計画 -2-
最奥を目指し、足早に廊下を進む。
すると向こうに、5本指をならべたような5つの扉が見えてきた。そのうち1番左の扉は、柵で封鎖され、警備員が目を光らせていた。
「あれだな、『巨人の間』」
「そうですね」
「待って……誰か出てきた」
ちょうど通り越そうとしていた右手側のドアが、緩慢に開いた。セイジ達は立ち止まり、戦いに備えて身構えた。
しかし、出てきたのは白髪のやせた男が1人だった。赤い顔をして足元がおぼつかない。ひどく酔っているようだ。
『だ、大丈夫かな』
「……急いでんだけどなぁ」
あまりにふらついているので放っておけず、セイジは男の肩をたたいた。
「おいあんた。あんまいい飲み方してねーな」
「――……」
「ん、なんだ?」
よく聞けば、男はひっきりなしに、ぶつぶつと同じことをつぶやいていた。
「ユエ様は……いつもおっしゃられていました……赤い少年は、今にも私を殺しそうな目をしており……白い少年は敬愛の目で私を見る……でもどちらも、絆からは逃げられやしない……時が続く限り永遠に……と――」
その繰り返しだった。
セイジはそら寒くなってサトルを見た。
「あのさサトル……このサーカス団て、こんなのばっかなのか?」
「さあ、どうでしょうか」
「頭のおかしい奴は多いけどね」
カナが辛辣なことを言って鼻で笑った。
セイジが思いきり顔をしかめた、その時だった。
「あなたは……セイジさんですね……?」
つと、男がセイジを見上げた。セイジは思わず半歩引いた。
「そ、そうだけど……?」
「そうですか……あなたの代わりに……私がリストに載れば良かったのに……私が……」
男はセイジから離れ、ふらふらと訓練場の方へ歩いていった。
しばらく誰も、何も言わなかったが、ようやくセイジが明るい声を上げた。
「……サトル、あれだな! 『巨人の間』!」
「……そうですね」
「よし、ここまで何事もなくて良かった! じゃあ行くぞみんな!」
――つまり、今の出来事をなかったことにする宣言だった。何にせよ、ぐずぐずしている暇などないのだ。
セイジは先に立ち、柵の前の警備員に声をかけた。
「『巨人の間』に行きたいんだ。この奥なんだろ? 通してくれ」
警備員は驚いたような、次いで、咎めるような顔をした。
「行きたいなら通ってもいいが、命の保障はしないぞ……!」
『なんか大げさだなぁ』
「その割にはアッサリ通してくれるんだ」
憮然とつぶやいたカナに、サトルが声だけで苦笑する。
「私達を入らせないように封鎖しているわけじゃないですから」
「中にいる奴を出さないようにしてるってことか。ちょっとドキドキしてきたぞ?」
セイジは冗談半分だったが、警備員はぶるりと震えて、かなりいやそうに、柵の鍵を開いた。
「後悔しても知らないぞ。くれぐれも気をつけろよ……!」
そしてセイジ達が柵の中に入ると、また大急ぎで鍵を閉めてしまった。
さすがにいい気分はしなかった。しかしこの分なら、中まで団員が追ってくるようなこともないだろう。
極力ポジティブに考えることにして、セイジは、目の前の扉を開いた。
――そこは、異常という他ない空間だった。
中身をえぐり出されたベッドとソファ。横向きに転がっている蓄音機。
ところどころ破壊された壁。
そして、
それらすべてに付着する、
どす黒い――血の、痕。
「……イイご趣味だこと」
セイジは笑いがこみ上げてくるのを抑えられなかった。
笑いでもしなければ、ここで何があったのか、想像してしまう。
『うわ~……ある意味絶景だね』
「しかし、誰もいないみたいだぞ?」
「ここは入口で、間はこの奥なのでしょう」
サトルの視線の先、奥の壁にぽっかりと不気味な穴が空いていた。ここから中の様子はまったくわからない。
「『巨人の間』を司るのは、ビッグという狂気に満ちた巨人です」
「1人目から危なそうな奴だな」
「はい。狂ったように暴れるので問題になっています。時にはなんの関係もない団員を殺してしまうほど……」
「なんだそれ。『5つの間』の5人もそんなのかよ」
「あんな奴、ただの変質者だ。どうってことない」
『で、でもちょっと怖いなぁ……』
何やかやと言いつつ、皆が足を竦ませていた。それほどに“ここ”の空気は重くよどんでいる。
まるで、一切の者が立ち入ることを拒むように。
それでもセイジは、先んじて一歩踏み出した。自分から言い出したのだから、その責任をとらなくてはなるまい。
「とにかく会いに行ってみるか。まあ……なんとかなるんじゃないか」
――我ながら、自分を励ましているようにしか聞こえなかった。
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