらいつになく歯切れが悪い。
「ん、どうした?」
『ここから右に見える樹の、枝にからまってる蔓。今ちょっと動いたような――』
「は? 蔓が動くなんて、まさか……」
「いえ……あれは」
サトルが指さしたその先で――うねうねと、蔓がくねった。
「動いてますね」
「マジで!?」
セイジが声を上げた矢先、ひゅるりと、サトルめがけて蔓が伸びた。
サトルは身体をひねってそれをかわした。セイジは飾りナイフを抜き――ゲーム開始時にたまたま身につけていたものだ――蔓の尖端を切り払った。
「蔓が襲ってくるとか、ありえねーだろ! そのうちここの樹全部が襲ってきたりしないだろうな……!」
「わかりません。とにかく、“外”の常識は通用しないと考えた方がいいでしょう」
「……迂闊に動くとどこから襲ってくるかわからない」
カナが現実的な問題を指摘した。
「それに、迷うと厄介だ。最悪外に出られなくなる」
『この中の地図なんてなさそうだしね』
「ああ。参ったな……」
「――ウキキッ!」
考え込んでいたセイジは、かん高い声に、一瞬反応できなかった。
「……ん? 今、何か……」
「ウキャーッキャッキャ!!」
セイジは目を上げた。
その目が、点になった。
「へ……猿……?」
先ほどの樹の下で、黒い毛色の猿が飛び跳ねていた。何かを訴えるように、こちらへ1歩近づいてはまたお尻を向けて1歩離れる、そんな動作をくり返している。
「猿ですね」
『どこかから迷い込んできちゃったコかな』
「確かに敵意はなさそうですが」
「おいお前、危ないぞ。ちょっとこっち来いよ。……って!」
セイジが手を伸ばしたと同時に、猿は駆けだした。つられてセイジも後を追う。
「ちょっと、待てって!」
「あっ……の馬鹿!」
カナが叫び、サトルと共にセイジを追いかける。二重の鬼ごっこが始まった。
走る最中、蛇に飛びつかれ、蔓にからまれ、急に転がり出た岩に足を取られ……
それらを必死にかわしつつ、なんとか全員はぐれることなく、セイジ達は“ゴール”にたどり着いた。
「ウキッ!」
「! ここは……」
少しばかり開けた場所に出たところで、猿はようやく速度をゆるめた。
1度ふり返ってセイジと目を合わせてから、空き地の中央にそびえ立つ大樹をするすると登っていく。セイジは樹の下からそれを見上げた。
「おーい、お前、戻ってこーい」
――いきなり、カナに後頭部を殴られた。
「でっ!」
「あんた何考えてんの、信じられない!! そんなことしてる場合じゃないでしょ!?」
「お前っ……だからって、クラブで……っ」
『セイジが悪いよ……お猿さんが心配だったのはわかるけど……』
ここでとどめとばかりに、サトルがため息をついた。
「けっこう奥まで来てしまいましたね。道々、樹に目印をつけてありますが……それで入口まで戻れるかどうか……」
セイジもさすがに、しゅんとなった。
「わ、悪い……」
「あやまったって遅いよ」
「猿の姿も見えませんし、一度戻りませんか」
「はい」
『――ねえ、待って、あれ何?』




